つま先フェチの悪霊に憑依されたんだが、断じて俺は変態じゃねえよ?

にゃべ♪

つま先フェチの悪霊

 7月と言えば、暑い日差しでバタバタと熱中症で倒れる人が毎日ニュースとかで報道されている。俺の地元の舞鷹市もまた暑い日々が続いてた。瀬戸内海に面しているから、他地域よりは暑さは抑え気味ではあるのだけれど。

 放課後、高校の校門を出た俺が1人で歩いていると、クラスメイトの美咲さんが声をかけて来た。


「井上くん、1人?」

「そうだけど?」

「途中まで一緒に帰らない?」


 美咲さん――竹中美咲は、会ったら挨拶する程度の仲だ。背の高さは俺よりちょっと低いくらいで、体型は普通かな。あんまり意識した事がなかったので、特に好きとか嫌いとかではない。顔も地味な感じで、余り印象には残っていない。声は可愛くて好きだけど。

 俺がこんな感じなので、彼女側も同じような印象なんだと思う。挨拶くらいしか交流もないし。こんな風に一緒に帰ろうなんて誘われたのは初めてだ。俺は何をどうしていいか分からず、ただ無言で歩き続ける。彼女の顔すら見られなかった。


「いつも1人で帰ってんの?」

「うん」

「そっかあ」


 会話もすぐに終わり、俺からは話しかけられない。当然そんなだから何かが進展する事もなく、そのまま別れ道で別れる。改めて1人に戻った後、俺は何故彼女が誘ってきたのか分からずに首をひねった。


「さっきのは何だったんだ?」


 この謎は解けないまま帰宅。俺はすぐに部屋に引きこもった。いつものルーティーンだ。何も変わったところはない。夕食を食べて姉貴が風呂から出てくるまでは。


「タケルー。あんた風呂入んなさいよ」

「へいへー……」


 夏の風呂上がりなので姉貴は軽装だ。当然ながら足は素足。その足元を見た瞬間、俺の理性は消えた。いや、理性どころじゃない、人格そのものを『何か』に乗っ取られた。


「姉ちゃんええつま先やなあ……」

「は? ふざけてんの?」

「つま先舐めさせてんか~!」


 俺の体をのっとった『何か』は、そのまま姉貴に襲いかかり、その足をペロペロと舐め始める。おい、俺の身体で変態行為はやめろ~! 俺にそんな趣味はねぇ~っ!

 この突然の豹変に最初こそ呆気にとられて動けなかった姉貴は、すぐに正気を取り戻して俺を力任せに蹴り飛ばした。 


「何すんじゃおめえ!」

「あ、え……。違う! 俺じゃねえ! 俺だけど俺じゃねえよ!」

「何訳の分からん事言ってやがんだこの変態野郎!」


 俺の体を乗っ取っていた悪霊は、最初の蹴りですぐに身体の主導権を俺に戻す。最悪だ。

 姉貴は怒りの全てを俺にぶつけ、何も抵抗出来ないままに俺は蹴られ殴られ続けた。変態の誤解も解けないまま――。


「もう二度とすんじゃねえぞ!」

「ふぁい……」


 姉にボコボコにされ、俺のプライドはズタズタだ。その日のお風呂は怪我が湯に染みて痛かった……うう、なんて不幸なんだ……。

 俺に取り憑いた悪霊は普段は全く表に出てこない。俺もアレで終わったのかなと思ってしまったくらいだ。でもそれは間違いだった。悪霊が表に出てくるのには条件があっただけなんだ。


 その条件とは、裸足のつま先。特に若い女性のつま先を見ると、すぐに舐めようと襲いかかってしまう。俺がそれに気付いたのは、外で裸足のサンダル履きの黒ギャルの足を偶然目にしてしまった時だった。


「お嬢ちゃん、つま先舐めさせてんか~っ!」

「ギャーッ! こっち来んな変態!」


 この時は黒ギャルが素早く逃げたので未遂に終わったけど、ヤバい、実にヤバい。つま先を目にしたらもう俺は何も出来ない。このまま繰り返せば確実に通報されてしまう。

 警察に捕まって動機を聞かれて、悪霊に体を乗っ取られましたって言って納得してくれるだろうか。


「絶対ふざけてるとしか思われないよな……」


 俺はこの状況に頭を抱える。俺に霊能力的なものがあれば祓えるんだろうけど、そんなのはないし、そう言う知り合いも心当たりがない。家に引きこもってもまた姉の足を見てしまったら発動しかねない。そうなったら今度は――。

 最悪を想定した俺は、怖くなってブルブルと震える。


「うう、今日はもう家に帰りたくない」


 俺は公園のベンチに座ってこれからどうしたらいいか考える。答えなんて出る訳もない。ああ、一体どうしたらいいんだ。

 最悪なのは、今が夏って事。ちょっと周りを見渡せば、アチコチで生足を目にしてしまう。視界に入れなければ悪霊は出てこないものの、意識するとどうしても視線が足元に向いてしまう。俺に、俺に生のつま先を見せるなぁ~っ!


 と、そこでタイミングが悪い事に、また素足サンダルの女性が俺の目の前を通りかかってしまう。うわああ、最悪だァァァアアアァァ!


「お嬢ちゃん、つま先舐めさせてんか~っ!」

「キャーッ! へんたーい!」

「おまわりさんあいつです!」

「!!」


 どうやら、さっきの黒ギャルが交番に駆け込んでいたようだ。一緒にやってきたおまわりさんを見た瞬間、俺の意識が戻る。

 でも、この場合は逃げるしかない! どんな言い訳も通じる訳がないのだから。


「君、待ちなさい!」

「いーやーだーっ!」


 おまわりさんとの追いかけっこ。ここで俺は火事場の馬鹿力を発動させる。体力の限界を超えた脚力と相手を翻弄させる撹乱作戦で何とか追跡から逃れる事が出来た。こんな事、何度もは出来ないぞ……。次におまわりさんに出会ったらおしまいだ……。

 夢中で走ったので俺は土地勘のない路地裏に来ていた。どこをどう進めば知っている道に出られるだろう。

 でも、出られたら出られたで、そこでおまわりさんが待ち伏せしているかも知れない。ああ、積んだ。人生終了だぁ……。


 頭の中が絶望一色に塗り潰されていたところで、「こっちこっち」と背後から手招きする声が聞こえてきた。振り返ると、手だけが見えている。怪しさしかないけれど、今の俺は他に頼るものもなく、その誘惑に乗る事にする。

 声はどここか聞き覚えがあるような感じで、妙な安心感があった。不思議なのは、どれだけ追いつこうとしても腕から先しか見えないと言う事。幻術?


 その不思議現象に導かれて辿り着いたのは、地元の割と大きめの神社だった。いつもは多少はひとがあるのに、今は誰もいない。もしかしたら、そっくりな別の神社かも知れない。

 俺は知っている場所である確証が欲しくて、顔を左右に振る。


「この神社、俺の知ってるとこだよな?」

「ようやく見つけた……」


 困惑する俺の前に現れたのは巫女装束の少女。巫女衣装がよく似合っていて、手にはお祓いで使う棒、確か大幣おおぬさってやつを握っている。彼女が俺を助けてくれた手の正体なのだろうか? 

 よく見ると、それは見覚えのあるクラスメイトだった。


「美咲さん?」

「井上くん、動かないで!」

「え?」


 その言葉に俺が蛇ににらまれた蛙のように動けないでいると、巫女の美咲さんはおもむろに履いてた白足袋を脱ぎ始める。そ、そんな事をしたら……。俺は彼女を止めようとしたものの、全く口が動かない。

 何も出来ないまま、美咲さんは素足を晒して俺に見せつけてきた。


「どう? 舐めたいでしょう?」


 事もあろうに、彼女は生のつま先を俺に見せつけて挑発する。こんな事をされたら俺の中の変態がまた暴走してしまう。鎮まれっ、俺の中の悪霊ッ!

 しかし、そんな自制心で制御出来るはずもなく、呆気なく身体の主導権を奪われる。


「し、しんぼうたまらーん!」


 変態悪霊はいやらしくだらしない顔で、舌をべろりと垂らしながら美咲さんに飛びかかった。うわあああ、最悪だあああああ! 人生終わったあああああ!

 と、ここで彼女は持っていた大幣を構え、飛びかかる俺を思いっきりしばく!


「悪霊退散、葬らん!」

「ぎゃぴりーん!」


 俺の中に入り込んでいた変態は、美咲さんからの全力の一撃で呆気なく弾け飛んでいった。これで俺の不運は去ったのだ。こんなに嬉しい事はない。打撃を受けた腹がジンジンと痛むけど。

 ひと仕事終えた美咲さんは、しゃがみ込む俺に合わせて体を屈める。


「井上くん、大丈夫? ごめんね。私のせいで」

「え……?」

「あの悪霊、私が祓い損ねたヤツなんだ。私が追ったせいで井上くんの身体に逃げ込んじゃったみたい」

「だから、昨日声をかけてきたんだ」


 謎がひとつ解けて、俺は納得する。彼女は家業で祓い屋をやっているのだそうだ。あの変態悪霊は人形に封じられていたようで、それを浄化している最中で悪霊だけが逃げ出してしまったのだとか。

 大体の事情も分かり、俺はようやくいつもの日常に戻れると大きく息を吐き出した。


「でも、これで一件落着だよね。良かった。もうおまわりさんにも追いかけられなくて済むよ」

「あ、誤解は自力で解いてね。あなたが襲った事実は消えないから」

「ちょ、マジで? 美咲さんなら記憶の書き換えとか出来ないの?」


 こう言う物語のお約束は、悪霊のせいで迷惑をかけてもその問題が解決したらみんな元通りになると言うもの。そんな事にもならず、こっちが被害者なのに悪霊のやらかしの責任を取らなきゃけいないだなんて理不尽過ぎる。

 俺は、まだ地獄が続いていると言う事実に背筋が凍りついた。


「せめて一緒について来て説明してよ。俺だけじゃ絶対話を信じてくれな」

「分かった。記憶を書き換えたげる。井上くんが条件を飲んでくれたらね」

「な、何……?」


 美咲さんからの条件は、彼女の仕事に付き合う事。どうやら俺は悪霊に好かれる体質らしい。絶対に危ない目には遭わせないからと懇願され、俺は首を縦に振った。

 平和な日常が戻ってくるなら、悪霊退治の相棒でも何でもやってやる。



 こうして、記憶操作と引き換えに俺は美咲さんの助手になり、毎日放課後に悪霊退治を手伝う日々を送っている。日々何かしらのトラブルに見舞われて、毎日生傷が絶えない。

 危ない目には遭わせないって言ってた癖に……。


「タケルくん、じっとしてて!」

「は、はい!」

「悪霊退散、葬らん!」

「ぐはあっ!」


 よく考えたら悪霊に憑依されたのは美咲さんのせいなのに、どうしてこんな事になってしまったんだ……。



(おしまい)

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つま先フェチの悪霊に憑依されたんだが、断じて俺は変態じゃねえよ? にゃべ♪ @nyabech2016

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