第2話 無の底
「ここは……無……」
シードは目を閉じ、静寂の中に自らを沈めた。
あまりにも深く、あまりにも冷たい、空虚そのものの空間。ここでは時間さえも止まり、彼の思考も次第に薄れていく。
これが彼の選んだ結末だった。力を追い求め、数多の命を奪い、女神にまで刃を向けた。
その果てに待ち受けていたのは、「無」の底で迎える完全な終焉。ここではいかなる魔術も、いかなる知恵も無力だった。
ラナスの世界で見た光景が、次第に色を失っていく。命を奪った者たちの顔も、死闘の中で味わった激しい痛みも、記憶の彼方へと薄れ、やがて消えた。
冷たい暗闇が彼を包み込み、最後に残された感覚さえ奪おうとしていた。
「これでいい……」
自らを責めることもなく、かといって後悔することもなく、彼は静かに終わりを受け入れようとしていた。
死霊術師である彼にとって「死」も「無」も魂の必然的な移行でしかなく、そこになんの感情も湧かなかった。
その時だった。
何もなかったはずの空間に、ぼんやりと光が差し込むような気配を感じた。
目を閉じていたはずの彼は、気がつくと、再び銀色の瞳を開いていた。目の前に広がる光景に、彼は言葉を失う。
灰色の空の下、密集して立ち並ぶ無機質な高層建築物。
空を切るように伸びる赤い巨大な鉄の柱。
地を這うように動く無数の箱型の機械。
その間を行き交う膨大な数の人間たち。
「これは……何だ?」
シードは眉をひそめ、頭を巡らせた。そこはラナスではない。かつて知ったどの場所とも異なる、まるで異質な世界のようだった。
「僕は……夢でも見ているのか?」
自問してみても答えは出ない。しかし、彼にはそれがただの夢だとは思えなかった。なぜだかは分からない。
ただ、直感的にその景色がどこか現実に近いものであるように感じられたのだ。
その時、不意に彼の手が動いた。まるで無意識に導かれるように、その光景へと手を伸ばす。
その行動に自らの意思が介在していたかどうか、彼自身にも分からなかった。ただ、不思議と抗う気は起きなかった。
手が触れた瞬間、彼の意識はまるで水流に引き込まれるように、その光景の中へと落ちていった。
感覚が途切れ、思考が断ち切られる。
彼が最後に目にしたのは、広がる街並みとひしめき合う人々の姿だった。
そして、すべては暗転した。
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