第4話 再会の地

 亡霊に導かれるまま、シードは公園の奥深くへと足を運んでいった。木々が密集し始め、先ほどまでの穏やかな雰囲気が次第に陰りを帯びていく。


 その場所には、確かに異様な気配が満ちていた。彼はその圧倒的な威圧感に覚えがあった。


「まさか……」


 彼が立ち止まったその先に、風にたなびく長い白髪と、深い紫色の瞳を持つ一人の女性が立っていた。

 

 ドレス姿に宿る威厳、佇むだけで放たれる神々しいオーラ――それは紛れもなく、女神ラナスオルだった。


 シードは静かに彼女を見つめた。ラナスオルもまた彼に気づくと、目を見開き驚愕の声をあげた。


「……シード!? どうして……! 生きていたのか……!!」


 その言葉と同時に、彼女は迷いなく拳を握り、即座に戦闘態勢を取った。

 破壊の右手セヴァストに闘志を込める。その動きには一切の隙がない。


 シードはそれを見ても慌てることなく、冷静な声で答えた。


「……ラナスオル。確かに、僕は滅びた。あなたの手によって『無』へ葬られ、すべてが終わったはずだった。だが、どうやら『無』は終わりではなかったようです」


 彼は淡々と続ける。


「それ以上のことは今の僕にも分かりません。ただ、こうしてここにいる。それが紛れもない事実です」


 彼の態度には戦意は感じられなかった。それでもラナスオルは警戒を解かず、紫の瞳を鋭く光らせる。


「……君がそう言うならば、私も同じだ。私は君を葬るために『無』を生み出し、力を使い果たして……死んだはずだった。だが、気づけばここにいた」


 彼女の声には困惑が混じっていた。それでもなお、威厳と覚悟を崩すことはなかった。


「ここはラナスではない。精霊の息吹も感じられない。ここが神の再誕の循環とも異なる場所であることは確かだ」


「なるほど。ラナスの統治者であるあなたがそう言うのならば、ここは未知の異世界……」


 シードは軽く頷き、彼女の言葉を受け止め淡々と問いかける。


「そして僕たちがここにいるのは、あなたにさえ理解が及ばない現象、ということでしょうか」


 ラナスオルは答えず、彼をじっと見据えたままだった。互いに理由も分からぬまま、この奇妙な場所で再び相まみえた二人。

 偶然なのか、それとも何者かの意図なのか――いずれにせよ、今は知る由もなかった。


 沈黙を破ったのはラナスオルだった。


「だが……君を仕留め損ねたのならば、ここで決着をつけねばなるまい。私は女神として、何があっても使命を全うする……!」


 言葉とともに、彼女の右拳が光を放つ。


「……相変わらずですね、ラナスオル」


 シードはため息混じりに応じた。その声は冷静で感情の色が一切感じられない。


「あなたは何度も『使命』という言葉に縛られ、それを盾に自らの選択を正当化しようとする」


 彼は右手を静かに挙げ、その指先に銀色の冷たい光を宿らせた。


「僕はあなたに二度と同じ手を使わせるつもりはない。セヴァスト――破壊の権能、その力を振るう理由を、あなた自身理解しているのですか?」


 シードの問いかけに、ラナスオルは口を開くことなく睨み返す。

 その鋭い視線に動じる様子もなく、彼は続けた。


「ここで決着をつけるというのならば、望み通り応じましょう。ただし、あなたが負けることを前提にしておいた方がいい。今の僕にとって、『破壊』も『創造』も、そして『無』ですら障害にはならないのですから」


「くっ……」


 ラナスオルは息を飲んだ。彼の言葉には確信があり、それが事実であることを感じ取ってしまったのだ。


 彼を斃すために全力を尽くした。戦いでラナスの大地に大きな爪痕を残し、多くの犠牲を払った。

 それでも力及ばず、「無」という最後の手段まで使った。

 しかし、こうして彼は目の前に立っている。


 だが、それでも彼女は戦いを放棄するわけにはいかなかった。


「ここがどこであろうと、『守る』ことが私の……使命……!」


 ラナスで失われた命の声なき叫びが、紫の瞳に映るシードの姿と重なる。

 それでもなお、彼女はその想いを振り払い、静かに構えを取った。

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