第11話 司書の仕事

 ホタルは制服を受け取りながら小さく頷いた。


 「あ!あとちょっと待ってて。もういっこホタルに渡したいものがあるんだ」


 クロがぱたぱたと部屋を出ていく。

 数分も経たないうちに戻ってきた彼女の胸には、一冊の本が抱えられていた。

 藍色の表紙だ。『読書家パトリック』や『森の乙女』と比べるとさらに厚みがある。


 「ホタルが『読書家パトリック』をずいぶん読んだって聞いて、館長からのプレゼント。これは「魔法書」じゃないよ。裏書庫にあった、魔法についての知識が書いてあるただの本」

 「館長が?」

ホタルはクロから本を受け取る。

 タイトルは、『魔法についての全て』。


 「『森の乙女』と同時並行で読むといいよ。物語じゃなくて知識の本だから、暇な時間にちょっとずつ読めって館長が。魔法について知れば、図書館についてもよく分かるだろうからね」

 「分かった。ありがとう」


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 視界一面が、黒い。


 意識はあるのに目を開けることができない。ホタルは体を動かそうともがいたが、手足が何かに押さえつけられたように重い。いくら頑張っても動けなかった。


 首元には何か冷たいものが当たっている。

 このままだと、それに喉笛を掻き切られる。なぜかそんな確信があった。

 逃げなければ。でも動けない。


 真っ黒な闇の中で、ホタルはもがく。

 早く、早く目を開けなければ。そして逃げなければ。早く、早く……!




 目が覚めた。

 ホタルは体を起こす。


 何か得体が知れないが、とても嫌な夢を見たようだ。

 真っ黒い夢。


 周りはまだ暗い。そこはいつもの、図書館にあるホタルの部屋だった。窓から月の光が柔らかく差し込んで辺りを銀色に照らしている。


 室内は変わらず暖かかった。

 部屋の隅では相変わらず暖炉がぱちぱちと音を立てて優しく燃えている。館内のこれらは全て、エヴァが魔法で操っているらしい。室温調節は万全なはずである。

 だがホタルは身体中に嫌な汗をかいていた。息も荒い。胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸して乱れた息を整える。


 無理やり目を閉じてみたが、さっきの夢をまた見るかもしれないと思うとまた目が開いてしまった。

 明日から仕事だというのに嫌に目が冴えている。とても眠れそうになかった。


 ホタルはベッド脇に置いてあるサイドテーブルに手を伸ばし、今日渡された『魔法についてのすべて』を手にとる。気分転換に少し読んでみようかと思ったのだ。


 国立図書館について、この世界の魔法について、なんとなく知っているだけのホタルはあまりに無知すぎる。

 そんなホタルにとってこの本をもらったことはかなりありがたかった。


 ページを軽くめくると、初めのページに魔法とは何かについてが書いてある。


 『魔法は、曙の国の国民が持つ固有の能力である。それを利用できるものは貴族に限られる。しかしごく稀に、平民でも魔法を行使できる人間が存在する。』


 ここまではホタルの知っている通りだ。「あの人」も、平民でも魔力を行使できる特殊な人間だった。


 『人々の生まれつき持っている魔力量や使える魔法の種類は「天賦てんぷ」と呼ばれる。「天賦てんぷ」を持って生まれた人間は全て、努力によって魔力量を多少強めるほか、生まれつき持っている以外の種類の魔法を習得することが可能だ。』


 そこまで読んだホタルの脳裏にエヴァの顔が浮かぶ。


 魔動人形レプリカたちを操るエヴァの魔法を、ギルティは「かなり強い」と称していた。おまけにホタルの見る限り、図書館全体を維持するための魔法のほとんどはエヴァが担っている。

 元々の才能「天賦てんぷ」をいくらか持っていたにしても、彼女は一体どれほどの努力を重ねたのだろう。

 

 『曙の国には王族、大貴族、中貴族、小貴族、平民が存在するが、身分が高い国民は「天賦てんぷ」を重視した婚姻を結ぶため、与えられる「天賦てんぷ」の強さは身分の高さに伴っていることが多い。』


 つまりエヴァは大貴族の生まれ、もしくは中小貴族出身の努力家ということか。

 


 そのままホタルが読み進めていくと、次の数ページからは魔法の種類についての解説になっていた。

 

 『この世に存在する魔法は、全部で7つある。』


 そう大きく記されている。ホタルが思っていたよりもずいぶんと種類が多かった。

 また、魔法は直接行使することもあるが、ほとんどは組み合わせにより利用するらしい。というのも通常の貴族は平均で1〜3種の魔法を行使できるのだという。


 1ページ目に載っていたのは7つの魔法のうちの1つである「入魂魔法」だった。

 物に魔力を込めて操る魔法のことらしい。おそらくだが魔動人形レプリカはこれだ。そして、ホタルの記憶の中の「あの人」が使っていたのもこれだろう。


 続く2ページ目は「水魔法」。

 水を生み出す他、魔力量が多いと水による攻撃なども可能だという。


 3ページ目には「火魔法」。

 言葉通り、炎を操る魔法。概要はほぼ水と同様で、攻撃もできるらしい。 

 ページの隅には暖炉の挿絵も入っていた。ホタルの部屋にあるものと似ている。この本によれば、暖炉は入魂魔法と火魔法を組み合わせることで操ることができるという。つまりエヴァは少なくともすでにその2種の魔法を習得している、そういうことだ。


 4ページ目は「防御魔法」。

 魔法での攻撃から身を守る時に使う魔法だ。

 魔力量が強ければ、魔法での攻撃だけでなく武器による物理的な攻撃にも対応できるというから驚きだ。


 5ページ目は「治療・浄化魔法」。

 名前通りの能力だ。魔力量が多いほど強い汚れを清めることができ、重大な怪我にも作用するらしい。

 ホタルの怪我の治療はおそらくこの魔法では行われていない。平民であるらしきギルティもだが、エヴァもこれは使えないのかもしれなかった。


 6ページ目から、これまで白かったページの色が突然黒に変わっている。文字が白いので浮き出て見えた。


 そのページで紹介されていたのは「入魂闇魔法」。 

 物を通して人を操ったり、直接の魔法の行使で人を操る魔法のことらしい。使いようによって大変危険な魔法だと赤い文字で注意書きがしてあった。

 

 そこまで読んでホタルは首を傾げる。

 この本から読み取るに、国立図書館の魔法書も入魂闇魔法と呼ばれるものではないのか。しかし「闇」とついているとはいえ、入魂闇魔法を禁じるような記述はどこにも見られないようだ。


 ホタルがそう思っていると、『これは入魂魔法に比べるとかなり高度な魔法であるため、歴代でも数人しか行使できたことがない。』と書いてあった。 

 禁じるまでもなく、そもそもの行使が困難であるらしい。


 つまり、栞に魔法をかけて国立図書館の魔法書を作成した人物はこれを行使できる強い魔力を持っていたようだ。

 一瞬、ホタルの頭にその候補としてエヴァがよぎる。


 だが違うな、と思い直した。

 全くあり得ないことではないが、魔動人形レプリカたちや暖炉など図書館の管理に加えてさらに魔法書の管理・作成、というのはさすがに厳しいだろう。

 ならば魔法書を作成した人物は一体誰なのか。

 今度ギルティに聞いてみよう、とホタルは思いつつ、またページを捲った。


 最後のページに載っていたのは「禁断魔法」だった。

 別名で「解除魔法」とも呼ばれるもので、つまりは人の魔法を無効化する魔法のことだ。


 これも他の魔法と同じく「天賦てんぷ」の内にも含まれるが、入魂闇魔法に比べてさらに使える人が少ない。

 こちらは本当の禁忌らしい。


 現在その「天賦てんぷ」を持つのはマーザー・ルナトリアと呼ばれる稀代の悪徳魔女のみだという。

 その魔女、マーザー・ルナトリアについて描かれた挿絵はいかにもおどろおどろしかった。紫の髪、緑の皮膚に、耳まで裂けた口。だが彼女の記述はそこまでで、彼女がどんな悪行をしたのかはそのページには書かれていない。


 それは読み進めればそのうち分かるのだろう。

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