1話 路地裏の魔法使い
突然、頭に衝撃を受けて目覚める。視界に差し込む光が目を眩ませ、僕は目を瞑った。
「おいお前、生きてるか」
目を開けると、見知らぬ青年が訝しげな表情で僕を見ていた。
「うわっ!!」
思わず声を上げると、青年は顔を顰めた。すると青年は立ち上がって言う。
「ついて来な」
手に持っていたランプを僕に突き出し、早々に歩き出す。
どんな状況なのか分からなかった。しかし困惑している暇もなく、青年は先を進んでゆく。このままでは置いていかれると思い、僕は渡されたランプを手に青年の後を急いで追う。
「あ、あの…此処って一体…」
「…知らないで此処に入ったのか」
「この街に来たのは、初めてで……」
小さく答えると青年は呆れた様に小さくため息をついて言う。
「此処は魔法街の路地裏だ。此処には本来、人が立ち寄れない様に『仕掛け』がしてある。だがお前はそれを破壊したのか何か知らないが通過して此処に辿り着いた。お前には質問したい事が山程…」
すると青年は一度止めて、軽くため息をついた。
「名前は」
「…梓日、陸です」
「陸、お前はいつからここにいる」
僕は口篭った。半分自暴自棄になって此処へ迷い込んだので、記憶がほとんどない。時計すら持っていなかった。
「分からないのか」
「はい…」
青年はさらに顔を顰めた。あからさまに不機嫌といった様子に、僕は少し恐ろしくて目線を逸らした。
「分かった、一旦質問するのは後にしよう。それより今はここから出るのが先だ」
「こ、ここから出られるんですか…!」
「簡単には出られないだろうな」
期待の声とは裏腹に、返ってきたのは難しい返答だった。そういえば、青年もずっと何かを思案する様な難しい顔をしていた。
「陸」
「は、はい」
「お前、路地裏をずっと進み続けていたんだろう。途中で人に会ったり、何か変化や気づいたことはないのか」
変化、と言われて僕は戸惑った。これといった大きな変化はなかったし、人にも会うことはなかった。
しかし、ただ一つ気になっていたことを除いて。
「そういえば…僕がここへ入った時からずっと、側溝から水が湧き出す様に流れ続けていて…」
僕が様子を伺うように言うと、青年は何か確信を得たように目を見開く。
すると青年は突然、虚空に手を伸ばし、何かを掴むようにして箒を取り出した。
箒はふわりと重力に逆らうように空中に浮き、青年はそれに座るように腰を下ろす。
そして僕に問いかけた。
「お前がここに入った経緯は知らない、ついて来いとは言ったがお前の意思を聞いていなかった。」
突然のことに僕は困惑する。これはきっと青年が提案する選択だと直感した。
「俺は良心に従ってお前について来いと言ったが、ここから出たく無いなら俺は無理に連れ出さない。だからお前の意思を聞こう」
沈黙が恐ろしく感じた。僕は答えなければと必死に考えようとするが、頭が真っ白になって考えることすらままならない。答えたくても、自分が答えるには億劫でしかたなかった。自棄になって勝手に入り込んだ人間が、助けてほしいなんて言って良いのだろうか。
そんな疑問が頭を過り、言葉が喉につっかえる。
「選択しろとは言っていない、お前はどうしたいんだ」
どうしたいのか。
その言葉を聞いた途端、僕の中にあった蟠りが溢れるように、言葉になる。
「僕は…ここから出たいです…!」
僕が答えると、青年は不敵な笑みを浮かべた。
「良いだろう」
青年が僕の腕をぐいと引っ張る。ふわりと体が浮き、僕は箒に飛び乗った。
すると突然、足が地面から離れる。
先の見えない路地裏の上に向かって上昇し、僕は恐怖に身を縮めた。
しかし数十メートル登った地点で、青年は方向を変え、地面に向かうにして止まる。
冷や汗が僕の頬を伝う。手先が細かく震え、不安が込み上げる。
嫌な予感がした。
これではまるで地面に突っ込むような体制だったから。
「こっ…これじゃ地面に…!」
「俺も誰かを乗せるのは初めてなんだ。お前が振り落とされたら俺にもカバーできる確信が無い。しっかり掴まって目を閉じろ!」
背後から青年に言われ、僕は慌てて目を閉じた。
「サフィロス」
青年が何かを叫ぶ。
瞬間、金属音のような甲高い音と、何かが崩れるような轟音と共に、落下する。
吸い込まれるような感覚に僕は恐ろしくなって、グッと歯を食いしばった。
風が鋭く吹きつける。今どこをどう飛んでいるのか、方向さえ分からない。
強風の中を勢いよく進んだ後、突然体がふわりと浮かぶような感覚になる。
安定した体制になったと思い、僕は恐怖から解放されたような気がして、恐る恐る目を開けた。
視界の先には、満天の星空が広がっていた。街の上空を低飛行しているようだった。
「もう雨は止んだのか」
青年が呟く。
僕は目の前の美しい星空に見惚れる。暫く空を飛んだ後、真っ直ぐ飛行していた箒がゆっくり傾き、建物の屋根の上へと向かった。
青年は箒から飛び降り、指をぱち、と鳴らした。
同時に箒が消え、僕もその場に着地する。
「あの…本当にありがとうございました」
青年はコートの裾についた砂をパタパタと払っている。
まるで興味が無さそうな様子だ。
「あの…貴方は一体……」
僕が何者なのか、と問う前に青年が振り向く。
青年の長髪が夜風に靡く。
月光が照らす瞳の青が、宝石の様に美しかった。
「俺の名前は久世青葉、サファイアの魔法使いだ。」
誇らしげに言う彼は、少し笑っているように見えた。
道標の魔法 鳩羽天理 @10ri_hatopoppo
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