そのつま先には死神が宿る

一陽吉

赤いチャイナドレスの女

 黒い背広を着た護衛二人を伴ってホテルの廊下を行く黒原満太郎くろはらまんたろう


 こいつは白の高級な背広を着ていることからも分かるように、金持ちで実業家だが、自分の目的達成のためならば平気で人の命を奪い人生を狂わせる、好色で強欲な悪者のお手本といった中年野郎だ。


 当然、殺意を持つほどに恨んでいる奴も数えきれないほどいるわけだが、それにかまわず女を買って一夜の快感を求めるんだから、それは筋金入りだな。


 て。


 おや?


 満太郎が向かう廊下のかどから女が出てきた。


 黒髪をショートボブにして赤いチャイナドレスを着てるスレンダーな美人さん。


 サングラスをかけているが、年齢は二十代後半だろう。


 しかもチャイナドレスはボディーラインが分かるしスリットから太股が見えるからエロいんだが、これはさらに胸の谷間もあらわになってる。


 巨乳でなくても全体的に色気が感じられるから、たいていの男はこれだけで本能を刺激されちまうな。


 だが、この場面で登場ということは単なるエロい姉ちゃんじゃない。


 おそらく殺し屋だ。


「おい、分かってるな?」


 満太郎が確認すると、筋肉ムキムキの護衛がそろって懐に手を差し入れた。


 この満太郎、男の襲撃者は容赦なくボコるが、女は生け捕りにするんだよな。


 なんでも、女はるもんじゃねえるもんだ、が信条にあるため女の襲撃者は命の心配こそないものの、廃人寸前までなぶられる。


 どっちにしろ護衛を無力化し、満太郎を仕留めなければ地獄が待っている。


「やれ」


 雇い主の声と同時に護衛の男は懐から微声拳銃を出し、一斉に発砲。


 減音器内蔵のため、わずかな銃声で狙った方向へ弾丸が飛んでいく。


 生け捕りにするつもりなんだから撃ったのは麻酔弾だと思うが、残念。


 そこにもう、対象はいないぜ。


「!?」


 護衛たちが気づいたときにはすでに八メートルほどの距離をつめ、女が間合いに入っている。


 間合いといっても空中で、そこから右回し蹴り左回し蹴りといった要領で、護衛二人の喉を斬りつけた。


 刃物じゃない。


 つま先だ。


 女はつま先に気をまとわせてやいばにし、斬ったんだ。


 即死箇所をやられた護衛たちは一気に脱力して左右に倒れ、女と満太郎は対峙した。


「な……」


 満太郎は理解が追いつかず女を見ることしかできない。


 それにかまわず女は右足を振り上げた。


「はう……」


 両手で股間をおさえうずくまる満太郎。


 どうやら息子さんがちょん切られたようだ。


 すると女は横へ思いっきり右足を振ると満太郎の首が飛んで壁にぶつかり、床に転がった。


 はたから見ると、サッカーのボレーシュートみてえだな。


 そして、満太郎を仕留めたことを確認すると、女は何事もなかったかのように去っていった。


 なるほど。


 世の中にはあんな殺しをするやつがいるんだ。


 ちょいと勉強になったぜ。


 まあ、女が現れなきゃ俺が仕留めるところだったんだが、手間がはぶけたな。


 そんじゃ、暗殺忍者たる俺は結果を報告すべく屋敷へ戻るとしますか。

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そのつま先には死神が宿る 一陽吉 @ninomae_youkich

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