第8話 図書館見学

 車椅子では階段を降りることができないので、ホタルはそっと立ち上がり、階段の手すりにつかまって体を支えた。もうふらつくこともほとんどない。


 ワスレナが階段を器用に駆け降りていった。 

 ギルティも車椅子を持ち上げて先に階段を降りていく。車椅子にはかなりの重さがあるはずなのに、動きには余裕があった。なかなかの力持ちだ。

 「ゆっくり降りてこいよ」

 ギルティが下からホタルに声をかけた。


 ホタルは言われた通り少しずつ階段を下りる。手すりは木製で、表面がつるつるしているので両手でしっかりと掴んだ。階段にも廊下と同じ絨毯が敷いてあり、万が一転げ落ちたとしても怪我をする心配はないだろう。


 ホタルは時間をかけてついに一番下の段を下りる。

 

 ふわり。

 不意に覚えのある香りが鼻を掠めた。

 紙の匂い。


 ホタルは手すりから手を離し、足元に注いでいた視線を上げる。思わず声が漏れた。

 「わ……」

 こんなに多くの本を、初めて見た。

 そこはホタルが寝ていた部屋の何倍も大きいが、それでも程よい広さの部屋だった。


 ホタルは車椅子に座るのも忘れて、部屋の中に入って行ってみる。



 天井が吹き抜けになっていた。

 高いところにある天窓が布で覆われているので室内は暗く、部屋全体が本に囲まれている。

 正方形に近い形をした部屋の壁全てが本棚になっており、そこには落ち着いた色合いの本の背表紙が隙間なく揃えられてずらりと並んでいた。


 本棚が巨大なので上の本を取り出せるように、壁に沿って部屋をぐるっと一周、手すり付きの2階が備え付けられている。

 そこに登ることができるように長い梯子が数本立てられていて、梯子の1本に魔動人形レプリカの1人が登っていくのが見えた。


 彼女はホタルたちに気づいて手を振ってくる。

 「ホタルだ!部屋出れたんだ」

 その口調からクロだと分かった。


 ホタルはまだ見た目から魔動人形レプリカたちを判断することはできないが、3人の性格の違いについてはなんとなくもう理解しかけていた。

 しっかり者でリーダー格なのがクロ。

 マイペースでのんびりやのクロクロ。

 シャイであまり前に出てこないのがマックロ。


 ギルティがクロに手を振りかえしたので、ホタルも真似をして右手を上げる。


 「まだ客はいないな」

 ギルティがぼやいた。その目線は図書館の端で閉まっている分厚い扉に向けられている。


 ホタルが周りをよく見渡すと、本棚、2階、梯子、全てが光沢のある栗色の木でできていた。細かい彫刻が施されてデザインを統一してある。

 部屋の中心に置いてあるのは、金属でできた巨大な球体のオブジェ。その周りを囲うように柔らかそうなソファがいくつも並んでいた。


 部屋の端には長い台が置かれていて、「カウンターという、本の貸し出しの手続きをする場所なんだ」とギルティが教えてくれる。

 そこにも魔動人形レプリカの1人が座っていた。

 「ホタルだー」

 とこちらもホタルに気づいて手を振ってくる。これはおそらくクロクロだ。

 


 ふと、ワスレナがぶうぶう鳴きながら本棚まで歩いていくのに気づき、ホタルはなんとなくその後を追った。


 初めて、間近で本を見る。

 不思議なことに、明かりは見当たらないというのに本の一冊一冊が暗闇の中で薄く発光していた。背表紙に書いてある文字は読めないが、ホタルは近くにあるものを試しに一冊、引き出して手に取ってみる。


 ホタルは昔、本を読んだことがあった。「あの人」がよく読みきかせてくれたからだ。そのせいか、それはどこか懐かしい手触りだった。ただ、ホタルの記憶にある本に比べると随分作りがしっかりしている。

 

 ワスレナはそんなホタルの様子を黙って見上げていた。


 そっと開いてみる。

 一番最初のページに、花の形をした白い栞が挟まっていた。

 ホタルがそれを指でつまみ上げると、突然……栞が薄暗い中で淡く光った。


 ホタルは驚き、栞からぱっと手を離す。

 すると栞はまるで意思を持っているかのようにひらひらと空中を舞い、すっと吸い寄せられて最初のページに元通り収まった。


 「ああ、それ。驚いただろ」

 ホタルの後ろからギルティがやってきて言った。

 ホタルから本を受け取ってページを開き、もう一度栞を見せながら説明する。

 「この栞には魔法がかけられているんだ。易しく言えば「本と仲良くなる魔法」ってところか。そうすると、本と栞が簡単には離れなくなる」

 「すごい」

 ホタルは先程の栞の様子に合点がいく。感心してそれを眺めた。


 「魔法」というものの存在について、ホタルはおおまかに知っている。この国の貴族が遺伝的に使える特別な能力のことだ。それから稀に「あの人」のように平民でも使える人間がいることも。

 それでも、ものに魔法がかかっているのを見たのはこれが初めてだった。

 

 「だがそれだけじゃない。ここに置いてある本全て、それ自体は普通の物語の本だが、この魔法の栞が挟まれていることで「魔法書」と呼ばれるものに変わっているんだ」

 「魔法書?」


 「栞の中心に、文字が書かれているのが分かるか?ここには「薬草の知識がほしい」と書いてある」

 ギルティがそう言って栞を摘み上げたので、ホタルは目を凝らす。それまで気づかなかったが、確かに栞の中心に薄く何かが書かれているのが分かった。

 「この本のタイトルは『魔女物語』。薬草に詳しい魔女が出てくる少し難しい童話だ」

 ギルティが文字の読めないホタルにも分かるよう、本の表紙の題名らしきところを指で指して示してくれる。


「だが、この本を読んで内容を記憶するだけで……なんと、薬草についてのたくさんの知識が勝手に頭に入る」


 ホタルはギルティの言った意味を考えて、そして目を見開いた。

 「……本を読むと、それにくっついている魔法の栞、に書いてある望みが叶うということ?」


 「その通り」

 ギルティがゆっくりと頷いた。

 「それが「魔法書」だ」

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