第3話

「じゃあね。また来るから」

「ありがとう。気をつけてね」


 ――温海さん、かわいすぎでしょ。この笑顔を知っているのが自分だけだと思うと少しうれしく……ってえ? 僕は、何を考えているのだろうか? この感情は、なんていう名前? 自分の知らない感情が、心の中にあたたかくじんわり広がっていくのを感じた。





 温海心橙。その存在は、僕の心を一瞬にして奪っていった。でも、彼女に僕は分不相応だ。「彼氏」とかにだなんてなれないに決まってる。友達でも難しいのに。――やっぱり彼女は、「高嶺の花」だから。僕とは、違うんだ。


 わかってる。そんなの、とっくに。僕と彼女は違うのだから。


 そうだよ。彼女は自由だ。何でもできる。何にだってなれる。あぁ、うらやましい。何でだろう。僕の何がいけなかった? 何が悪かった? 何を直せば良かったんだよ! なぁ、なんで、なんで僕だけが……!

 抑えようのない怒りが身体を駆け巡る。

 僕に、「青春アオハル」だなんて訪れるはずもなかった。



 彼女がやってきたのは、それから二日後のことだった。太陽のような君は冷たい僕の心を温めてくれた。


「ねぇ、千景君。千景君は、あとどれくらいしたら治るの?」

「……まだ、わからないかな」


 ――まだ、みんなは僕が病気にかかったことを知らないらしい。そもそも、僕が死んだとて悲しむ人はいるのだろうか? また、自分の暗い思考回路に入っていってしまう。


「そっ、か」


 温海さんは悲しげに目を伏せ、すぐに笑顔を作った。


「あ、そうだ!」


 そう言って、温海さんは自分のバッグの中を漁りだした。


「はい、これ!」

「……みかん?」


 温海さんが僕に手渡してくれたのは、丸い、オレンジ色のみかんだった。


「あ、うちね、おばあちゃんがみかん農家やってるの。少しでも元気になってほしいなぁって」


 そして、君は僕の耳に顔を近づける。


「この実にはね、『優しさ』って意味が込められてるらしいよ。君にぴったりだね」


 ――反則、だろ。顔が赤くなっていくのを感じる。僕は、温海さんにどんな阿寒上を向けてるんだよ。制御できない、自分の感情が少し怖くなった。




 不意に君が話しだす。


「私たちの青春はさ、青くないといけないのかな? ほかの色だと、いけないのかな?」


 沈みかけるオレンジ色の夕陽に温海さんの横顔が映える。その瞳は、とても答えを求めているようには思えなかった。


「君だったら、何色に染める?」


 温海さんは僕に聞く。


「何色にでもなれるの。何色にでもなれるなら、君は何色になりたい?」


 ――すぐだなんて、決められそうになかった。


「考えとくよ」


 温海さんは、小さく笑った。



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