第10話 トイレに行ったら爽やかイケメン変態ホモサピエンスと遭遇してしまった

 転校生の立ち位置というのは、1週間もすれば決まるものだと思っている。ソースはない。でもだいたいそんなものだろう。

 どこのグループに所属するか、最初に誰に話しかけるかで決まる。やたらいけてるいわゆるカースト上位のグループや、そんなの関係なく仲のいいグループ。俺? 俺はいつだってソロなのでグループそのものと無縁だった。悩み事が少なくていいね。


 そんな俺とは違い、カーストや所属とは関係なくちやほやされそうなアオは、やや浮いた立ち位置に収まっていた。正確に言えば、どう接すればいいのかまだ迷われている、という状態に感じる。

 関わらないで、とハッキリ告げたわけではないが、クラスの女子からお昼に誘われて明確な拒絶を先週末頃示した。

 それから週が開けて数日。半ばとなってもアオから声をかけることはなく、俺にちょこちょこべたべた付いて回っている。


 その神秘的な姿に誘われて目で追っているクラスメイトはまだそこそこいるが、話しかけて拒絶されるのも怖い。そんな気配を感じる。先週のことがあったらなおさらだろう。

 そうして、そわそわどうしようという空気が、まだ教室の中には残っている。

 俺の傍という居場所を確保こそしているが、クラスメイトからはどう接するべきか測りかねているというが実情だろう。


 不幸中の幸いなのは、アオが明確に立場を誇示しているからか、俺へのやっかみが少ないことか。多少なりとも羨望の視線を感じることもあるが、行動に起こす人はいない。これからどうなるかは……

「神のみぞ知る、ってことで」

「カミ……? 急になに?」

 なんの話の繋がりもない話を不意にされて、アオが訝しんでいる。伝わるわけもない独り言みたいなもので、説明する気もなかった。前後関係無視して「お昼食べたーい」と、お腹の減り具合を強調してみる。


「? なら、行こう」

 こうやって手を繋ぐのにも、クラスメイトは慣れてくれているのだろうか。いや無理だな。注がれる視線は減るどころか、日増しに強くなっている気がする。たぶん強くなっていく理由は、アオへの興味に尽きるのだろうけど。俺への興味はなし。


 そのまま昼食を食べるならここ、という住処になり始めてる屋上階段の踊り場に向かう。静かで2人きりになれるのはいいけど、埃っぽいと週明けにアオが軽くはき掃除をして多少居心地はよくなった。でも、長くいるにはやっぱり外の環境の影響を受けすぎる。

 晴れたらからっから。雨が降ればじっとり。夏は熱く、冬は寒い踊り場は、人が住み着くには適していなかった。

 でもいいのだ。学校という人間が100人以上集まる環境で、1人になれる場所は貴重だから。人間関係が厳しい教室よりも過ごしやすくあるくらいだ。今はどこへ行っても1人になれないけどな!


 屋上階段の踊り場に向かう最中、ふとトイレに行きたくなる。

「悪い、先行ってて」

「どうして?」

「ちょっとお花を摘みに」

「私も行く」

 アオ相手なので言葉を飾ってみたら、間髪入れずに付いてくると言い出す。

「いや先行ってろよ。一緒には入れんぜ」

「外で待ってるわ」

「……アオよ、流石に花摘みから出てくる男が不憫だ」

 男子トイレの外でこんな妖精のような美少女がいたら、ぎょっとすること間違いなし。小心者だったらその場で泣き出すかもしれない。それくらい、アオは男子トイレの前にいてはいけない存在だった。


「すぐ済むから、ね? アオちゃんはお利口だから1人でも大丈夫でよねー?」

「……子ども扱いしないで」

 よし勝った。

 不満が唇の尖りに表れているが、難局は乗り越えた。俺とてアオに待たれていると思うと、出るものも出なくなってしまう。


「それじゃあ」

 名残惜しそうに繋いでいた手が離れる。先を行くアオの歩幅は狭く、青い瞳が寂しげに揺れていた。

 まるで今生の別れのような顔だが、俺はトイレに行くだけだった。なんなら、それだけなのが申し訳なるくらいの切なさを醸し出している。今度は俺が転校するべきか。


「……冗談でもそんなこと言ったら泣きそうだな」

 それだけはやっちゃいけないと、軽く考えた自分を反省して男子トイレに入る。幸運なことに中には誰もいなかった。個室のドアは奥から全てフルオープン。スッキリしてて大変よいことだ。


「誰かいると落ち着かねーならなー」

「その気持ちはわかるよ」

「だよなーやっぱりトイレくらいは1人でいたいよなー」

「その気持ちもわかるけど、君、大抵1人じゃないかな?」

「余計なお世話だい」

 ちゃっちゃと済まそうと、小便器の前でごそごそしていると、あんっ? となる。独り言だったのに返事があったが?

 まさか男子トイレに花子さんがいるわけもない。なにより、個室は全部空いてるのだから花子さんだって隠れられないはずだ。


 じゃあ誰やねんとエセ関西弁で隣を見て、うげっとなる。うげげっと。

「やぁ、久々だね」

「爽やかイケメン変態ホモサピエンス……」

「あはは。爽やかとイケメンって一緒に並べられるんだ」

 どうしてこいつがここに。

 失礼、と俺の冷ややかなジト目を無視して、平然と隣で用を足そうとするこの男は、間違いなく精神が鉄でできている。

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