あの日を境に

ゆーり。

あの日を境に①




カーテン越しの朝日が顔にかかり天汰(アマタ)は目覚めた。 ただいつも通りの気持ちのいい目覚めとは言い難く身体中が痛い。


「どうして俺は床で寝ているんだ・・・?」


大きく伸びをすると痛んだ全身がギシギシと鳴った。


「次の旅行先は誰とどこだっけ・・・」


スケジュール確認のためいつもの定位置へ手をやるもスマートフォンがない。


「あれ、どこかに忘れた・・・?」


そこで何故か自分のズボンのポケットにスマートフォンが入っていることに気付く。


「どうしてスマホがここに・・・。 って、部屋着にも着替えていないのか。 風呂に入んなかったっけ?」


風呂へ入っていないべたつきや寝癖はなく、身なりも整っている。 不思議に思いつつも上体を起こした。 そこで違和感を覚える。


「どこだ、ここ・・・!?」


間取りは確かに自分の部屋である。 だが身に覚えのないものが多く自分の部屋とは到底思えなかった。 埃も積もっていて全体的に生活感がない。 これではまるで倉庫である。


「段ボールがめっちゃ積まれているし、もしかして俺が知らないうちに引っ越しでもしようとしているのか?」


少し怖くなりリビングへ顔を出した。 そこには既に母と父がいた。


「おはよう、母さん、父さん。 聞きたいんだけど俺の部屋って」

「きゃぁッ!?」


母が天汰の姿を見た瞬間悲鳴を上げた。


「え、何々!?」


天汰も驚いて辺りを見渡す。


「ど、どちら様、です、か・・・?」


怯えた表情の母は冗談を言っているわけでもなく本気を感じた。 当然天汰以外にここには家族しかいない。 見れば父も同様に不審者を見つけたかのような顔をしていた。


「え、もしかして俺のこと・・・?」

「勝手に人の家へ入り込んで何なんですか!? 警察を呼びますよ!?」

「は、はぁ!? 俺は天汰だよ! この家の息子だ!!」

「ウチに子供なんていないわ」

「いや、何の冗談だよ!」

「落ち着け、危ないから下がっていなさい」


父が母の前に立ち塞がった。


「今すぐに出ていけ。 さもないとすぐに警察を呼ぶからな」

「どうして実の息子を通報しようとするんだよ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!! 確かスマホに家族写真が・・・」


何故か両親は自分のことを憶えていない。 震える手でスマートフォンを操作し写真フォルダを漁るとどれも自分だけしか写っていなかった。


「え、いや、おかしい・・・」


家族だけでなく友達と撮った写真も全て自分一人しか写っていない。 そこで棚の上に飾ってある家族写真を思い出した。


「あ、この家にある写真なら!!」


走って棚まで行くもそこにある家族写真には両親しか写っていなかった。 自分の存在だけが綺麗に消え去っていた。


「どうしてッ・・・」

「警察に通報した」

「なッ!?」

「直に警察がここへ来る。 下手な真似はしない方が身のためだ」

「くそッ・・・」


父が見せてくるスマートフォンには確かに110番をした履歴が残されていた。 おそらくは先程写真フォルダを漁っていたうちに通報したのだ。

このままでは警察に捕まるのも時間の問題だと思い天汰は追い出されるように自分の家を後にした。


「全く、何なんだよこれ・・・!」


まさか自宅で自分の両親に不審者扱いされるなんて思ってもみなかった。 その事実はまるで世界から心からの味方が消えてしまったよう。

両親と特別仲がいいというわけでもなかったが悪かったわけでもない平凡な家庭。 それでも親は親。 否定されれば辛いもの。 落ち込んでいると死刑宣告かのようにパトカーの音が近付いてきた。

早めに行動していたため何とか撒くことはできた。


「もしかしてだけど・・・」


先程見たスマートフォンの写真には自分以外の人物が一切写っていなかった。 悪い予感がし友達の一星(イッセイ)に電話してみる。


―――連絡先にはちゃんと俺の知っている一星の名前が残っている。

―――なら大丈夫か・・・?


10コール程待って無事に電話は繋がった。


『・・・もしもし?』

「あ、一星か!?」

『え、どうして俺の名前・・・。 貴方はどちら様ですか?』


その言葉に耳を疑った。


「え? いや、俺だよ! 天汰だよ!! 中学も高校もずっと一緒だった俺だって!!」

『はぁ・・・』

「今この通話だって! 着信が来た時俺の名前が表示されただろ!?」

『見覚えのない番号でしたが。 もしかして流行りのオレオレ詐欺の一種ですか?』

「ッ、何だよ、それ・・・。 人を詐欺師扱いしてよ。 何かのドッキリか?」


それからは一星との思い出話をするも反応がいまいちで全く心当たりがないらしい。 一緒にやってきた思い出が一星からは綺麗に抜け落ちている。 声は確かに一星なのに本当に別人のような気がしてきた。


「ほら! 一星に彼女ができた時だって!! 告白の台詞をドラマの台詞そのままを使ったらもろバレして・・・」

『ど、どうしてそれを知ってんだよ!?』

「他にも知っているぞ? 寝ている間にカナブンが口へ入ってきて起きた時違和感があると思ったらくしゃみして口から元気に飛んでいったとか」

『そ、それは俺だけしか知らないはずの・・・』

「だから一星にとって俺は一番の友達なんだって!」

『・・・俺にはそんな仲のいい人間はいない。 もしかしてストーカー? 気持ち悪いから切るわ』

「えぇ!? いや、ちょっと待ッ」


気味悪がられ通話は一方的に切られてしまった。 慌ててかけ直すも既に着信拒否されていて繋がらない。


「嘘だろ・・・。 最後は機嫌も悪かったし完璧に拒絶された・・・」


今の状況に混乱していると丁度近所の知り合いと出会った。


「よ、よぉ!! ここで会うのは久しぶりだな!!」


嫌な予感はする。 冷や汗を流しながら最後の希望を持って声をかけた。

ただもしこれがドッキリなら親しい人に忘れたフリをされてもあまり関係が深くない顔見知り程度の相手ならドッキリに関わっていないだろうと思ったのだ。


「ん? え、人違いじゃないっすか?」


だがあまりにもあっさりと否定される。


「いや、ちょっと待てよ!! もうそういう冗談は頼むからよせって!!」


知り合いの前に立ち塞がった。


「今急いでいるんで。 こっちこそそういう冗談に付き合っていられないっすよ」


そう言うと強引に肩にぶつかりながら彼は去っていってしまった。 取り残された天汰は唖然とする。


―――俺が記憶喪失・・・?

―――いや・・・。


「俺以外の奴が全員記憶喪失だ!!」


そう放った瞬間頭が突然痛み出した。 そして運命の日を思い出す。



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あの日を境に ゆーり。 @koigokoro

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