わがまま女神×冷酷死霊術師 ~殺し合いから始まる異世界神話~

えびふぉねら

第一章 日本編

第1話 神話のはじまり

 精霊と魔法に満ち溢れた美しき世界「ラナス」。


 その中心で、守護者として永遠に君臨してきた女神ラナスオルは、かつてない窮地に立たされていた。


 彼女の白い肌は彫刻のように滑らかで、腰辺りまで流れる白髪は月光を宿したかのように輝いている。

 神である彼女に年齢の概念はないが、人間で例えれば二十歳ほどに見えた。


 紫色の瞳は、神々しい力を秘めながらも今はかすかに揺らぎ、美しい戦闘用のドレスが疲弊した体を包んでいた。


 対峙する相手は、一人の若き人間の男――死霊術師シード。

 

 年齢は二十代半ばだろうか。彼は黒衣を纏い、短い銀髪をなびかせながら、黒いフードの下から冷ややかな銀色の双眸で女神を見据えていた。

 彼の眼差しには神への畏敬も躊躇も微塵もなく、ただひたすら自身の目的に向けた確固たる決意が宿っていた。


 シードはその魔術の才をもって数多の命を奪い、死霊術で魂を縛りつけ、不死の軍勢を築き上げていた。

 その姿は冷酷にして非情、他者の命を軽んじ、踏み台にする。ただ力だけを追い求め――感情さえも切り捨てていた。


 彼の存在は世界への冒涜であり、ラナスの守護者たるラナスオルが見過ごすことは許されなかった。


「シード……君の存在そのものが、この世界を蝕んでいる。君をこのまま生かしておくことはできない!」


 女神はそう告げると、彼女の三位一体の神の力――破壊の力を宿す右手「セヴァスト」と、創造の力を宿す左手「フェルジア」を構えた。


「その台詞を聞くのは何度目でしょうね、ラナスオル。僕を恐怖するのは自由ですが、それを排除する覚悟があるのか。問わせてもらいましょうか」


 シードの冷徹な言葉と共に、彼の背後に揺らめく影から死者たちの悍ましい視線が現れる。


 ラナスオルの破壊の右手が攻撃を担い、創造の左手が瞬時に癒しをもたらす。攻防一体の戦闘スタイルはまさに女神の名に相応しいものだった。


 一方のシードは、死霊術と幻術を駆使して彼女を翻弄し、巧みな策略でその動きを封じ込めようとする。


「私はラナスの女神だ……この命に代えても、使命を果たす!」


「女神であることにしがみつくその姿……相変わらず滑稽ですね。あなたが掲げる『破壊』の本質、その限界を僕に見せてください」


 激しくぶつかり合う、「神の力」と「人間の魔術」。


 大地は引き裂かれ、海は枯れ、精霊たちが悲鳴を上げた。戦いの余波で多くの命が消えていった。


   * * *


「私は……人々の希望を照らす存在だ」

 

 ラナスオルが慈しんだ者たちが「救い」を求めながら無残に命を奪われた姿が記憶から蘇る。

 

「私は何度も救いの手を差し伸べた。それでも君は、私が守るべき命を踏みにじり、苦しめ続けた……絶対に許すわけにはいかない!」 

 

「僕は、あなたが『守るべき命』を尊ぶつもりなどありません。それらは僕にとってただの道具に過ぎない」

 

「ふざけるな……もはや、私たちに言葉など無用!」

 

「言葉が届かないのであれば――力で決着をつけるだけのことです」

 

 彼らの戦いはもはや「正義」と「悪」の図式さえ越えていた。

 それぞれの覚悟と信念のぶつかり合い――それが交わることは決してなかった。


   * * *


「……ここまでのようですね。あなたの使命がどれほど純粋であろうと、僕を殺すには不十分だった」


 シードの胸には深い傷が刻まれ、血が滴る。


 それでも彼は冷静に手を掲げた。その手に収束される魔力と霊気が、周囲の空気を震わせるほど強大なものとなっていく。


 ラナスオルは紫色の瞳を細め、その様子を見据えた。

 息は荒く、膝が震える。もはや、戦う力は微塵も残っていなかった。


 しかしその瞳には、なお消えぬ決意の炎が宿っていた。

 自らを奮い立たせ、叫ぶ。


「そうだな……だが……私はここで終わるわけにはいかない!」


 彼女の右手と左手が眩い光を放ち始めた。

 「破壊」と「創造」、それぞれの力が激しくぶつかり合い、衝突するたびに空間が軋むような音を響かせる。


 二つの力の暴走は、三位一体の女神にすら制御できないほどだった。


「その力は……それを使えば、あなた自身も滅びることになる……」


 シードは眉をひそめながら光の中心を見つめ、呟くように言葉を紡いだ。


「君を殺さねばならない。すべてを失ってでも……私は……この世界を守らねばならない!」


 ラナスオルの叫びが響き渡った瞬間、破壊と創造の光が無数にぶつかり合い、凄まじい爆発を起こした。

 やがて、冷たい闇がその中心から広がり始めた。


 ――「無」。


 命を飲み込み、肉体も魂も、存在そのものを完全に消し去る究極の力。それは女神である彼女自身にすら致命的な力だった。


「『無』……そうか。あなたは、そこまでして僕を……光栄なことですね……」


 シードの声は最後まで冷静だった。

 そして次の瞬間、彼は「無」に飲み込まれ、ラナスオルの目の前から消え去った。


 闇は閉じられ、彼の存在の痕跡すら消え去り、辺りに静寂だけが残った。


「はぁっ……はぁっ……」


 ラナスオルは膝をついた。彼女の両手は力を使い果たし、光を失っていた。破壊の右手セヴァストも、創造の左手フェルジアも、役目を終えたのだ。


「これで……守れた……」


 か細い声でそう呟いた女神は、力尽きたように地に伏した。


 彼女は、永遠の命を持つ神として完全に滅びることはない。

 その魂は再誕の循環へ還り、再び生まれ変わるまで静寂の中で永き眠りにつく運命にあった。


   * * *


 こうして、数年に渡る女神と死霊術師の戦いは、両者の「死」によって、ようやく終結を迎えた。


 しかし、守られるべきだった美しきラナスの世界は、戦いの爪痕によって荒廃し、残された人々はどこまでも続く荒れ果てた大地を、絶望に塗れた瞳で見つめていた。

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