第三部 理解と世界
---くたびれた日々へ
ペットボトルが歌を唄い
空き缶がつまらなそうに俺を見ている
焼いた干物から昨日の匂い
洗い損ねた洗濯物が諦めの顔つき
開かれることがなくなった手帳と
電池切れの携帯電話
罅の入ったガラス窓
しんの切れたシャープペンシルと
読まれることもなく積まれたままの本の死骸
こんな部屋にも、明日は来る
夜明け前
道を走る車は少ない
カーブを過ぎれば、河川敷に通じる一方通行との交差点
デジカメ一つかかえて原付を走らせる
朝と夜の混ざり合う時が見たかった
何が変わるわけでもないその瞬間に
何かを変えたかった
フィクションじみた行いの中で
主人公のふりをする
そうすれば、もしかしたら
空だって飛べるかもしれない
---水槽
母が亡くなり、家に一人になった父は
いつの間にか大きな水槽を買っていた
機械で水の循環するその中には
何も棲んでいなかった
こぽこぽと揺れる水
空間を、光が照らす
水泡が生まれ、死に、また生まれる
他に物音のない、閉じた世界で
僕は何を思えば良いのだろう
---此処
街を嫌って飛び出したのは夕暮れ時で
家が恋しくなったのは夜明け前だった
人を嫌って孤独を求めたのは昼下がりで
誰かとともにある幸せをかみしめたのは
つい、さっきのことだった
何処へも行けやしない
そう思う一方で
何処へも行きたくないと感じる
考えているうちに、もう此処は
知っている場所ではなくなっている
---朝
新しい朝がやってくる
一概に「希望の朝」だなんて言い切るのは
馬鹿者のすることだとは思うが
それでも、朝一番に今日の予定を確認すると
さて、やりますか、という気分にはなる
同居人の偏頭痛氏は
今朝もまた文句を口にしているが
朝が来たという事実を覆せる奴なんか
誰もいないのだ
---街道
節電、節電と騒ぎ立てられて消されていた街灯も
随分戻ってきている気がする
街は随分明るくなった
甲州街道から
外堀通り
昭和通りに入ってすぐに右折、蔵前橋通り
明るい道と溢れる車
地方在住者は批判するかもしれぬが
知っている街の光景が戻ってきたことを
僕は素直に喜んでいる
---理解と世界
【1】
世界の半分は理解されるが
その半分は無理解のままに死に至る
世界の半分を支配することが出来れば
世界は支配者の物になる
世界は腐敗を続けていると主張する人がいる
それを傲慢な物言いと批判する人も
理解と無理解が対峙を続ける地平線を越えたところで
その向こう側には何も無い
世界の半分は否定されるが
もう半分が肯定されるとは限らない
世界の大半が無関心だが
関心を持つ人を正義だと誰が言えるだろう
許された半分と
断罪される大多数
罪を持つマジョリティ
裁く力を持たないマイノリティ
世界は腐敗していると
時々、僕もそう思う
だって、理解の向こう側にすら、何も見えないのだ
何も無いのだと決めつけたくもないのだけれど
【2】
世界の人が全て救われることはない
そう歌うシンガーがいる
救いの定義など、誰にも決めることが出来ないのにも関わらず
いびつな自由と不自由が
常にその総量を守って争われる
自由は不自由を理解するが
不自由は自由に焦がれるばかりだ
その中で僕はおろかにも
己の位置を確認したがっている
【3】
暗い部屋の中に取り残された昨日の影は
時々異臭を放って主張する
「ここから、出よう」
理解と無理解の争いは終わらず
今日は昨日を不自由の象徴とあざ笑う
偏屈な知識人は
理解の勝利を疑わない
頑迷な未開人は
理解と無理解の本質的なその差異にも
興味すら示そうとしない
【4】
苛立ちと苦悩と吐き気と憎悪と頭痛と昨日と今日と明日と
否定と強欲と煩悩と差別と戦争と無理解と怠惰と
あと、何があるだろう
七つの罪でも一〇八の煩悩でも
何でもかまいはしないが
問題なのは
居留守を続ける神とか呼ばれるその存在
実際のところ、どうしてほしいのやら
【5】
何も出来ない僕たちは
いつでも何かをしようとしていて
何でも出来るどこかの誰かは
結局のところ何もしてやいない
理解と無理解の争いに
もしも終わりがあるのなら
その時、その場所にはきっと
誰も残っていやしない
そして、誰もいなくなった、などと
昔の名作になぞらえたところで
誰一人として
くすり、とも笑いやしない
熱は冷やされ
騒ぎは終わり
大陸はこぼれていく時を
砂礫に変えて
あるべき姿を取り戻す
そこに理解は必要ないし
無理解は呼吸することすら困難だ
静寂のみが主導権を握り
感覚は静かに、黙ったまま
崩壊していく
---親展
小さな部屋の片隅で
何処にもいない君の声、聞いた
だから、問い返したんだ
「ここは、どこ?」
真っ赤に塗った飛行機に乗って
遠い、遠い、知らない世界
そんな夢
これは希望?
そしてまた朝
片頭痛に 「おはよう」
誰も気づかなかった事を始めよう
この小さな部屋で
誰も見つけられなかった答えを書こう
ぐらつくローテーブルの上で
ずっと仕舞っておいた高いえんぴつで
書いた答え 見直して満足したら
封筒につめて贈るよ
厚手の封筒選んで
中身にプチプチ巻きつけて
シーリングワックス厚塗りで
お気に入りの青いペンで書くよ
「親展」
---クローズド・ワールド
勝ち得たわけでもない
何処からともなく湧いてきただけ
今、此処にいる僕と
そこらへんに転がる物たち
閉じられた世界の
閉じられた歌を唄おう
そのうちにやってくる
花の季節には
鐘を鳴らして
何処かへ行こう
諦めているわけでもないし
寂しくないわけないじゃないが
それでも、全ては
最初から決められていることだから
閉じられた世界
繋がっている終わりと始まり
新しい歌をつくろう
いつか、始まる何かへ向けて
ほんとうのことば
どれだけ言葉を重ねてみても
ひとつのほんとうすら伝わらない
そんな気持ちになった時に
ことばを、棄てたくなった時に
自転車に乗って、近所の河原へ
草の匂いと、空の色
少し濁った河の流れ
陽のひかりを浴びて
吹く風の声に耳を傾ける
そうすると
伝えたり、伝わらなかったりするよりも
ずっと奥深くて
ずっと大切な場所にある
ほんとうのことばに触れたような
そんな気がする
---凪
白と黒に塗り分けられた
世界が混ざり合っていくのが怖くて
問題を先送り
銀色のハルシオン
また明日、お会いしましょう
海に凪をもたらすという
カワセミの女神様
七日間とは言わないから
せめて
せめて、ひとときだけでも
世界の無理解
あたたまった安らぎと
冷え切った情熱を
発泡酒の安上がりな味で混ぜ合わせて
ここは何処で君は誰?
何処が此処で誰が僕?
世界の理は、日々、嘘になる
自己嫌悪に苦しむ僕の
なんと雑草じみた事か
そんな嘆きに耳を傾ける
モノ好きとは
出会いたくもない
残響響く最前線
簡単な人の殺し方
断捨離とかいうまじない
今年と去年の区別
世界の理は、日々、嘘になる
或いは
最初からそんなものは
存在しなかった
大切な問題は
此処の定義
必要なものは
手短なAbout me
その程度のものだ
---ROCK SOUND
あまり理解ってはもらえぬが
泣きたい気分の時に
あるバンドのDVDをかける
逝ってしまった人が愛した音
何度も、何度も一緒に聴いた
正確な回数を忘れるぐらい
かたみとして、CDにDVD
段ボールいっぱい、譲り受けた
幾重にも塗り重ねられた記憶が
音に呼ばれて、心の奥に触ってゆく
バンドの純粋なファンには
心外かもしれぬが
心の奥が揺すられて
ひとしきり、涙を流す
そうすると
思い出せるのだ
まだ、何一つ終わっていない
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