第3話 目覚め
目が覚めた。
まだ意識は朧げで、記憶の輪郭もぼやけている。
気づけば、彼はどこか広々とした場所にいるようだった。大きな木陰に設置されたベンチに腰掛けていたらしい。
「ここは一体……」
彼は周囲を見渡した。目に映るのは見たことのない光景だった。
陽光を浴びた木々、整然と植えられた鮮やかな花々、そして広がる芝生。その上で無邪気に駆け回る子供たちの声が、耳に心地よく響く。
しかし、その何もかもが、彼にとって異質で馴染みのないものだった。
次第に意識が覚醒するにつれ、彼は直前の出来事を思い出し始めた。
女神ラナスオルとの壮絶な戦い。その果てに、彼女の力が生み出した「無」に飲み込まれ、すべてが消え去ったはずだった。
死を受け入れた瞬間、あの奇妙な光景を目にしたのだ。
そして今、目の前に広がるこの世界は……「無」の中で見た、あの風景そのものに思えた。
だが、何かが決定的に違った。ラナスの世界で当たり前に感じられた精霊たちの存在や、魔力の流れ――それらはここには微塵も感じられなかった。世界そのものが、何か別の理で動いているような感覚。
ふと、自分の胸に手を当てた。ラナスオルから受けた深い傷。その痛みはすでに消え去り、肌には痕跡すら残っていなかった。
「僕は生きているのか……?」
呟いてみたところで答えは出ない。ただ、自分自身の存在が不思議と曖昧で希薄なものに感じられる。
それが「無」の影響なのか、この世界の理によるものなのか――彼には分からなかった。
やがて、彼はベンチから立ち上がった。周囲の様子を改めて観察する。
どうやらここは、整備された公園のような場所のようだ。平和そのものの景色が広がっている。
次の瞬間、彼は自らの右手を掲げ、空中に指を滑らせた。
「……なるほど」
指先から放たれた魔力が螺旋を描き、その軌跡から煙のような冷たい霊気が滲み出る。
漆黒の影が揺らめき、やがて現れたのは、半透明の人間のような存在――彼に従う亡霊たちだった。
命令を下すまでもなく、彼らは周囲を探索し始める。
「ここでも魔法は使えるようだ」
ラナスの世界の魔力の流れとは別の規則に従っているようだったが、魔法が発動可能であることを確認し、彼はその場を離れる決意を固める。
しばらくして、亡霊の一体が異常を感知した。
「……案内しろ」
静かに命じると、亡霊はかすかな影のような軌跡を残しながら、異常が発生している方向を示した。彼は迷うことなく、その方角へと足を向けた。
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