第1話

 僕――千景ちかげ十彩とあの人生は、本当に普通だった。取り柄なんてなくて。夢も希望もなんにもなくて。この世界は、モノクロだった。白と黒だけで形作られた世界。世界といえるかどうかも疑わしい。

 世界が嫌いだった。自分が嫌いだった。僕は世界に嫌われているんだ――そう思うしかない、中学校生活だった。



 転機は、高校に入学するタイミングだ。いままでの自分を変えたかった。「普通」のままですべてを終わらせるなんて、そんなの嫌だ。

 だから、本当に努力した。地元の中学からは遠い、難関校を受験した。暗いと言われていた黒縁眼鏡も外し、コンタクトにした。髪も、少し染めてみた。言葉遣いも変えた。「今までの僕」を――


 ――結果から、だろうか? 俺は、無理だった。身体が悲鳴をあげたのだろう。入学一ヶ月ほどの体育の授業で倒れてしまったのだ。頭から派手に。俺自身は意識がもうろうとして何も覚えていないけれど。すぐに救急車で病院に運ばれ、俺の身体の精密検査が行われた。

 、別に命に別状なんてないものだった。そう、「怪我は」。



「あなたは――彩白さいはく病です」

「彩、白病?」



 聞いたことがない病気だった。ましてや、自分がそれにかかっているだなんて信じられない。医者は言いにくそうに口を開いた。


「――色覚が失われ、最終的には世界が白く見えてしまう病気です。やがて、患者は――死に、至ります」


 聞きたく、なかった。これは夢だよな? なぁ? なんでだよ。なんで駄目なんだよ。俺は、今まで何のために頑張ってきたんだよ! そう、叫びたかった。また、世界が嫌いになった。


「先生、治療法は? あるんですよね?」


 母が、必死になって聞く。治療法――あったら、この医者はさっきの話をしなかっただろう。答えは分かりきっていた。


「今のところは、ありません」


 母も薄々わかっていただろう。悲しげに目を伏せて、事実を受け止めていた。












 この物語は、僕がこの一生を終えるまでの物語。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る