【1話完結】彼女のつま先

刺身

彼女のつま先

 彼女のつま先は、いつも美しかった。


 頭の先から爪の先まで、いつもきれいに手入れのされたその身体に、私はいつだって胸が躍ったのを覚えている。


 髪はきれいに巻かれ、化粧はいつも濃過ぎず薄過ぎず、私の好みにバッチリ。


 その魅惑的な耳や首元を飾るアクセサリーは彼女の身体を彩り、益々と魅力的に魅せていた。


 若く健康的な身体を包む衣服はいつも彼女に似合っていて、その高いかかとで妖艶に伸びたしなやかな脚には、視線が吸い寄せられる魔法がかけられていたに違いない。


 どんなに寒くても、長距離でも、少しの外出でも、明らかなアウトドア以外はいつだってその高いかかとで現れる彼女に、大変ではないのかと思わず聞いたことがある。


 だって、脚が長くきれいに見えるから、自信が出て、私はヒールが大好きなの。


 と、彼女はその美しい脚で、美しく笑ったのを覚えいる。


 何かにつけて目につく彩りの美しい指先は、驚くほどの頻度でその色を変化させていく。


 そしてそれは、彼女のつま先も同様だった。


 見られることがないかも知れないそのつま先まで、毎回きれいに整えている彼女に感服して、そのつま先が拝める機会には心が踊ったものだった。





 そんな彼女の美しいつま先は、今や遠い記憶の彼方に薄ぼんやりとしか残らない。


 頭の先から爪の先まで、いつもきれいに手入れのされていたその身体は、今や見る影もなくボロボロだった。


 髪は巻くどころか伸びっぱなし。化粧どころかいつ見ても化粧っ気は全くない。


 その耳や首元を飾っていたアクセサリーは鳴りを潜め、引き出しの奥底に眠る。


 彼女の身体を華やかに飾り立てた沢山の衣服はどこかへ消えて、いつ見ても量産された安い服へと代わり、高いかかとで妖艶に伸びたしなやかな脚は気付けば見ることもなくなった。


 彼女の脚を長くきれいに見せていた華々しいかかとの高い靴たちは、大半がどこかへと消えて、一部だけが靴箱に忘れ去られる。


 何かにつけて目についた彩りの美しい指先も、今は色なく静かになった。


 そしてそれは、彼女のつま先も同様だった。


 



 彼女のつま先に色が咲いた。


 頭の先から爪の先まで、いつもきれいに手入れのされた身体だっただけに、久しぶりに見たその技術に私は感服する。


 伸びっぱなしの髪が目立たない髪型にきれいにまとめ上げて、化粧は心なし濃いめであるもバッチリ。


 耳や首元を飾るアクセサリーは彼女の身体を彩り、上品な洗練さを醸し出している。


 昔ほどに派手ではない上品なドレスに身を包み、そこから伸びた高いかかとに彩られた脚に私は視線が吸い寄せられて、あの魔法が久しく健在であったことを知る。


 雪のチラつく真冬にストッキング1枚なんて信じられないほど頼りない格好で、それでも彼女は数日前から笑顔で大忙し。


 バタバタと慌ただしく用意をする彼女を、私は子どもとぼんやりと眺めた。


「じゃぁ、行ってくるね」


 そう言って、旧知の結婚式に赴く彼女は、久方ぶりに靴箱の隅に置かれていた華々しい高いかかとの靴を履く。


 だって、脚が長くきれいに見えるから、自信が出て、私はヒールが大好きなの。


 そう言って笑っていた彼女の言葉を思い出し、私はそっと、子どもを抱きしめた。


 おしゃれが好きだった彼女のその姿が久しく思い出せないほど、彼女が必死に子どもを育ててくれていることを今更ながらに実感する。


 昔ほどの若々しさがなくても、久しぶりに見たその高いかかとに彩られたしなやかに伸びた足を見送って、私はそのつま先に心を馳せた。


 見られることがないかも知れないそのつま先まで、きれいに整えて出かけた彼女。


 こんな機会でなければそのつま先を拝めないほどに余裕のない彼女にようやっと気がついて、私はそっと、不満を抱えていた荒れた部屋の片付けに手を伸ばす。


 そのつま先がまた彩りを取り戻して、ヒールが好きだと笑うキミの笑顔が、再び見られるといいなと思いながらーー。

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【1話完結】彼女のつま先 刺身 @sasimi00

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