はい、こちら異世界転生転移人材派遣部です

@tatubee

はい、こちら異世界転生転移人材派遣部です。

「ん・・・・・・・・。」


目を開けるとそこはいつも通りの真っ白な天井が見える。


仮眠用の固いベッドから体を起こし大きく背伸びをして

固まった体を何とか伸ばそうとするが

固い筋肉に引っ張られた骨が大きな音を立てて

どれだけ体を動かしていないかを示していた。


ここは地獄。と言っても裁きを受けて鬼達に

追いかけまわされているわけでは無い。


ここは俺の職場である異世界転生転移人材派遣部の一室。

まさか死んでまで仕事をするなんて思ってもいなかった。


回らない頭を何とか動かすため

ベットから下りて部屋着から仕事着である

スーツに着替える。


所長には自由な恰好で働いてくれと言われているが

この身動きのとりずらいスーツでなければ体が仕事だと認識してくれず

仕事に身が入らない。


なんとも嫌な体になったもんだとため息をつきながら

身支度を済ませ仕事場である隣の部屋の扉を開く。


「おはようございます。」


地獄にあるとは思えないほどのモダンな作りの部屋。

その部屋の上座の席に座り、机に積まれた資料の間から

顔を覗かせたのは俺の上司であるここの所長。


「ああ、おはよう。」


淡い灰色のスーツを身にまとい年季の入った白髪を

オールバックで整えた細身の男性。


見るからにダンディーなこの人はなんと前閻魔大王。

人間の俺では到底想像できないほどの長い年数務めた

裁判官の職を満期で退職し

ここの所長のに着いたのだそうだ。


「君が寝ている間に依頼が入ったよ。

いつもの所から派遣の依頼だ。」


「ここですか・・・・。もう転生者は必要ないと

思うんですけどね・・・・。」


所長から資料を受け取り書面を確認すると

そこには常連客から異世界転生者の派遣依頼が

入っていた。


「神は退屈を嫌うからね。自分が支配している世界に

平穏が訪れていれば少し茶々を入れて問題を起こしたいのさ。」


異世界転生者の派遣には用途がいくつかあるが

その大体は平穏な世界を眺めることに飽きた神が変化点を入れるという名目で

様々なスキルを授けて転生者を入れることで

世界にほんの少し混乱を起こすという傍迷惑な理由だった。


「新たな文化・・・それと料理・・・・。

まあこれくらいなら影響はありませんし

異世界転生者や転移者もひどい目には合うことはありませんね。」


「適当な魂を見繕っておくよ。

軽く話をして君が良いと思えばすぐにでも送れるように

こちらで手続きを済ませておこう。」


異世界転生、そして異世界転移。

死んだ者の魂や体ごと異世界に送られるなんて思われがちだが

それは少し違う。


亡くなった人間の魂はまず裁判を受ける。


生前に犯した罪に応じて閻魔大王から判決を受け

天国に送られるかあるいは罪の重さに応じた

地獄の階層に送られる。


だがこの部署と契約を交わしている裁判所が

有能な人間と判断した場合、異世界転生、転移者として

登録を掛けるのだ。


「ありがとうございます。簡単な案件だと助かるんですけどね。」


天国行きの魂の場合、判決後に異世界に行ってもいいかの有無を聞いてから登録をかけるが

地獄行きの場合は問答無用で登録をかけられる。


罪を犯した者に選択肢は存在しない。


そういった者達を送り込むのは残酷な世界の

苛烈な立場に置かれている状況のみであり

地獄で清算される罪の代わりで送られるからだ。


「それが一番だね。あと・・・黒電話から”新規”の案件だ。」


様々な案件をこなしてきたが世界はまだまだ広く

新たに異世界転生を望む神も少なくはない。


基本的には先ほどのように気まぐれな神が悪戯のように

転生者や転移者を望むが極稀に厄介な案件が飛んでくる。


「・・厄介な案件が来ましたね。」


ここの所新規案件はなく平穏な日々を過ごしていたが

一番難しいと言っていい案件が飛び込んで来た。


「依頼主の世界が崩壊寸前らしい。

君には詳しい状況を聞いてきてもらいたい。」


滅びかけている世界を修復するような人材の派遣。


そんな状況に陥った理由が書かれていない所を見ると

相当焦っている中で俺達に助けを求めてきたのだろう。


「分かりました。すぐにでも行ってきます。」


軽い案件のみであれば俺の自室でリモートを繋ぎ

人材の判別を行うがこういった早急な対処が必要な場合は

連絡をくれた神に直接話しを聞かなければならない。


言葉だけを聞いて少しでも間違った人材を派遣すれば

その世界に破滅が訪れてしまう。


なので直接その世界を見て少しでも詳細な情報を得た上で

適切な人材を送らなければならない。


外回りをすると決まり、

壁にかけられたコートフックにあるライダースジャケットを羽織り

ヘルメットとバックを持ち急いで革靴を履く。


「あっ、所長!途中連絡を入れるかもしれませんので

”浄玻璃鏡(じょうはりかがみ)”を持っていてくださいね!」


俺の言葉にコーヒーを啜りながら答える所長を確認し、

勢いよく玄関から飛び出す。


「今日も頼むぞ。」


建屋の前に止めてあるバイクにまたがり声をかける。


地獄からの移動手段はいくつかあるが俺はあえてバイクを選んだ。

その理由としては生前いつか乗ってみたいと思っていた

ハーレーに非常に似たバイクがあったからだ。


(忙しすぎて免許すら取れなかったけどな・・・・。)


エンジンを掛けジャケットの前を閉めてヘルメットをかぶる。

憧れのハーレーで燃えるような地獄の空気を冷やしながら

風になるのは非常に心地よいが難点がいくつかある。


バイクのタイヤに当たる部分が炎になっており

止まるとき一つ間違えると足が大やけどする点。

そしてライトの代わりに髑髏が付いており

その眼の部分から光が照らされる点だった。


「よし・・・行くぞ!」


所長に支給してもらったのでダサいと声を大にして言えないが

その二つを除けば非常に快適で格好の良い移動手段だと言えるだろう。


ハンドルを勢いよく周り、地獄の道を黒く染めながら

目的地へと急ぐのだった。


———————————————————————————————————————————————————————————————————————————


新規案件での外回りのついでに常連の神に会いに行ってきたが

非常にスムーズに終えることが出来た。


少し変わり種が欲しいとのことで

文化的な人物として今川義元、料理人として伊達政宗を進めたら

右から左でオッケーが出てしまった。


「この二人でお願いします・・・っと。」


手に持っている手鏡で所長にメールを送る。


この世界のスマホのような機能をもつ便利品、浄瑠璃鏡。


本来地獄に送られた人間の生前の全ての行いを映し出す鏡で

これを用いて判決を下していたらしいが

地獄に送られてきた技術者が改良を入れ

スマホのような機能が備わり地獄に普及していったらしい。


「さて・・・・。」


大体の仕事を終えた後、問題の世界の扉を前に立つ。


俺の背丈を優に超える巨大な扉を軽くノックし

自己紹介と案件を伝えると重苦しい音を響かせながら

開かれた扉の先には綺麗な女神さまと思われる方が出迎えてくれた。


「お待ちしておりました・・・・・。」


巨大な扉を押したとは思えないほど細い体と

俺より若干低い背丈。


そして何より身に着けている服装が先ほどの裕福な世界の神と比べて貧相であり

かなり力が弱まっており頭を悩ませていることが見て取れる。


招かれて入った部屋の中央に置かれた大きな机にはこの世界を現しているであろう

地図が引かれており、その近くに置かれたソファーに腰を掛ける。


「本日は異世界転生、転移人材派遣部のご利用をご検討いただき

ありがとうございます。


こちらに連絡をいただいた際に大方の事情を把握していますが

詳細をお聞かせいただけばと思いお伺いしました。」


「わざわざご足労いただき感謝します。

では我が世界の事、ご説明させていただきます。」


挨拶を交わし、さっそくこの方が求める人材を

決めるための情報を聞き出す。


「私の世界では魔術が非常に発達しておりまして・・・・」


聞いたところによると魔術の発展が進みすぎた結果

この世界を破壊してしまうほどの大魔術が

完成してしまったらしくしかも発動が間近に迫っているらしい。


「猶予としてはあと一か月。

出来ればこの魔術を阻止していただける人材を派遣してもらいたいのです。」


一か月か・・・・。

非常に短い期限を可能にするのは・・・間違いなく転移者だ。


「失礼を承知でお聞きたいのですが、この魔術の阻止する方法は

今の所判明しているのですか?」


この世界の神であれば全ての事情について把握しているはずだ。

それが分からなければ”スキル”を進めることが出来ない。


「対抗する魔術は存在します。ですがかなりの手順が必要でして・・・

最短でこなしたとしても二十日ほどの時間が必要なのです。」


二十日・・!?

おいおいマジか・・・。


すぐにでも派遣しなければこの世界、

ひいては目の前にいる女神さまが消滅してしまうだろう。


(これは・・・劇薬が必要だな・・・・。)


バックからノートパソコン型の浄玻璃鏡を取り出し

現在登録してある人材を見ながら話しを進める。


「・・異世界転生者は文字通り生まれ変わった姿で

世界に送られますので効果が現れるまでそれ相応の時間を要します。


ですので今回の案件の場合、転移者での問題解決を

狙う以外の選択肢がありません。」


「転移者ですか・・・・。

知識の豊富な人材でお願いしたいのですが・・・その・・・・。」


「スキルの選定にかける費用があまりない、という事ですね?」


人材派遣は無料で行わるわけでは無い。

この世界にも通貨があり、それを対価に派遣の契約を交わすのだが

貧相な世界の神では出せる上限はあまり高いとは言えないだろう。


そして異世界転生、転移の華と言えるスキルの付与。

その世界にあったスキルを複数所持させることが出来れば

依頼した神が望む結末を迎えやすくなる。


「はい・・・・・。」


「なので付与するスキルは一つ。

そして人材の費用もなるべく抑えての派遣となります。」


俺が提示した条件を聞いた女神さまは

俯いて黙り込んでしまう。


わずかな希望を掛けて依頼した結果がこれか、

高望みしてしまった自分が悪いと自らを責めているような

虚しさを感じさせる佇まいだ。


「その条件では・・難しいですよね・・・。」


半ば諦めたような言葉でぎこちない笑顔をこちらに女神様。


このような案件を何度か受けたが人材の選定に失敗し

いくつかの世界を無くしてしまったことがある。


「・・・・・・・・いえ。」


だが成功した例もいくつもあり、その世界の神様達は

うちを何度も利用してくれる常連になってくれている。


ピンチはチャンスの裏返し。


この世界を崩壊から救うことが出来れば

常連の確保、そしてこの話しを聞きつけた同じような状況にある

世界から新たな案件の獲得が期待できる。


「まだ可能性はあります。ですがまた別角度の危険性が

出てくるかもしれませんが・・・聞いていただけますか?」


俯きかけている女神さまの心を照らすように

優しい言葉で語りかける。


「えっ・・・・・?」


思ってもいなかった返答が帰ってきて驚きの表情を

浮かべるがすぐにはいという言葉と共に

縋るような表情でこちらを見つめてきた。


「人材の費用を抑えるには知識の少ない人間を選ぶしかありません。

ですがその代わりに・・・人間性に特化した若い人材をご用意させていただきます。」


「人間性ですか・・・・?ですがそれでは・・・・。」


「早急な解決は難しい。ですが人間性、性格が良い人間であり

若く吸収力のある人材であれば異世界での適応、そして

必要な知識を習得してくれることでしょう。」


異世界転移の人材の費用を決める際、生前の年齢と知識、そして性格が重要になってくる。

若く知識があり性格が良い人材は最高級品として扱われ

それ相応の費用が掛かってくるだろう。


「見たところ崩壊の魔術を唱えている奴には

数は少ないですが反発する勢力がいる。


彼らと合流させることが出来る位置に転生させることが出来れば

阻止できる可能性が出てくるでしょう


後は時間の確保ですが・・・こちらはスキルで補います。」


俺が選んだスキルを浄玻璃鏡で映し出し

女神さまに画面を向ける。


「黄泉・・戻り・・・?」


「はい。黄泉戻りというスキルです。

こちらは効果を持った者を命を落とした時に

発動される永続スキルとなっています。


命を落とした瞬間、時が巻き戻り

命を落とす前の知識を保持したまま転生した瞬間まで

戻ってくると言うスキルになっています。


かなり無理やりですがこれなら本来無いはずの時間の

確保が出来るでしょう。」


どこかで聞いたことのあるスキルだが

このスキルであれば女神さまが望む結末を迎えられる可能性がある。


「こ、これであれば確かに・・・!」


「ですが当然リスクがあります。

永続スキルと言いましたが唯一解除する条件があり

使用者の精神が崩壊したその時がトリガーなります。


それに転移者があなた望む結末に歩むことなく世界の崩壊を

望めば・・・全てが終わってしまうでしょう。」


それにあえて伝えないが・・・・転移者は地獄からの選定になる。


地獄の罰は何十年から何万年と行われるが

それに匹敵するかもしれないほどの苦行だ。

天国から送れるはずがない。


地獄からの転移者だからこそ費用を抑えることが出来るのだが・・・

問題はそんな優秀な人材が地獄にいるのかだが

そこはベテランの所長に何とかしてもらうしかない。


「非常にリスクのある選択です。ですが

このままあなたの世界の崩壊をただ指をくわえているよりかは

ましだと私は思います。


・・いかかでしょうか?」


後悔先に立たず。

リスクのある行動はとれる時にとらなければ意味が無い。


俺の提案を聞いた女神さまは目に涙を浮かべながら

こちらをじっと見つめ


「よろしくお願いいたします・・・。」


俺の提案に乗ってくれた。


「・・かしこまりました。では、こちらで手続きをさせていただきます。」


スキルの付与は比較的簡単だが

問題は人材の選定だ。


善処はするが時間がかかってしまう事を伝え

この場を後にし、すぐに所長に連絡を取る。


「お忙しい所すみません。所長にお願いしたいことがあります。」


今あったことを詳細に伝え、急いで案件の条件にあう

魂を探してもらう。


「・・・・・・・・・。」


最期に出ていくときにも深々と頭を下げてくれた。


自らの存在もろとも世界が崩壊してしまうことの

恐怖とずっと戦っていたのだろう。


「・・・よし!!」


彼女を救うためにも早急に人材派遣の手続きを済まさなければ

ならないと決意し、バイクにまたがり大きな扉を後にした。


——————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————


「ふぅ・・・・・。」


大きな仕事を終え、椅子の背もたれに持たれながら大きく伸びをする。


所長のおかげで適性のある人材が見つかりすぐに女神さまの

世界に派遣した結果、なんとか崩壊の危機は逃れたらしい。


「お疲れ様。」


所長がコーヒーを淹れてくれる。

労いのブラックコーヒーだ。


「ありがとうございます。」


「また一つ大きな成果を上げてくれたね。

まったく出来た部下を持って私も鼻が高いよ。」


「そんな・・・、所長が地獄から人材を見つけてくれなきゃ

今頃・・・・・。」


俺の仕事は結局の所最後は所長が頼りだ。


元閻魔様の代わりなんてそもそも俺には務まるわけはないが・・・。


「君は分かっていないね。」


コーヒーを飲みながら資料を見ている所長は

こちらをちらりと見て口角を少しだけ上げる。


「成功に導いたのは君の提案と段取りがあったからじゃないか。

確かに人材の条件は厳しかったところがあるけどね。」


まあ・・・それはそうかもしれない。


「自分を褒めてあげるのも大切な事だ。


それに忘れてはならない。

君は私が選んだ”転移者”だ。


君が自らを優秀と認めないという事は

それは同時に私が優秀ではないと言っていると同義なのだよ?」


そう言われると認めざるおえなくなる。

自分をほめ過ぎるとそこで満足してしまいそうで怖いが・・・。


そんな談笑をしていると机に置かれた黒電話が鳴り響く。


「優秀な君のうわさが広まったんだろう。

きっと新規の案件だよ。」


取引したことのある神様達はほぼ必ず俺の浄玻璃鏡に連絡を入れる。


だから黒電話が鳴った場合、誰かからうちの噂を聞いた神からの

連絡だという事だ。


俺はすぐに受話器を当て、いつも通りの自己紹介を述べる。


「はい、こちら異世界転生転移人材派遣部です。」


どのような案件が来るのだろうと

不安と期待を膨らませながら受話器からの言葉を待った。


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