乙女の決闘は恋のはじまり

なつきしずる

乙女の決闘は恋のはじまり

 天使と悪魔が争い合っていたのは遥か遠い昔のこと。

 凶暴なドラゴンも岩の巨人も今ではおとぎ話。

 互いに手を取り合い、愛に満ち溢れた平和な世界。

 野蛮な喧嘩なんてご法度。

 無垢な乙女たちは優雅に微笑む。

 聖ルシフェル女学院。

 天使と悪魔が友好関係を築くために創立された由緒正しい学び舎である。



 深い森の奥にある丸太小屋に悪魔の少女が一人で暮らしていた。

 彼女の名前はメア。

 悪魔特有の黒髪はくるんと癖が強く、あちこち跳ねている。赤い瞳は閉ざされており、心地よい寝息を立てていた。

 小柄で可愛らしい少女だ。

 ベッドの上で丸まって眠っていたメアは玄関の扉を叩く音で目を覚ます。

「むにゃ?」

 メアは寝惚け眼を擦りながら、のそりと起き上がる。

「こんな朝早くに誰?」

 クマの着ぐるみパジャマのまま、メアは玄関の扉を開けた。

「おはようございます」

 とても綺麗な少女だった。緩やかな金色の髪は光り輝いている。空色の瞳は穏やかで、可憐な唇がにっこりと微笑んでいる。

 メアは思わず見とれてしまった。どうして、目の前に天使がいるのか。寝起きで頭がぼうとしている。

 とりあえず、なにか言わなくてはとメアも挨拶した。

「おはようございます」

 ぺこりとお辞儀をする。天使の少女の眼差しがさらに優しくなった。

「突然のことで、びっくりしたでしょう。ごめんなさいね」

 不思議そうに見つめるメアに、天使の少女は美しい声音で名前を告げた。

「私はアンジュ。聖ルシフェル女学院の生徒会長よ」

 メアは目をぱちくりさせて、大声で叫んだ。

「ええーっ、生徒会長!?」

 驚きのあまり、完全に目が覚めてしまった。確かに、よく見ると聖ルシフェル女学院の制服を着ている。クリーム色の上着に膝丈のスカート。赤いネクタイをきちんと締めている。

 メアの頭は混乱していた。

 どうして、わざわざ、生徒会長が森の奥で暮らしているメアの家を訪ねてきたのか。

「本当に生徒会長?」

 新手の詐欺かと疑ってしまう。それほどまでに、とんでもないことが起きているのだ。

「はい。生徒会長よ」

 あわてふためくメアをなだめるように、アンジュは穏やかな笑みを浮かべる。

「入学式も欠席で、ずっと学院に来ていないから、心配していたのよ」

「そ、それは……」

 メアは口ごもってしまう。本当のことを言えば馬鹿にされる。軽蔑して叱られるかもしれない。

「元気そうでよかったわ」

 おろおろしていると、アンジュが優しく頭を撫でてくれた。

「パジャマ姿だけど、起きたばかりかしら?」

 少し屈んで目線を合わせてくれる。空色の瞳は温かくて安心する。

 メアが素直に頷くと、アンジュはにこっと笑う。

「朝ごはん、まだよね? 実は私もなの。一緒に食べましょう」

「一緒に?」

「ええ、私、お料理は得意なのよ。お邪魔してもいいかしら?」

 メアは目をぱちくりさせる。驚きの連続で、思わず頷いてしまった。

 アンジュの顔がぱぁっと明るくなる。

「よかった。お話したいことがたくさんあるの」

「ぼくと?」

 メアはきょとんとして、自分を指さす。

「そうよ。まずは朝ごはんにしましょう」

 お邪魔します、と丸太小屋の中に入り、アンジュはさっそくキッチンに向かう。

「卵があるから、スクランブルエッグにするわね。パンケーキには蜂蜜? それともジャム?」

 ぽかんと突っ立っていると、アンジュが卵を割りながら尋ねてくる。

「蜂蜜」

「私も蜂蜜にしようかな」

 アンジュは鼻歌を歌いながら、手際よくパンケーキを焼いていく。

「おまたせ」

 二人用のテーブルにスクランブルエッグとパンケーキ、ミルクたっぷりのココアが置かれて、メアは目を丸くした。

「おなかペコペコでしょう。温かいうちに召し上がれ」

 メアは美味しそうな匂いに、お腹がぐぅと鳴ってしまう。恥ずかしくて耳まで真っ赤だ。慌てて席につき、いただきますと両手を合わせる。

 スクランブルエッグを一口食べて、メアは目を瞠った。ふわふわ卵にカリカリに焼いたベーコンが美味しすぎる。パンケーキも甘くてほっぺたが落ちそうだ。朝から幸せすぎて、相好が緩んでしまう。

 向かい側に座っているアンジュもメアを見て、嬉しそうに微笑んでいる。食べ方まで上品で感嘆してしまう。

「……すごく美味しかった。そ、その、ありがとう……」

 大好きなココアを飲みながら、メアがお礼を言うと、アンジュはほっと胸を撫で下ろした。

「よかったわ。お口に合って」

 メアはカップをテーブルに置いて、思いきって尋ねた。

「あの、どうして、こんなにも親切にしてくれるの?」

 アンジュは困ったふうに眉を下げる。

「メアちゃんのことが心配だったのは本当よ。ずっと学院に来ないから、ちゃんと話し合うつもりだったの。そうしたら、学院長が決闘に勝って登校させなさいって……」

 アンジュは制服のポケットから白い封筒を取り出す。

 気まずそうに学院長からの手紙を渡されて、メアはおそるおそる中身に目を通した。

「──ぼくたち、本当に決闘するの?」

 決闘といっても殺し合いではない。大昔は命の奪い合いだったらしいが、そんな野蛮なことが許されるはずがない。奪うのは心である。

 天使と悪魔の決闘とは、好きになったら負け。敗者は愛する者の命令を聞かなくてはならない。

 聖ルシフェル女学院でも問題が起こると、決闘で解決してきた。

 今回も決闘に勝って、問題児を登校させるつもりだ。

「私も強引すぎると訴えたのだけど、聞く耳を持ってくれなくて……。ごめんなさい。学院長には逆らえないの……」

 規律に厳しい天使の学院長はどうしても不登校の生徒が許せないようだ。

「もしかして、この朝ごはんもぼくを口説くために作ったの?」

「違うわ。私はメアちゃんとお友達になって、一緒にお勉強がしたいの」

 本心だと思いたい。けれど、アンジュは生徒会長だ。学院長に従うのは当然のことで、どうしても信じられない。

「──ぼくが勝ったら、学院に通わなくてもいいんだよね?」

「メアちゃん……」

 アンジュが悲しそうに空色の瞳に涙を浮かべる。

 メアの心がズキンと痛む。けれど、これは決闘なのだ。アンジュを好きになったら、聖ルシフェル女学院に通わなくてはならない。それだけは死んでも嫌だ。

「ぼくが生徒会長を口説き落とすよ」

 とんでもないことを言ってしまった。今さらながら、顔から火が出るほど恥ずかしい。

「……ちょっと嬉しいかも」

 アンジュの頬もほんのり赤く染まっている。

 なんだかむず痒くて、もじもじしてしまう。

「メアちゃんはいつもお家でなにをしているの?」

 アンジュが興味深そうに室内を見渡しながら、尋ねてくる。好きになってもらうには相手のことを知らなくてはならない。アンジュも本気のようだ。

「本を読んだり、ぬいぐるみを作ったり、お花を育てるのも好き」

 隠すつもりはないので正直に答えると、アンジュがじっと見つめてくる。

「もしかして、そのパジャマ、メアちゃんの手作り?」

 メアは驚いて、思わず身を乗り出してしまった。

「うん。ぼく、クマが好きでクマになりたくて作ったんだ」

 クマの耳がついたフードを被って見せると、アンジュが目を輝かせて抱きついてきた。

「メアちゃん、可愛い。よく見ると尻尾もついているのね」

 あまりの可愛らしさに頬ずりしながら、尻尾をモミモミと揉んでくる。

「やだぁ、お尻、さわっちゃダメ!」

 アンジュの腕の中で暴れると、パッと手が離れる。

「ごめんなさい。メアちゃんがとても可愛くて、つい」

「ついじゃないよ。今度、さわったら絶交だからね」

 しゅんとアンジュはうなだれる。これで抱きついてはこないだろう。

 アンジュに抱きしめられると、胸がドキドキして、頭がふわふわして、倒れてしまいそうだ。

 柔らかくて、いい匂いがするアンジュは危険だ。好きになってしまいそうで恐ろしい。

 しょんぼりしているアンジュを見ていると、なぜか心が苦しくなる。

「──生徒会長もクマが好きなの? ぼくの部屋にぬいぐるみがたくさんあるよ。特別に見せてあげてもいいよ」

 アンジュが弾かれたように顔を上げる。

「本当? クマさん、見たいわ」

 落ち着いているように見えて、子供っぽくはしゃぐアンジュも魅力的だ。

 ほっとしている自分に驚いて、メアはぶんぶんと頭を振る。

 これもアンジュを口説き落とす作戦だと、何度も自分に言い聞かせる。

 リビングの隣がメアの部屋だ。メアは部屋の扉を開ける。

「ちょっと散らかっているけど、文句は言わないでよね。掃除する時間がなかったんだから」

「こちらこそ、いきなり押しかけてきて反省しています」

 しおらしく頭を下げて、アンジュは部屋の中に入った。

「まあ、素敵だわ。ウサギさんもタヌキさんもいるのね」

 室内はクマのぬいぐるみだけではなく、いろんな動物のぬいぐるみが棚や机に飾られている。ベッドにはクマの抱き枕が寝そべっているように置かれている。

「このリスさんもそっくりだわ。メアちゃんって手先が器用なのね」

「そんなことないよ……。勉強ができる生徒会長のほうがすごいよ」

 褒められることに慣れていないので、素直に「ありがとう」が言えない。それに、アンジュのことは本当にすごいと思っているのだが、今の言い方は嫌味に聞こえたかもしれない。

 不安になって、こっそり様子を窺うと、アンジュはぷくっと頬を膨らませていた。

 どうやら、怒らせてしまったようだ。

「メアちゃん」

 びくっと首を竦めてしまう。おそるおそる振り返ると、アンジュがずいっと顔を寄せてきた。

「生徒会長じゃなくて、アンジュと呼んで」

「へ?」

 メアは目をぱちくりさせる。何かの聞き間違いかもしれない。しかし、アンジュの空色の瞳は真剣そのものだ。

 メアは迷った末に、躊躇いがちに言ってみる。

「アンジュ……さん……?」

 アンジュの頬はぷくりと膨らんだままだ。

「呼び捨てでなくちゃ嫌よ」

「でも……」

 メアは困惑してしまう。年上の生徒会長を呼び捨てにはできない。

「私を口説き落としたいのでしょう」

「うっ、それは……」

 小心者のメアに呼び捨ては無理だ。それでも勇気を振り絞って、思いきって口を開いた。

「ア……アンジュ……ちゃん?」  

 これなら、少しは二人の距離が縮まったと思う。

 そっと上目遣いで見つめると、アンジュは目を丸くして、それから頬を紅潮させて微笑んだ。

「アンジュちゃんは初めてだわ。すごくドキドキする」

 生徒会長を馴れ馴れしく呼ぶ者はいないだろう。しかし、アンジュには嬉しくてたまらないようだ。感極まってメアを抱きしめそうになり、慌てて両手を引っ込める。

「ねえ、もう一度、呼んでくれない?」

「アンジュちゃん」

 アンジュの顔が真っ赤になる。メアの代わりにウサギのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめて、身悶えている。

「そんなにうれしいの?」

「……うん」

 不思議に思って尋ねると、照れくさいのか、ウサギのぬいぐるみを使って頷いた。

 その姿が愛らしくて、メアの胸もきゅんとする。

「メアちゃんは、どんな本を読むのかな?」

 ウサギのぬいぐるみが尋ねてくる。腹話術のようで、メアは小さく笑った。

「推理小説が好きかな。怖い話も面白いよ」

「あら、ちょっと意外ね。恋愛小説は読まないの?」

「読んだことあるけど、ぼくにはよくわからなかった。恋人がいるのに他の人が好きってどういうこと?」

「それは……私にも難しいかな……」

 アンジュがあたふたしている。生徒会長にもわからないことがあるようだ。

「ぼく、昨日の続きの推理小説を読むけど、アンジュちゃんはなにか気になる本とかある?」

「そうね、私もメアちゃんと同じ本が読みたいかな」

 メアはちょこんと首を傾げる。

「本は一冊しかないよ」

「うん、だからこうして読むの」

 アンジュはメアを膝の上に座らせて、後ろから覗き込むように本を読む。

 メアは背後から抱きしめられているようで、緊張してしまう。ちらっと横を見ると綺麗に整った顔が今にもくっつきそうで、メアは驚いて飛び上がった。

「どうしたの?」

 アンジュが不思議そうに尋ねてくる。

 メアは赤い顔を誤魔化すように背中を向けて、本棚に推理小説を戻した。

「本は飽きた」

 本当はアンジュの温もりや吐息が気になって、集中して読めないのだ。

「それなら、カードゲームはどうかしら?」

 メアは少し考え込む。

「トランプしかないけど」

「いいわね。私、記憶力には自信があるの。神経衰弱をしましょう」

 絨毯の上にトランプを並べて、カードをめくっていく。いつも一人なので誰かと遊ぶのは楽しい。けれど、アンジュは本当に記憶力がよくて、あっさり負けてしまった。

 メアは悔しくて、何度も挑戦するが返り討ちにあってしまう。アンジュは容赦なかった。けして手を抜かない。決闘も同じく勝つつもりだろう。

 だが、メアにも負けられない理由がある。

 トランプで遊んでいると、いつの間にか太陽は中天にかかり、昼になっていた。

「お昼はなにが食べたい?」

 昼ごはんもアンジュが作ってくれるようだ。メアは悩んでしまう。アンジュの料理は本当に美味しいのだ。

「スパゲティが食べたい。ミートソースたっぷりの」

「コーンスープも作るわね」

「やった!」

 昼ごはんはメアも手伝った。アンジュと一緒に作る料理は楽しくて、とても美味しかった。

 お腹がいっぱいになると眠たくなってくる。うとうとしていると、アンジュが微笑みながら、ハンカチで口の周りを拭いてくれた。

「ソースがついているわよ」

「だって、美味しくて、夢中になって食べていたから……」

 今にもに瞼が落ちそうだ。メアはゴシゴシと両手で目を擦る。

「メアちゃん、眠たいの? お昼寝する?」

 こくりとメアは頷いて、ふらふらの足取りで部屋へと向かう。

「あ、あぶない、気をつけて」

 アンジュが慌ててメアを支えて、ベッドまで連れていく。

 メアはごろんとベッドに寝転がり、クマの抱き枕に顔を埋めた。

 アンジュもベッドに横たわり、メアの癖のある黒髪を指先で梳く。

 メアはうっとりと目を細めた。アンジュの繊細な指が心地よい。

「ねえ、メアちゃん」

「なぁに?」

 大きなあくびをしながら返事をする。アンジュは少し躊躇いがちに尋ねた。

「学院が嫌い?」

 メアはクマの抱き枕から顔を上げて、アンジュと向き合う。空色の瞳が心配そうにこちらを見ている。

 メアもまっすぐ見つめて、重い口を開いた。

「……馬鹿にしない?」

「うん」

「軽蔑しない?」

「うん」

「絶対、絶対、怒らない?」

「うん、約束する」

 メアはアンジュを信じて、誰にも言ったことのない秘密を打ち明けた。

「ぼく、天使が怖いんだ」

「怖い?」

 メアは小さく頷く。

「今まで一度も会ったことがなくて……。悪魔の友達もいなくて、ずっとお家に閉じこもっていたの。あ、勘違いしないで。いじめられていないよ。みんな、優しくて仲よくしてくれたよ。でも、ぼくは話すのが苦手でどんくさいから……」

「悪いことをしていると自分を責めてしまったのね」

 メアは泣きそうになる。どうして、アンジュにはメアの気持ちがわかるのだろう。

「パパとママがとても心配してね、ぼくを学院に入れたの。友達がたくさんできるようにって……」

「パパとママ、ちょっと焦っちゃったみたいね。メアちゃんは天使のどこが怖いのかな?」

 メアはうーんと考え込む。

「最初は凶暴なドラゴンみたいなのを想像していた。昔、悪魔と天使は争い合っていたから。だから、学院に行ったら、いじめられると思っていたの」

「今は?」

「アンジュちゃん、すごく優しくてお料理も上手で全然、怖くないよ。ぼく、本当はなにも知らないことが怖かったのかもしれない」

「そう、誤解が解けてよかったわ」

 アンジュがほっと安堵のため息を漏らす。

 メアは上目遣いでアンジュを見つめる。

「でもね、やっぱり学院には行きたくない。知らないことが多すぎて不安で足が震えちゃう。ぼくは臆病で勇気がないから……」

「メアちゃんは慎重で思いやりのある子よ。誰だって傷つきたくない、傷つけたくないと思っているわ。メアちゃんは人一倍、その想いが強いだけ。ゆっくりでいいの。知らないことは少しずつ覚えていけばいい。メアちゃんの隣には私がいる。頼りないかもしれないけど」

「そんなことないよ。アンジュちゃんと一緒なら、ぼく、がんばれると思う」

「本当、嬉しい」

 アンジュが穏やかに微笑む。

「でも、ぼくたち、決闘しなくちゃいけないんだよね?」

「学院長も焦っているのよ。メアちゃんのご先祖様が戦争を終わらせた偉大な悪魔だから。その子孫が不登校だなんて知られたくないのよ。だから、早く決闘で解決したいのよ」

 先祖が偉大すぎるのも困ったものだ。メアにとっては息苦しい世界なのだから。

「パパとママにも知らせていないんだ……。おかしいとは思っていたんだ。学院に行っていないのに全然、怒られないから」

 過保護な両親のことだから、森の奥の丸太小屋に引きこもっていたら、すぐに連れ戻しにくると思っていた。

 アンジュが部屋の中を見回す。

「ずっと一人で暮らしていたの?」

「うん。ここはおじいちゃんの隠れ家?別荘?みたいなもので、学院に近いからって嘘をついて住んでいるんだ」

「よく反対されなかったわね」

「娘の自立に喜んでいたよ。ものすごく心が痛むけど」

 メアは顔を寄せて、アンジュの頬にチュッとキスをする。

「宣戦布告。ぼく、さっきのトランプで気づいたんだけど、どうやら負けず嫌いらしい。だから、この決闘は絶対に勝ちたい」

 胸を張って言うと、アンジュは目を瞬かせて、それからくすくすと笑った。

「私も負けるつもりはないわよ」

 アンジュがお返しとばかりに、額や瞼、頬にキスをしてくる。

「もう、やだぁ、アンジュちゃん、くすぐったい」  

 悪魔と天使は見つめ合って、そっと唇にキスをした。



 クマの抱き枕にくっついて眠っているメアを見つめながら、アンジュは困ったふうに眉を下げて、ため息を漏らした。

「メアちゃん、ずるい」

 ぷにぷにとほっぺたを指先でつつく。メアは眉をひそめて寝返りを打った。

「私はこんなにもメアちゃんのことが好きなのに、この想いを告げたら決闘に負けちゃう」

 決闘に負けたら、メアは丸太小屋に引きこもったまま、一緒に聖ルシフェル女学院に通えなくなる。

 好きなのに想いを告げることができないのは、もどかしくてたまらない。

「こうなったら全力で口説き落としてみせるわ」

 アンジュはメアの頬にチュッとキスをする。

「覚悟なさい」

 ぐっすりと眠っているメアがアンジュに抱きつく。こちらも負けないというように。


 天使と悪魔の恋ははじまったばかりだ。

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