届かない空に手を伸ばして~つま先立ちで紡ぐ青春と、先輩との甘酸っぱい約束~
こまの ととと
つま先で立った、その向こうへ
放課後の屋上。
本格的な寒さを伴った北風が吹き抜ける中、佐藤隼人はその寒さすら気にせずに手すりに手を置いて、つま先立ちをしては校舎の向こうに沈みゆく夕陽を眺めていた。
「……どうしたの? そんなところに立ってさ」
不意に声をかけたのは、先輩の西園寺千鶴。
隼人が憧れている背の高い女性だ。
「西園寺先輩! いえ、その……。ほら! 俺って背が低いので……ちょっとだけ高いところから見たくて、なんて……。ははっ」
焦るような隼人の言葉に、千鶴はクスっと軽く口元を緩める。
「もう、無理しないほうがいいぞ? 落ちたら危ないじゃない」
優しく差し出された手に、隼人の心臓が跳ねる。
「先輩って、背が高くてうらやましいです。俺なんて……届かないことばっかりで。いろいろと」
つま先立ちを止めて地に踵を付いた隼人が、千鶴をチラリと見るとつぶやく。
その言葉ば段々に小さくなるも、千鶴にどうやら聞こえていたようで、少し考える素振りを見せた。
「じゃあ、私が届かないところは君に頼もっかなぁ。これで対等、でしょ?」
「えっ? そんな、俺に届くところなんて……」
「勉強の話だよ。数学が全然ダメなんだよね。隼人くんってば、成績良いって前に言ってたじゃん」
思いがけない言葉に隼人は面を食らって驚きながら、直ぐに顔いっぱいを明るくさせながら答える。
「……わかりました! 先輩に、俺が教えます!」
「いい返事。お~よしよし」
「へへっ。……いや! な、撫でないでくださいよ」
「ははは! 照れるな照れるな」
不意打ちに対する反応といえば早いものか。それでも隼人は子供に対する扱いのようで気に食わなかった。
なにより、相手は意中の女性なのだから余計にそうだった。
しかしまさか、これが毎日一緒に過ごす理由になるなんて――隼人はまだ知らない。
一週間後、図書室での放課後勉強会が始まった。
「あっ。ここ間違えてますよ。こうじゃなくて……」
「おお! なるほどねぇ。やっぱり隼人くんってばすごい! お姉さんは鼻が高いよ」
「な、なんですそれ? 俺は身内の人間でもなんでも……」
「あら? ごめん。なんだか弟みたいでさぁ。いや、私ってばアニキしかいないんだけどさ」
千鶴の素直な称賛に、隼人の頬は当たり前のようにカァと赤くなる。
だが、
(なんて言っちゃったけど……、結構恥ずかしい感覚。なんか最近ずっとこうだな)
千鶴も自分の心がざわつくのを感じていた。
最初は軽い冗談のつもりだった。
だが、可愛がっていた年下の少年が一生懸命な姿を見せている。
そんな情熱に引き込まれている自分を感じずにはいられなかった。
ある日、千鶴がふいに質問を口にする。
「隼人くんさ、なんでそんなに頑張るん? そりゃあ、頼んだのは私なんだけど、さ」
「……それは……。先輩が頑張っている姿を見ると、俺も負けたくなくて。俺も頑張って先輩に追い付きたい、みたいな……。と、とにかくそういう感じなんです!」
「私の……ため? そうなん?」
「な、生意気でしたね。すいません……。背だって追い付かないのに、何言ってんだって感じですよね」
驚いて顔を上げる千鶴。
隼人言葉に詰まり、自分でも何を言ってるのかか分からないまま、慌ててノートに視線を戻した。
隼人の協力もあり、自信を持って期末テストが終わった日。
隼人が誘い、千鶴は屋上へと足を運んでいた。
「今日はお礼が言いたくて……」
「お礼?」
「先輩のおかげで、俺も今日まで頑張れました。それに……」
言いかけて、隼人は千鶴の前に立ち、精一杯のつま先立ちになる。
そして、小さな声で言葉を紡いだのだ……。。
「……いつも俺なんかをそばにおいてくれて、ありがとうございます」
あの夕陽よりも届かない、そんな存在に少しでも近づきたかった隼人の純真な思いだった。
無理に伸ばしたつま先は震えを始め、その不安定な足元に気づいた千鶴はとっさに腕を取る。
「ちょっと危ないじゃん。こんなことしなくたって私はちゃんと聞くよ7」
「……だって、先輩が高いところにいるから……。それに少しでも近づきたいんですよ」
その言葉には、千鶴の胸も余計に熱くなる。
夕陽に頬を染めた彼女はそっと隼人の肩に手をおき、目線を合わせた。
「無理して届こうとか、そうじゃくても。私がちゃんと近づくし……。それに、いつまでも待ってあげるから」
夕陽を背にした千鶴の笑顔は眩しい。
隼人の心に一生刻まれる甘酸っぱい青春の一幕となり、そして生涯を通して彩る人生の尊い一歩であった。
届かない空に手を伸ばして~つま先立ちで紡ぐ青春と、先輩との甘酸っぱい約束~ こまの ととと @nanashio
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