第2話

 入院してから数日もたてば、残酷な事実も人は受け止められるようになるらしい。なんだか、すごく自分が惨めに思える。あれだけ頑張ったのに、結局待ってるのはバッドエンド。入院してからも、僕はコンタクトレンズを手放せないでいる。


 そんな日常が変わったのは、ある一人の来訪者が訪れてからだ。


――コンコン。

「はい」



 部屋の中に響くノックの音。いつもの看護師さんより少し柔らかめな気がする。母はノックなんてしないし……誰だろうか?


「失礼します。――千景君?」

「――温海あつみさん」


 そこにいたのは――高嶺の花だった。温海あつみ心橙こと。うちのクラスの高嶺の花。頭や運動神経がよく、絶世の美貌を持っている。金色に輝く髪はいつもさらさらと輝き、青い瞳は見るものを魅了する。しかし、本人はいたってクール。まだ笑った表情を誰も見たことがないんだとか。

 そんな温海さんが――なんで?


「寄せ書き、持ってきたの。先生に頼まれちゃって」


 あぁ、なるほど。温海さんまでともなれば、先生からの信頼度も高い。面倒くさいこの役を押しつけられたって訳か。


「わざわざありがとうな」


 学校でのを作って微笑む。うまく笑えていたかはわからないけれど、俺はこれでいい。


「……おんなじだ」

「え?」


 温海さんが、俺の瞳をじっと見つめる。


「無理、してるでしょ。おんなじだね」


 そういって、温海さんは――――笑った。かわいい。不覚にもそう思ってしまっている自分がいる。

 っていうか、「おんなじ」ってことは……


「温海さんも、無理してるの?」


 そう聞くと、視線を少しさまよわせながら、こくりと小さくうなずいた。


「私、実は怖がりで。でも、ばれちゃうとキャラが壊れちゃうから隠してるの。……秘密、だからね?」


 口の前に小さく指でばってんを作りながら、温海さんはのことを見つめる。今僕はどんな表情をしているのだろうか。学校の「千景十彩」になれているだろうか。

 ――なれていなくても、僕は僕、だよね? 温海さんは、それを認めてくれるよね?


 温海さんは、僕の前に小さな小指を差し出した。


「……やくそく」


 ――高嶺の花、なんかじゃない。僕が今話している温海心橙は、無邪気でかわいい一人の少女だった。


「おうよ」


 僕たちがつないだ小指は、オレンジ色の夕陽に照らされていた――。


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