世界一ときめかない、隣の家の美少女


 一体誰が隣に段ボールハウス建てたんだと思ってたら、お前かよ。

 段ボールハウスから出てくるところを完全に見られたのに、まるで何事も無かったかのようにやり過ごそうとしていたシオンを呆れた気持ちで見下ろしていると、シオンは心底気まずそうに顔を背ける。


「本当に何やってんの? ホームレス? 俺と同類なの?」

「い、一体何を言っているのでしょうかルシアは? 私はただ偶然ここを通りかかっただけで、段ボールハウスに住んでいるなど、そんな訳ないではないですか」

「いや今明らかに段ボールハウスから出てきたよな? 昨日も金がないとか宿に泊まれないとか口走ってたよな? 誤魔化しもそこまで来ると見苦しいぞ」

「い、言っている意味が分かりませんね。そのようなことを言ったでしょうか?」


 コイツ……昨日の自分がどれだけ必死だったのか、その記憶を全力で消去しにかかってやがる。

 何がシオンをそこまで突き動かすのか分からないが、このままじゃ埒が明かない。


「なるほど、本当にこの段ボールハウスの住人はシオンじゃないんだな?」

「何度もそう言っているでしょう? あまりしつこいようですと、人から嫌われてしまいますよ?」

「じゃあこのお隣さんにお裾分けしようと思ってタッパーに詰めてた、ヘタレチキンの唐揚げを受け取る義理はシオンにはないんだな?」

「何を言っているのですか!? いりますよ! せっかくのタンパク質…………あ」


 完全にボロを出したシオンの顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。

 しかもグーグーグーグー腹まで鳴らし始めて、俺はもう見ていられなかった。


「ほら、半分食えよ。本当は俺の朝飯だったんだけど、特別にやる」

「あ、ありがとう……ございます……っっ!」


 羞恥心で顔を真っ赤にして涙目になりながらも、礼儀良く頭を下げてお礼を言うシオンに唐揚げを半分やる。

 正直、普段の俺なら飯を誰かに分け与えるなんてしないんだが、曲がりなりにもシオンは一緒に戦うパーティメンバーだし、空腹で倒れられても困るからな。


「ていうかお前、国際学院の生徒……それも貴族科だったんだな」


 もう一つ驚いたこととして、シオンが着ている紺色の学生服……それはツェスト国際学院っていう、世界各地から生徒が集まる名門学院の制服だってことだ。

 文字通り、この交易都市ツェストに存在しているバカでかい学校で、貴族生徒は紺色、平民生徒は緑色って感じで色分けされているのが特徴である。


「それにしても、やっぱり良いとこの出だったのか。立ち振る舞いから、何となくそうなんじゃないかって思ってたけど」

「気付いていましたか……ですがそれを言うなら、貴方も所謂良いところの出、というものではありませんか? ナイトレイアー公爵家のご子息でしょう?」


 その言葉に、俺は思わず驚かされた。


「知ってたのか? 俺が貴族だって」

「確証があったわけではありませんよ。ですが立ち振る舞いだけで私を貴族の出だと直感できるとすれば、貴族を始めとした有力者とその関係者くらいなものですし、その中でルシアという名前の人間は、国内の有力者が記録されている人物名鑑に記載されている限りでは、ナイトレイアー公爵家の次男しか存命している人物はいませんから」

 

 そこまで聞いて、俺はシオンのことを正直見直した。

 たったそれだけの情報で俺の実家にまで辺りをつけてくるなんて。ましてや、俺は社交界には顔を出したことがない放蕩息子だ。よっぽど予備知識と頭の回転の速さが無ければ、こんなすぐに俺のことに思い至らないだろう。

 思わず感心していると、シオンは姿勢を正して胸に手を当てる。


「改めまして、ディミア王国ラーハイド公爵家が長子、シオン・ラーハイドです。と言っても、公爵家からは独立した身なので、貴族の特権などは殆ど手放していますが」


 ラーハイド公爵家……聞いたことがある。確か、国境防衛を任せられている軍閥貴族って奴で、代々絶大な魔力を持って生まれてくる武闘派だとかなんとか。

 なるほど、やけに魔力が強いなって思ってたけどそういう事だったのか。俺にも伝わってくる気品の良さも、ラーハイド公爵家ほどの名門出身なら頷ける。


「何となく腑に落ちた。普通は跡取りになるはずの長子なのに独り立ちしてるのは、まともなスキルを習得できないからか」

「そうですね。曲がりなりにも武闘派貴族として隣国やモンスターの脅威から国を守る公爵家の当主として、戦うためのまともなスキルを習得できないのは問題ですから、妹に継承権を譲って独り立ちすることにしたのですが、家族からは学院くらい卒業して将来に向けた箔を付けてた方がいいと心配されたので、厚意に甘えることにしたのです」


 なるほど……WEB小説よろしく、「この出来損ないめっ!」みたいな感じで勘当されたとか、そういう重くて湿っぽいパターンじゃないらしい。

 それには何かちょっとだけホッとした。嫌なことなんて、現実にはない方が良いしな。


「……で? その名門中の名門の出身で、これまた名門校に通っているお嬢様が、なんでこんなところでホームレスやってんの? 公爵家なら金あるし、何なら学院の寮で寝泊まりすればいいから、在学生なら卒業まで生活は安泰だよな?」

「………………」


 またまた気まずそうに、汗をかきながら顔を背けるシオン。

 コイツのことだから、なーんかやらかしてるような気がするんだよな。短い付き合いだけど、俺にそう思わせる何かがシオンから感じる。


「……事情が少々複雑なので仔細は省くのですが、実は今、ラーハイド公爵家の今後の見通しが少々不透明な状況になっていまして。分かりやすく言うと、財政的にも不安定になるのではないかと懸念が生まれたのです。なのに両親は私を学院にまで入学させてくれたものですから、独り立ちをする際に「これ以上の援助は不要」と言って家を出たんです。学生寮に入るのにも大金が必要ですから、生活費等は自分で何とかしてみせる、と」

「お前それ絶対に上手くいかないパターンじゃん!」


 俺もそうだけど、これまで貴族として身の回りの世話をされてきた人間が、いきなり金稼ぎから家事までなんでも自分でやるなんて出来るわけねぇ! 実際にホームレスになっちゃってるし!


「分かっている! 分かっています! 我ながら無謀なことを宣言して若干後悔してます! ですが格好をつけて家を出た手前、やっぱり援助してほしいなどとは言えず、今では食事代と入浴代を稼ぐのに精いっぱいのあり様……! 正直、見通しが甘すぎました……!」

「そんな変なプライド持ってる場合じゃないだろ……今からでも実家に本当のこと言った方がいいんじゃねぇの?」

「それは出来ませんっ。実家が財政的な不安を抱えたのは事実ですし、あの両親や妹に本当のことを言えば少なからず無理をしようとするのは目に見えてます。ルシアだって、成人を迎えてナイトレイアー公爵家から出た以上、ご家族に負担を掛けたくないという気持ちくらいあるでしょう?」

「え? …………あ、はい。そっ…………すね」

「……? なぜ顔を背けるのです?」


 言えない……一生親の脛を齧ってニート生活送ろうとしたら、親父に切れ散らかされて家から追い出されたなんて、口が裂けても言えない。

 とにかく話題を変えなければ……下手に口を滑らせてパーティメンバーからゴミを見るような眼で見られるのは避けないところだ。


「それよりも、学生と冒険者の両立なんて出来んのか? 今日だって午後にはダンジョンに行くんだぞ?」


 実は俺たちは今日、ダンジョンに行くことを昨日話し合って決めていた。

 理由は俺が新スキルを習得するためである。危険だと聞いていたから行くのに躊躇してたけど、転生者たちの襲撃のことも踏まえ、ここ数日間の冒険者生活で新スキルの獲得は避けては通れないと思っていたし。

 しかし、これから制服を着て学校に行くってんなら話が違うし、今後の冒険者活動に支障が出るのでは?


「問題ありません。私は中等部の時には卒業に必要な単位は全て獲得していますし、行事や手続きの時を除けば私に登校義務は存在していないのです。今日も手続きをしに行くだけですから、午前中には戻ってきますしね」

「あ、そうなの? じゃあいいけど」


 確かにそれなら問題なさそうだけど、サラッと凄いこと言ったな。卒業に必要な単位を早々に獲得したから登校義務がないって、それをリアルで聞く日が来るとは……。

 やっぱり育ちが良くて真面目そうだから、頭は良いんだろうか? 完全にポンコツってわけでもない?


「……それはそれとして、私がこの橋の下で段ボール生活をしていることを、くれぐれも言い触らさないようにしてくださいね」

「あぁ? 別に良いけど、なんで?」

「何でって、当たり前でしょう。独立したとはいえ、栄えあるラーハイド公爵家の人間がホームレスになっているなんて知られたら外聞が悪すぎます。ルシアには気付かれてしまいましたが、これでも学院関係者など比較的接点のある人たちからは何とか隠し通してきたんです」


 真面目くさった顔で何度も念押ししてくるシオン。

 そんなに知り合いバレたりするのが嫌なら、別のホームレスと同じ場所に段ボールハウス建てるなんてリスキーなことしなければよかったのにって思ったけど、ツェストは全体的に街が整備されてて、段ボールハウスが建てれそうなのはここしかないからな。

 俺も段ボールハウス建てる場所探すのに苦労したし、シオンとしても苦肉の策だったのかもしれん。


「いいですね? 重ねて言いますが、このことは絶対に他言無用ですよ? もし他言しようものなら、家族の名誉を守るためにも私は手段を選びません」

「? どうするってんだよ?」

「ルシアが根を上げるまで私とギャンブルしてもらいます」

「絶対他言しません」


 冗談のじょの字も感じさせないハイライトのない目で脅されて、俺はアッサリと降参した。あまりの威圧……正直、ちょっと漏らしそうになったよ。



 




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異世界転生者のサバイバル~転生者たちによる生き残りをかけたサバイバルゲームに巻き込まれた俺、使えないスキルと駄目な仲間と一緒に、なぜかチート転生者たちをなぎ倒してしまう~ 大小判 @44418

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