第10話 司書の仕事

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 「じゃあ、今日はここまで」

 ギルティがぱたんと本を閉じた。


 図書館案内の時に言った通り、ギルティはホタルの部屋に来るたびに少しずつ『読書家パトリック』を読み聞かせてくれている。

  

 もうすでに、全体の4分の3ほどを読み終えていた。

おかげでホタルは本のタイトルなど、それほど難しいものでなければほとんどの文字を読むことができる。


 ただそれを理解することについては別問題だった。ホタルは知らない言葉やものがあるとその都度ギルティや魔動人形レプリカたちに質問するしかない。

 また、文字を書くことについてもさらに別の本を読まなければならないらしい。


 『読書家パトリック』は、空想上の話を戦場で耳にすることのないホタルにとってとても新鮮なものだった。

 正直言えば面白いか面白くないかはよく分からない。だが読むのが苦痛ということもなく、むしろこの物語を最後まで知らなければという不思議な引力すら感じる。これもおそらく魔法書の力なのだろう。

 

 ホタルはちらりとギルティを見る。

 ギルティの方はホタルの視線に気づいていなかった。


 先日言われた司書の仕事についての話が、ホタルの頭の隅にはずっと引っかかっている。しかしギルティはそれについてあまり話したくないようだ。

 

 それならば館長と話をしてみたいが、彼女はホタルが目覚めた日からずっと館長室にこもっていて姿を見せない。食事は魔動人形レプリカたちが運んでいるが、それにしても異常なほどその気配を感じなかった。


 「そういえば、部屋変えなかったんだな。結局」

 出て行く間際、ギルティが言った。

 「何となく落ち着くから」

 ホタルが答えると、ギルティは「そうか」と納得したように頷いた。



 ギルティが出ていってしばらく経った後、コンコンと誰かがドアを叩いた。


「ホタル!いる?」

 鈴の鳴るような可愛らしい声がする。魔動人形レプリカのものだ。

 この時間に来るのは珍しいと思いながら、ホタルはドアを開いた。

 

 そこに立っていたのはクロだった。その両手に大きな布包みを持ち、胸に抱えている。

 「やっほー。来ちゃった」


 ドアを大きく開けてクロを室内に招き入れながらホタルは聞いた。

 「クロ。どうしたの?」


 「重大なお知らせ!」

 クロは嬉しそうに部屋に入り、中に置いてあるテーブルの上に包みを置く。

 「ホタル、明日から司書の仕事をするよ!」   

 「え」


 それは明日から死刑執行の仕事をするということだろうか、とホタルは思った。

 戦場で大勢の敵兵を殺してきたホタルであるのでもちろんそこに躊躇いは感じないし、覚悟を決めるための時間も必要ではない。だが仕事がこんなに何の前触れもなく始まるとは予想していなかった。


 また、ホタルには、ギルティに司書の仕事について聞いた日から気になっていたことがある。

 それは、魔動人形レプリカたちやワスレナが延滞者の死刑執行の仕事をしているのかということだ。


 ギルティが仕事として人を殺していると聞き、ホタルは確かに驚いた。しかし、彼の名前や顔の入れ墨からそれにどこか納得してしまったのも紛れのない事実だ。


 しかし、魔動人形レプリカたちやワスレナからどうしてもそのような気配は感じられない。それとも「司書」という肩書きを持っているだけにそれをこなしているのだろうか。


 「ホタル?大丈夫?」

 「ああ、うん」

 クロはホタルの様子を不審に思ったようだが、あまり踏み込もうとはしなかった。

 持ってきた包みを丁寧に開く。

 

 中に入っていたのは、黒い服だった。

 上質な厚手の生地でできていて、胸元にも黒色のリボンがついている。肩には房飾りのついた銀の肩当てエポーレット。お腹の部分は黒く光沢を放つ太いベルトで締めるようだ。その金具や縫い止められたボタンは鈍い輝きを纏っている。


 広げてみると裾がふわりと広がるドレススタイルだった。裾の端には金具やボタンと同じ色のラインがところどころに入っていて品が良い。


 「あ」

 あることに気づいてホタルは思わず声を出した。

 この服は、初めにギルティを見た時に彼が着ていたものと似ているのだ。ホタルの部屋を訪れるギルティは、あれからもたまにそれを着ていた。

 ギルティのものはパンツスタイルで、胸元にリボンの代わりにネクタイではあるが。


 「そう。ギルティが着てるでしょ?」

 クロがホタルの意図を汲んで教えてくれる。

 「これ、国立図書館の制服なんだ。冬服だけど」

 「制服?」

 「ホタルのいた国軍にも兵服があったじゃない?それみたいな」

 要するに仕事をする時に着る服ということか。クロの説明に納得し、ホタルは頷いた。 


 確かに国軍でも、粗悪品ではあったものの、兵服、戦闘服、マントがそれぞれの兵士に支給されていた。ここの上質な制服はかなりそれからは遠いが、どちらかというと兵服の方に近いように見える。


 「制服、クロは着ないの?」

 「私は魔動人形だから、体とこの黒いワンピース、くっついてるんだよね。でも、見て。ここのデザインが制服と似てない?」

 クロが自分のワンピースの胸元を指さして見せる。確かにそこには黒いリボンの刺繍が入っていた。

 「本当だ」

 

 その時、ホタルはクロが持ってきた黒い制服の下にもう一枚、白い服があるのにも気づく。


 それは黒い制服の黒い部分をそのまま白にしたようなものだった。さらに肩当てエポーレットは控えめな光沢の金に、胸元のリボンは赤にそれぞれ変わっている。


 色を除けば黒い服にかなり似ているが、デザインも若干違っていた。

 肩の部分を覆い隠すように、小さなマントがついている。よく見ると肩当てエポーレットはその上にのってくっついていた。

 おまけに、手にとって広げてみるとこちらはパンツスタイルだ。


 白い制服の下からもう一枚、分厚くて大きな白いマントが覗いていた。

 「これは?」

 ホタルは尋ねる。


 「ああ、これ? 白仕事用だよ」

 クロが意味深なことを言ったので、ホタルは首を傾げる。

 「白、仕事?」

 「あれ? まだ聞いてなかった?」

 クロは少し面食らったようだ。ホタルがためらいがちに頷くと、クロは「そうかあ」と言った。


 「ええと、つまり。さっきの黒い制服は、館内の整備とか事務仕事とかをする通称「黒仕事」と呼ばれる仕事用なんだ」

 ホタルが頷いたのを確認して、クロは自分の服を再度指す。

 「私と、クロクロ、マックロはみんな、それ用につくられた魔動人形レプリカなんだよね。だから全身真っ黒なの。で、私たち3人以外の司書たちはこの「黒仕事」以外にも仕事をしててね」


 クロは今度は白い制服を指す。

 「それが、「白仕事」。これは延滞者を遠征して駆逐する仕事のことをいうよ。それで、こっちの白い制服はその遠征のときに着るの」

 「そういうこと……」


 「そう。だから白の方はマントがついていて動きやすいデザインだし、胸元のリボンも赤い。これは司書が人を死刑に処す際に「自らが血を流すのも厭わない」覚悟を持ってることを示してるんだ」


 ホタルは白い制服をじっと見る。言われてみると、リボンの色はどこか血に似ていた。まるで、白い制服の胸元に鮮血が滲んでいるようだ。


 「あ、あと今は留守だけど、ここにはもう1人男の子の魔動人形レプリカがいるの知ってる? もう聞いたのかな? 彼は黒仕事専用の私たちとは違って白仕事専用なの」

 白仕事専用の男の子の|魔動人形《レプリカ」。そう聞いて、一体どんな司書なのだろうとホタルは考える。

 何となく、容姿についてはクロたちとは対極で真っ白なのだろうと想像できた。

 

 クロは小さな手で手際良く制服を畳みながら説明を続ける。

 「他にも、遠方に本を配達するだけの「鈍色にびいろ仕事」っていうのがあるよ。これも司書の仕事のひとつだね」

 「鈍色にびいろ……」


 頷きながらも、ホタルは頭の中を整理する。

 図書館の管理をする黒仕事。遠征して、延滞者の死刑を執行するのが白仕事。そして、遠方に本の配達を行う鈍色にびいろ仕事。それらが司書の仕事だという。


 「まあ、でも大丈夫!とりあえず、ホタルに明日からやってもらうのは事務仕事……黒仕事だもん」

 クロが急に黙ったホタルを気遣い、明るい口調でそう言った。


 クロは布に包み直した制服をホタルに差し出す。

 「じゃあ明日の朝、目が覚めたら黒い方の制服に着替えて書庫に来てね。着替えも仕事も、なんでもうまくいかないことがあれば手伝うから」

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