第5話 小百合
目覚めた莉久は、イロイロ考えた。
これは夢じゃない。
夢のような話だが、紛れもない現実で、莉久は現在2025年と、1997年をタイムリープしている。
おそらく、どんな形でも眠りこんだ時に1997年に行き、目覚めると現在に帰ってこられる。
そして、行き先は何故かJyoiの近く・・・。
――じゃあ、コツを掴めば、またJyoiさんのもとに行ける。
再び眠りにつく時、莉久は生まれて初めてメイクをし、自分なりの可愛い服に着替え、きちんと靴を履いて眠りについた。
テレビ局のスタジオ。
莉久は観客に紛れ込む事ができた。
しかも最前列、こんな夢のような話があるのか。
ふと隣を見ると、色白のフワフワパーマの可愛いらしい女の子が座っていた。
ゆるい大きめのトレーナーにデニム。
シンプルなファッションだけど、なんとなく近づきがたい派手さを感じる美少女だった。
「最前列なんて、メチャメチャついてますね!」
イキナリ隣の美少女か話かけてきた。
「え、は、はい。」
驚いてしどろもどろになる。
「誰のファンですか?あたし、Jyoiの大ファンなんです。」
「あ、あたしもです。」
「ほんとですか?Jyoi、メチャメチャかっこいいですよね!」
美少女は、おおきな目をさらに開いた。
――すごい可愛い人だな・・・でも、なんか見覚えあるような・・・気のせいか。
「eterniteさん入りまーす!」
「あ!来ますよ!」
全員が立ち上がり、莉久もつられて立ち上がった。
メンバー達が順番に入ってくる。
――あ!Jyoiさん!
Jyoiの姿が見えると、今までにないくらい、莉久の鼓動は高鳴った。
ふと、目が合うと、Jyoiは驚いて目を丸くした。
――目が合った!Jyoiさん、あたしの事覚えてくれてる!?
ブンブンと両手を振る莉久の姿にJyoiは、目が離せなかった。
――なんで彼女がここに・・・俺のファンだったのか?もしかして・・・ストーカー?
「Jyoi、どうかしたのか?」
AKIRAに声を掛けて我にかえる。
「あ、いや。」
――集中、集中。気にするな。
ドラムがカウントをとり、演奏が始まった。
「キャー!!!」
黄色い歓声で会場は大盛りあがり。
隣の美少女もノリノリで両手を振り、莉久も真似して両手を降った。
演奏が終わり、eterniteは控え室に戻る。
「ヤバい、いたよ。例の靴下の子。」
「え?マジで?」
「ああ、最前列にいた。」
「足あった?幽霊じゃなかった?」
「たぶん・・・幽霊ではない。」
全員が安心した。
「お前のファンじゃね?ちょっとストーカー気味な。」
Ryuは言う。
「ストーカーも怖いね。工藤さん(マネージャー)に、ちょっと言っとこうかな。」
「その方がいいね。」
eterniteの演奏が終わり、帰る準備をする莉久に、美少女は切り出した。
「あの、良かったらお茶しませんか?」
「え?」
「あ、ごめんなさい。無理にとは言わないです。せっかくお隣になれて、同じJyoiのファンだったので、良ければと思って・・・」
「あ、無理じゃないです!行きましょう!」
同じJyoi推しの美少女に誘われて莉久は声を張り上げた。
「嬉しい。あたし、矢田って言います。矢田小百合です。」
「はい、矢田さん。え・・・?矢田?小百合・・・?」
「はい。あなたは?」
――え!ちょっと待って!なんか見覚えがあると思ったら、あのアルバムの・・・
「お母さん!?」
「え?」
間違いない。目の前にいる美少女は、28年前の莉久の母親の小百合だった。
「いや、お母さんと、同じ名前で・・・」
「そうなんですか?奇遇ですね。」
――まさかこの世界でお母さんと仲良くなるなんて。
「あたしの名前は・・・との・・とむら・・戸村莉久です。」
「戸村さん。」
何故か咄嗟に本名を隠してしまった。
若い頃の母親に、将来の娘というのをバレたくなかったからだ。(もし現在の母親に、この記憶が残ってしまったら、ややこしくなってしまうので)
2人は近くのカフェでお茶をした。
「へえ。戸村さん、短大生なんだ。あたしと同い年なんですね。これから就職活動ですね。」
「はい。矢田さんは?」
「あたしは、グラフィックデザイナーになりたくて学校に通ってます。夜間なんですけどね。」
「夜間ですか?」
初めて聞く母親の過去だった。
「もともと絵を描く事が好きで、グラフィックデザイナーに憧れたんですけど、そんな物で飯が食えるかって親に大反対されて、じゃあ自分で学費払うからいい!って言って、昼間はバイトして、夜学校に通ってるんです。
授業料も半額だし。」
母親、若い頃の小百合は、恥ずかしそうにアイスコーヒーを飲んだ。
莉久は初めて聞いた母親の話に胸が締め付けられた。
――お母さん・・・すごい。バイタリティのある人だとは思ってたけど、あたしと同い年で、ちゃんとやりたい事があって、それに向かって努力してたなんて。
「でも、あんまり才能なくて・・・就職先あるかどうかは、わかんないんですよ。戸村さんは、どんな職に就きたいんですか?」
ドキッとした。
「あたしですか?あたしは、とくにやりたい事なくて・・・お給料が良い会社に入れたら、それでいいかって・・・」
「そうなんですか?やりたい事ないんですか?」
小百合は目を丸くした。
「そうなんですね。あたしは、やりたい事だらけです。やりたい事が多すぎて、1日の時間が足りないくらい。」
そう話す小百合の笑顔が莉久には、とても輝いて見えた。
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