今夜だけは

 帰り道、私は右に曲がることにした。

 いつもならまっすぐ歩く道だった。

 それを今日は曲がることにした。


 少し進むとある街が見えて来た。

 その景色はいつも通る道とは真逆だった。


 途切れない車。大人たちの雑踏。街の灯り。のれんの数々。

 街は今日も楽しげな雑音で溢れている。

 

 私はこの街が嫌いだ。

 この街は私が馴染むことを決して許さない。この街は私だけを見ていない。

 今日もこの街は私をシカトする。そう思っていた。


 しかし何かがおかしい。何か変だ。

 いつもは冷たいこの街が私の心を励ましている。

 なんだこの気持ちは。


 いつもは私のことなんか見てないくせに。今夜だけは私に寄り添ってくる。私の辛さを見抜いてくる。

 気づいたら涙が止まらない。

 

 こんな私はおかしいですか。私は異常ですか。

 泣いて歩く私に誰も声はかけてこない。見てもこない。それが私にはとても心地よかった。

 

 涙が止まらない。鼻水も出てきて顔もぐちゃぐちゃ。嗚咽も止まない。

 もし家で一人泣いていたら、私はもうだめだったかもしれない。


 この街は、今夜だけ、私を仲間にしてくれた。


 しばらく歩くと街の出口にさしかかる。既に涙は流し尽くしていた。

 

 灯りが街灯だけになり人も車もまばらになっていく。

 私はここを街の出口と呼んでいる。

 

 「よし明日もかんばろう!」


 最後までこの街は気づかないふりをしてくれた。

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すこしふしぎなものがたり(短編集) teku @vvvtoku

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