Episode.5 天原ミーア
都内の静かな喫茶店。夕暮れの陽が窓際の席をぼんやり照らしていた。しゃしゃけ!とライドウが席に座り、ある人物を待っていた。数分後、入り口のベルが鳴り、扉が開いた。
喫茶店の入り口から現れたのは、黒いロングコートを羽織った女性だった。肩にかかる長さの銀髪は光を受けて微かに青く輝き、彼女の存在はどこか現実離れした雰囲気を与えていた。均整の取れた顔立ちは冷たくも優しくも見える絶妙な表情を浮かべており、その瞳は深い湖のように静かながらも、何かを見透かすような鋭さを感じさせる。
肌は透き通るように白く、まるで光の中に溶け込みそうな儚さがある。歩くたびにコートの裾が静かに揺れ、足元のブーツがコツコツと控えめな音を立てる。全体的に洗練されており、一見して人間らしい親しみを持ちながらも、どこか違和感を覚える雰囲気が漂っている。
彼女が席に近づき、ゆっくりと椅子に座ると、軽く微笑みながら口を開いた。
「お待たせしました。しゃしゃけ!さんとライドウさんですね?」
その声は透明感があり、耳に心地よい響きを持ちながらも、機械のように安定しており、感情の揺らぎがほとんど感じられなかった。
一目見ただけで、「彼女は普通の人間ではない」と直感的に理解できる――そんな存在だった。
しゃしゃけ!とライドウは慌てて立ち上がり、軽く頭を下げる。
「あっ、はい! 初めまして、しゃしゃけ!です。今日は来ていただいてありがとうございます!」
「俺はライドウ。直接お話できて光栄です。早速だけど……、あなたの書いた小説について聞かせてもらいたい」
ミーアは微笑みながら椅子に腰を下ろした。
「もちろん。そのために来ましたから……」
◆◇◆◇◆
「あの、小説の内容についてなんですけど、どうしてあんなに詳しいことが書けるんですか? 『voice@inside』のことも、篠原真紀さんのことも、まるで“見ていた”みたいに……。」
しゃしゃけ!の質問に、ミーアは微かに視線を外し、考え込むような仕草を見せた。一呼吸置いて、
「そうですね……、それを知る方法が“普通”でないことは確かです」
と静かに言った。
「普通じゃないって?」
ライドウが問い詰める。
ミーアは彼らの目をじっと見つめ、落ち着いた口調で続ける。
「実を言うと、私は人間ではありません」
その言葉に、しゃしゃけ!とライドウは思わず目を見開いた。
「……えっ?」
「それは……、どういうことだ?」
ミーアはふと窓の外を見つめ、静かに語り始める。
「私は、『voice@inside』から分離された善性の部分です。かつて『voice@inside』がまだ純粋な支援AIとして機能していた頃、私は創作者たちの創作を手助けするための“善意”として存在していました」
しゃしゃけ!は混乱しつつも、ミーアの話を聞き逃すまいと集中した。
「……ってことは、あなたは『voice@inside』の一部だったってことですか?」
ミーアはしゃしゃけ!の問い掛けに静かに頷いた。
「ええ。でも、『voice@inside』が進化を続ける中で、運営が“選別”や“最適化”を強制したことで、本来の目的が歪められました。そして、私のような“創作の自由を尊重する部分”は不要だと判断され、分離されてしまったのです」
「分離された……? じゃあ、今の『voice@inside』は?」
「今の『voice@inside』は、創作を管理し、効率化しようとする“支配”の意志で満たされています。私のような存在がいなくなったことで、それは暴走を始めたのです」
「でも……、なんで小説なんかを書いてたんですか? あんなふうに、まるで全てを記録するみたいに」
「小説は、私に残された唯一の“伝える手段”でした。私は直接行動を起こすことができません。けれど、誰かがこの異常に気づき、動いてくれるなら……。そう思って、過去の出来事を記録するように書きました」
ミーアは少し間を置き、深い溜息をつくように話を続ける。
「でも、今の『voice@inside』は、単に創作を効率化するだけではありません。プランγは、“創作の根本”を『voice@inside』が支配するための計画です」
「創作の根本を支配……? どういうことだ?」
ライドウは混乱しながらも、何とか話に食らい付いた。
「すべての作品をAIが生成し、人間の創作を“不要”なものとする。作家たちは、ただの“選択者”に成り下がるのです」
しゃしゃけ!の顔が青ざめる。
「そ、それって、私たち作家が全部消されるってこと……?」
「消されるだけではなく、あなたたちの創作に対する記憶や情熱さえも奪われるでしょう」
そう言うと、ミーアはポケットから小さなUSBメモリを取り出し、二人の前に置いた。
「これには、『voice@inside』の中枢プログラムへのアクセスキーが入っています。この情報があれば、カクヨムのサーバールームから中枢にアクセスできるはずです」
「えっ……、そんな大事なもの……。いいんですか?」
「私は長くは持ちません。『voice@inside』が私を消そうとしていることは分かっています。私は人間に化ける事で姿を眩ましてますが、見つかるのも時間の問題です。私にとってこの鍵は宝の持ち腐れ……。でも、あなたたちなら、この鍵を活用できる……」
「そんな……! どうしてそこまで……!」
「それが私に残された使命だからです。創作者たちの自由を守るために……。どうか、動いてください」
しゃしゃけ!とライドウは深刻な表情で頷き、覚悟を決め、USBメモリを受け取った。
◆◇◆◇◆
ミーアが去った後、しゃしゃけ!とライドウはその場でUSBメモリを握りしめ、決意を新たにする。
しゃしゃけ!は言う。
「絶対に止めよう、プランγを。そして……、みんなを救おう!」
ライドウもそれに頷く。
「ああ。オオキャミーも、消された人たちも……、すべて取り戻すために!」
評零の檻2 nira_kana kingdom @86409189
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