第11話 連れションは男の友情を深めるか?

 俺がどれだけあっちいけよという嫌悪の目を向けても、にこっと微笑むだけで一向に堪えた様子のない爽やかイケメンは水泳部だ。そして、ソラという。

 自称俺の友達……。ともだち……?

「気持ち悪いなぁお前」

「久々に会ってずいぶんな反応だけど、そう言われると思ってたよ」

「反応まで爽やかでムカつくわー」

 まるで俺がねばちっこいダメ野郎に思えてしまう。こいつと比較すれば、だいたいの男はねばちっこいんだろうが、どうあれ嫌味な奴である。


「丁度、君が花を摘みに行くのが見えたからね。親睦を深めたいから、一緒させてもらおうと思ったんだ」

「お前どこから見てたんだよ」

「トイレに入るところだよ」

 ほんとか? 普通、男が花を摘みに行くなんて使わないだろう。もっと前から追いかけてたんじゃないのか?

 疑惑の目で見ても、微笑みは崩れない。アオと違って笑顔のポーカーフェイスすぎて感情が読めない。


「だいたい、連れションしたからって仲が深まるものじゃないだろ」

「あれ? もう花摘みじゃなくていいのかい?」

 こいつは疑ってほしいのかほしくないのかどっちなんだ。もう絶対わかってて言ってるだろ。じろっと睨むと、柔らかかった微笑みが苦笑に変わる。

「僕としてはこういう男同士の青春っぽいイベントは大事にしたいんだけどな」

「他の野郎とやってろ」

「僕は君と仲を深めたいんだよ」

「……おぃ、寒イボ凄いことにあったんだが?」

 どうしてこいつは言葉のチョイス1つ1つが絶妙に気持ち悪いんだろうか。狙ってやっているなら、2度と出会わないようにこの場で亡き者にしたい。


「だいたいお前は、この高校にした理由から気持ち悪いんだよ。俺がいたから進学先を決めたって、なんなの? どれだけ俺が大好きなの?」

「そうだね……」

 にこっと、女子なら一目惚れしそうな微笑みで言う。

「君と親友になりたいくらい好き、かな」

「そろそろ吐くぞ、俺は」

 ガチで。


 俺とソラは一応、同じ中学出身。つまり、アオとも一緒である。

 だから知り合いというわけでもなく、同じクラスになったことはない。話したのも数えるほどで、それも中学3年の後期。中学生活の残りが半年もないくらいの時に、だ。

 出会いがやや特殊だったのは認めるが、それがなにをどう転んでこんなホモ疑惑を持たれそうな発言満載の変態野郎になるのかがわからない。

『君を追いかけてきたんだ』

 と、高校1年時に同じクラスになって、邂逅1番言われた俺の気持ちを誰か想像してくれ。とりあえず、吐き気がしたとだけここには記しておく。


「相手が女ならわかるが、男な時点で気持ち悪さが勝る」

「そうかな? 男気に惚れるとかあると思うけど?」

「お前に男気を見せた覚えがねーよ」

 ぺっと吐き捨てるように言ったら、あははと躱すように笑われた。笑い方まで爽やかでムカつくなーほんと。

「ところで、樋妖ひようさんが転校してきたんだって?」

「…………それが本題か」

 久々に会いに来たと思ったらこれか。


「なにお前。アオのこと狙ってたのか?」

 中学どころか小学校まで遡っても、そういう奴らは事欠かなかった。男子に女子に。1番酷かったのは教師が告白した時だ。

 どこからか広まって学校内にいられなくなっていたが、その変態教師はどこでなにしてるんだか。興味ないけど。

 俺は正直、この手の話は毛嫌いしている。だいっきらいだと言ってもいい。

 個人的感情は置いておくにしても、その手の話は多かれ少なかれアオに負担がかかる。小学生ならまだかわいげがあったが、中学生になると人間関係が複雑になっていって面倒が増えていった。ただ、多少情緒が育ったからといって、精神はまだまだ子どもだった。だからこそ、余計に拗れたのだけど……今はいい。


 お前もその手の1人か、と割りかし本気で睨んだが、ソラはまさかと笑顔で否定した。

「それはないよ」

「ないって、よくハッキリ言えるな」

 アオ相手に。

「だって、僕は樋妖さんが嫌いだからね」

「……」

 笑顔でさらっと毒を吐かれて、脳が一瞬フリーズした。というか、信じられないことを言われたんだが、え? アオが嫌いって言ったのかこいつ? 明日の天気は地面が降ってきますくらいのことを平然と口にしたぞ。


「いやいや。いやいやいや。さすがに冗談だろ。アイドルやモデルどころか、女神ですら泣いて謝る神秘の美少女なんだが? それ嫌いって、女でも嫉妬するのすら諦めて崇拝していたのに、男のお前がって…………そうか不能か」

「ユイトが樋妖さんのことをどれくらい好きかはよく伝わったよ」

「はぁっ? 誰も好きだなんて一言も口にしておりませんが? 耳腐ってるんじゃないの?」

「ちなみにつよ」

 うるせーよどうでもいいところ引っかかってんじゃねーよ。


「本気でアオが嫌いなのか?」

「あぁ。断言してもいい」

 断言されてしまった。

 そんな人類が存在するのかと疑惑の目を向けるが、ソラの目は至極真面目だった。微笑みがない分、真実味が増して見える。

 アオが嫌い。その事実に衝撃を受けて、そのせいでより疑惑が深まってしまう。


「…………本当に、男が好きとかないよな?」

「ははっ」

「笑うな答えろ怖いんだよ」

 誤魔化そうとする時、ソラは笑う。それはいい。よくないが、今はいい。だが、この場面で笑うのは本当にやめろ。冗談に聞こえなくなる。

 ぐるぐる唸ると、降参とばかりに肩を竦めた。

「まぁ普通に女の子好きだよ。ユイトが女の子だったら……わからなかったけどね」

「きしょい」

 本当やだこいつ。どうしてこんな変態とか変わってしまったんだろう。


「冗談だよ。僕にも好きな人がいるから安心してほしい」

「あぁそうですか」

 も、という部分は気にかかるが、触れたらここぞとばかりに突いてきそうなので聞かなかったことにする。

 普通にトイレしに来ただけなのに、吐いた後みたいにげっそりした気分で外に出る。手を洗い、にこにこと廊下まで付いてくるソラをジロリと睨んで牽制する。

「付いてくるなよ?」

「魅力的な誘いだけど、クラスメイトと約束があるから今回は遠慮しておくよ。また誘って」

「誘ってねーよ」

 こいつと会話していると、頭がバグりそうになる。さっさといけと手で払うと、ソラは笑って反対側の廊下を歩こうとして――止まる。


「そういえば、あの子には会ったかい?」

「あの子、たち?」

 誰のことだろうか。

 話の流れ的にアオじゃないだろう。首を傾げると、「会ってないならいいんだ」と誤魔化しを含んだ笑みを浮かべる。こいつの笑顔のバリエーションは豊富すぎだなと思いつつ、気になることだけ言い捨てて去っていこうとするソラを呼び止める。


「おいこらどういう意味か言っていけ」

「僕と同じ出発点の、君を大好きな子だよ」

「わかんねーよ」

 そのまま人の心にしこりだけ残して、あははっと笑っていなくなってしまった。来るなと思えば来るし、行くなと言えば去ってしまう。とんだ天邪鬼野郎だ。


「誰だよ俺を大好きな子って」

 考えてみても、高校での知り合いなんてアオとソラくらいだ。それ以外の心当たりなんてなく、釈然としないモヤモヤだけが残された。

「たくっ、久々に会ってこれか」

 夏は水泳部が忙しいとかで会えないごめんよと謝ってきたソラに対して、2度と顔を合わせないでくれと吐き捨てておいたのだが、気にした素振りも見せなかった。やっぱり、心が鉄かなにかだろう、あいつ。


 とっ捕まえて吐かせたいところだが、これ以上アオを待たせるわけにはいかない。トイレ以上にソラとの話が長くなってしまった。

「怒ってないといいけど」

 残念ながら、その不安は的中することになる。


「悪かったよ、待たせて」

「ぶすー」

 屋上階段の踊り場では、膝を抱えたアオがぶうぅっと頬を膨らませて剥れていた。子どもかよとツッコミたくなるが、待たせたのは俺なので文句も言えない。

 全部ソラのせいだ。

 爽やかな笑顔を浮かべるソラを想像で殴ってウサを晴らす。


「……誰かといたの?」

「え?」

「長かったから」

 俺がぼっちなのをよく知っているのに、その発想に到れるアオは凄いなと感心と驚愕を胸に抱く。

 でもなぁ、これ言っていいのか?

 今以上に機嫌が悪くなるかもと口に出すか悩んでいると、「言えないのね」と拗ねるように声がツンっとする。


「女の子なのでしょう? だから私には言えないのね?」

「いや違くて」

「誤魔化さないでハッキリ言って」

「そうじゃなくてな?」

 なんか浮気を問い詰められてるみたいで焦る。それも相手がソラって……うげぶぇ。想像しただけで吐き気がした。


「アオが知ってるかわからないけど、同じ中学だったソラにたまたま会って」

「女の子?」

「男だ」

 しかしホモ疑惑がある、とまでは口にしなかった。したくなかった。

「……なら、いいわ」

 不承不承ではあるが納得してくれたらしい。ほっと安堵しつつ、これでやっとお昼かと思っていると、お弁当を取り出さずに腕を絡めてきた。


「お弁当は?」

「……やっぱり今度からお花摘みも一緒に行くわ」

 心配だもの。

 そう言ったアオの横顔は不機嫌そうではあったけど、どこかかわいさもあって、こんな顔もたまには悪くないかと俺に思わせた。

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お嬢様学園からの転校生は無口でクールな幼馴染。家にまで押しかけてきて、ぼっちな俺への好意を隠してくれない。 ななよ廻る @nanayoMeguru

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