第2話 西の少年

「姉とその方の埋葬をさせてください」

 

 ヌイは長老にそう願い出た。

 長老は最初は反対していたのだが、不本意な形で炎を使われ、火の精霊の怒りを見たでしょうとヌイが言い、何も言わなくなった。

 かと言っても手伝う事もない。ヌイは一人で穴を堀り、すでに人として形を失った二人の遺体を埋めた。

 姉が殺された報復を理由に、東の男衆たちは西への戦を仕掛けるつもりようだった。姉を弔おうともしない男たちをヌイは冷たく見つめる。理不尽に姉を失った怒りが男たちへ向かっていた。彼らにとって姉の死は戦を始める恰好の理由だった。

 特にボラの事を、ヌイは疑っていた。

 ずっとボラの頃が怖かった。大声で人を威嚇し、その体格もヌイの倍だ。けれども怖がっているわけにはいかない。

 姉の死にはボラが関わっている。

 彼を問いただそうとヌイを心に決めた。


 村に戻り、ヌイは燃え尽きた祠を眺めた。 

 姉が殺され燃やされた。

 火の精霊の怒り、それは姉に対して火を使い、その身を燃やしたことだろう。

 だから祠が燃えた。

 これからこの村で何が起きるのか、ヌイは想像しただけで身震いがした。


「あれ、火が消える」


 始まりは起こした火がすぐに消えることだった。それは何度も起き、長老はヌイに詰め寄った。


「火の精霊に聞け。何が起きているのだ?お前は巫女だろう」

「祠が燃えたのを見ましたか?火の精霊はお怒りです。だから、火を使うのが難しくなっているのです」

「ならば、その怒りを鎮めよ。お前は巫女であろう」

「……姉を殺したのは誰でしょうか?火で燃やしたのは?」

「それは西の者だ!お前も見たであろう。あの姿を」

「はい。でも私はあれは真実ではないと思っております」

「何を根拠に申すのだ」

「火の精霊がお怒りです。皆の目を欺くために火が使われた。前巫女を燃やすなどありえません」


 以前のヌイは、姉の後ろで怯えていた子供であった。

 姉が村を出て行き、巫女を務めていた時であっても、こんな風に凛として発言することはなかった。

 長老はその勢いに飲まれながらも反論する。


「それは西の者がやったのだ!」

「いいえ、私たちの村の誰かがしたのです。だから火の精霊は私たちにお怒りなのです」

「馬鹿な!」

「火がうまく使えないのがその証拠でしょう」


 火起こしは石を使えば可能だ。以前は火の精霊の加護があり、長い間火が消えることなく燃え続けてくれた。薪となる木がなくても燃え続けてくれたこもある。

 今はどんなに薪を揃えても、乾燥した小枝を重ねても火はすぐに消えてしまう。


「たわけたことを言うな。もっと火の精霊に祈るのだ」


 長老はヌイを睨みつけると家を出ていった。


「ヌイ……。どうしたんだい。いったい、そんな風に……。長老に刃向かってはよくないぞ」


 隠れるように奥に引っ込んでいた祖父がのそのそと出てきて、ヌイに小言を言う。それに合わせて祖母も同じような言葉を繰り返した。

 祖父母は長老を恐れており、命じられることはなんでもする。ボラとトヨの婚姻ですら、トヨが嫌がっているのを知っていても反対することはなく、むしろ勧めていた。

 両親を早くに亡くして、家に置いてもらい食事を与えてもらったことは感謝しているが、それだけだった。


「すみません。けれども譲れません」


 長老は火の精霊の怒りを受け止めていない。

 自分達の誰からが火の精霊を怒らせたことを認めたくないのだ。

 したことを心の底から詫びることでしか、火の精霊の怒りを止めることはできないというのに。


「ヌイ。頑張っておくれ。火がうまく使えないと、これから冬が大変だ」


 冬の間、家の中で暖を取る。それは火を燃やし続けることで家の中を温めるのだ。しかし、今のままでは暖を取る頃はできない。季節は夏の終わり。秋はあっという間に過ぎ、冬がくる。

 

「おばあちゃん。わかっています」


 火の精霊の怒りを買った人物、つまり姉を殺した人物をヌイは探し、彼に罪を贖ってもらう。それによって、火の精霊の怒りは治まる。

 ヌイはその犯人が誰が知っている。

 ボラに違いない。

 証拠はない。

 だから問いただすしかなかった。

 

「ヌイはいるか」


 その機会は早くきた。

 その夜、ボラが訪ねてきたのだ。

 夜であることにヌイは警戒した。しかし、家の中であれば大丈夫だとボラを家に招き入れた。


「ヌイ。お前は今何歳だ」

「十五歳です」

「月のものはきたか?」

「まだですが」

「遅いな」


 ボラの質問がおかしかった。

 何のためにきたのだろうと、ヌイは首をかしげる。


「まあ、いい。子供はゆっくりでいいんだ」


 ボラは歪んだ笑みを浮かべると、一歩ヌイに近づく。


「祠が燃え、お前の巫女としての仕事はなくなった。巫女なんてもう必要ない。お前は、トヨによく似ている。そっくりじゃねーか。まだまだ成長は足りてないけど、今から俺がゆっくり育ててやる」

「何を言っているのですか?」


 ボラの目は血走っていた。

 唇からは涎のようなものが見える。


「近づかないでください。おばあちゃん、おじいちゃん!」

「無駄だ。お前のじじいとばばあは承知している。まあ、見えないところにはいるだろうなあ。流石に孫が犯されるところは見たくないだろう」

「おばあちゃん、おじいちゃん!」

「無駄だと言っている。まあ、嫌がる女、まだ女じゃねーな。まあ、いい。入れるところは一緒だ」


 ヌイは必死にボラから距離を取った。

 家と言っても、分かれた部屋などはない。床に石を引き、そこに動物の毛皮で使った敷物を何枚か敷いている。祖父母とともに寝起きは同じ部屋だ。なので祖父母が一体どこにいなくなったのか、ヌイは見当がつかなかった。しかし、そばにいたとしても助けてくれないことは明白だった。ここまで長老の言いなりになるのかと絶望的な気分になった。しかし、ヌイは諦めなかった。まだ事の真相を彼から聞いていないからだ。


「あなたが、姉さんを殺したのですか?」

「いいや。俺は誰も殺していない。あいつらは自分で死んだ」

「私は信じません。姉が殺されるなんて」

「そうだろうな。嘘だから。トヨは病気で死んだんだよ。そして東の糞は崖から落ちて死んだ」


 笑いながら語られる真相に、ヌイは震える。


「それなら、どうして、嘘をついたのです。まさか、刃物を持ち出したり、姉さんたちを燃やしたのはあなたですか?」

「俺だよ。東の糞がトヨを殺したことにしたら、戦ができるだろう?東の奴らをぶっ殺しに行きテェんだよ!」

「狂ってる。そのために、火を使って。それは火の精霊もお怒りになるはずです!」

「だから、俺のために祈ってくれよ。許してくださいって。巫女だろ。できるだろう?俺の妻になって、俺のために祈ってくれよ」


 ヌイはボラの言葉が理解できなかった。

 あまりに自己中心的で、都合が良すぎる思想。


「火の精霊は許しません。あなたの非を詫びなさい!罪を償うのです!」

「俺は悪くない!俺は殺していない。あいつらは勝手に死んだ。俺のせいじゃない!」


 ボラが急に子供のように癇癪を起こし始めた。

 手を振り、子供のように。


「俺は確かに薬草の場所を教えなかった。東の糞ヤロウに教えることはないからな。だけど、まさかトヨが死ぬなんて、そんなに悪かったなんて、俺は知らなかったんだ」


 ボラを頭を抱えて、何度も首を縦に振る。


「俺は悪くない。あいつらは、あいつらは勝手に死んだんだ。俺はその死を利用しただけ。俺は悪くない」

「ボラ。詫びてください。火の精霊に。そして姉とその夫に」

「東の糞ヤロウがトヨの夫だと?俺は認めない。絶対に!トヨは俺の妻になるはずだった。そうだ。ああ、ヌイ。お前は本当にトヨにそっくりだ。あと数年もすれば、それはそれはいい体になるだろう」

「近づかないで」

 

 目をぎょろつかせて、口をだらしなく開け、ボラはヌイに近づく。

 出入り口はボラの背後だった。

 ヌイは火の精霊に祈りをささげながら、ボラの横を走って、出入り口に向かおうとした。

 しかし、ボラは彼女の腕を引いて、床に投げ飛ばした。


「いっ!」


 ヌイは床の上に仰向けに倒れる。

 体を起こそうとすると、手足をボラによって拘束された。


「本当に、トヨにそっくりだ」

 

 舌で頬を舐められ、ぞっとした。


「助けて。お願い。火の精霊!」


 カタンと音がして、台所の竈から火が噴いた。


「ひいい、巫女の力か!」


 ボラが動揺して、ヌイの拘束を解く。

 その隙にヌイは出入り口に向かって走った。


「ヌイ!」


 何も考えず、ヌイは走った。

 これまでの人生の中で一番早く走ったかもしれない。 

 それくらい必死に走った。

 そのうち声が聞こえなくなり、ヌイはやっと足を止めた。


「ここは?」

「西の森だ」


 すぐに返事が返ってきて、ヌイは顔を上げる。

 そこにいたのは暗闇と同化したような一人の少年だった。

 

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西の少年と東の巫女 ありま氷炎 @arimahien

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