エピローグ ―「A級保証」のその先へ―

 披露宴を終えた日の夜、加賀美玲奈(かがみ れな)と向坂颯太(さきさか そうた)は、自宅へ戻るタクシーの中で顔を見合わせ、何とも言えない気持ちを共有していた。結婚式という人生の節目を迎え、大勢の人に祝福を受け、笑いと涙が入り混じった一日を駆け抜けてきた。タキシード姿の颯太はまだ少し緊張が抜けきらない様子で、ハンドルを握る運転手に何度もお礼を言いかけては言いそびれている。白いウェディングドレス姿のままの玲奈も、足元の裾を気にしながら、頬を赤らめて微笑んでいた。


 「……ほんと、あっという間だったね。朝早くからメイクと写真撮影して、挙式して、披露宴して……二次会も行けなかったくらい忙しかったのに、もう深夜だよ」

 玲奈がタクシーの窓を見やりながらつぶやくと、颯太は軽く肩をすくめた。

 「うん。でも、みんな喜んでくれたみたいでよかった。ネトゲ仲間があんなに集まってくれるとは思わなかったし、パプリカさんやサーモンさんも、会場で実物を見たら全然イメージ違うなって……はは、変な気分だよね」

 「うん。画面越しでしか話したことなかった人たちとも、今日初めて直接会話できて……何だか不思議だった。あの合唱祭や演劇ステージで、王子と姫を応援してくれた仲間が“本当に結婚したんだ!”って言ってくれてね……」


 思い返せば、この数年間、玲奈と颯太はオンラインゲーム「ユニゾン・オブ・ファンタジア」の学園イベントを通じてB級映画のような展開を味わい、実生活でも遠回りの恋を経験し、そしてようやく結ばれた。学園イベントの最終決戦「クイーン・オーバーロード」討伐でA級ランクを獲得してから、リアルのほうでも結婚に至るまで、いろいろと波乱があったが、それを振り返る時間さえ持てないほど日々は流れていった。


 「ところで、あの“A級保証の私だから”って最後のセリフ、ちょっと反則じゃない? みんなビックリしてたよ」

 「そ、そうかな。私なりに締めくくりたかったの。でも、王子が『俺もA級保証だからな』なんて言うから、笑いが起こっちゃって……」

 「はは、でもあれはあれでよかったよ。ああいう締め方をしてくれるのが玲奈だなって思った」


 ぎこちない会話のやり取りをしながらも、タクシーはゆっくりと二人の新居へ近づいていく。家の契約は既に結婚前に済ませており、今日はその新居で初めての夜を迎えることになる。疲れ切った身体ではあるが、不思議と幸福感が勝っていて、まだ眠れる気がしない。


 「……おふたりとも、今日は本当におめでとうございます。いい挙式でしたね」

 不意に運転手が穏やかな声で話しかけてきた。どうやら颯太たちの会話を少し耳にしていたらしい。ふだんは無口なタイプのドライバーに見えたが、祝いの言葉をくれるとは珍しい。

 「ありがとうございます。初めてのことでバタバタでしたけど、友達もいっぱい来てくれましたし、幸せな一日でした」

 「これからもお幸せに。お客さんたちみたいに仲良さそうな夫婦を見ると、なんだかこっちまで嬉しくなってしまいますよ」


 そんな言葉に、二人はどこか照れくさそうに微笑み合った。やがて目的地に到着し、料金を支払ったあと、ドレスとタキシード姿のまま家のドアを開ける。新居のリビングへ足を踏み入れた瞬間、あまりにシンプルな空間に「家具や家電がまだ全部揃ってないんだった……」と気づいて顔を見合わせる。


 「明日になったら、ひとまず必要最低限の荷物が来るけど、しばらく落ち着かないよね」

 「仕方ないさ。挙式と披露宴の準備で精一杯だったもん。とりあえず、布団だけはあるし、今日はそれで十分……」


 そう言って笑いながらも、実際には疲労で立っているのがやっとという感じだ。二人とも少し休んだらシャワーを浴びて、翌日以降に新婚生活の本格的なスタートを迎えることになる。ネトゲ仲間や親戚・友人からの祝福メッセージがスマホに次々と届くが、とてもすべてに返信する余裕はない。ひとまず「ありがとう、後日改めてお礼するね!」とだけ簡単に送信して、携帯をベッドサイドに置いた。


 「明日は何する? 家具を搬入して、片付けて……夕方にはギルドの皆がオンラインで祝賀パーティするって言ってたけど……」

 「はは、どんだけ元気なんだよ、あの人たち。まぁ、少し顔出すくらいはいいかもね。実際リアル結婚式に来れなかった遠距離仲間とかもいるだろうし」

 「そうそう。“ログイン記念撮影”したいって言われてるから、二人でスクショに写ろうよ」


 ゲームの中でもリアルでもお祝いを受け取るという、二重の世界を渡り歩くのが既に自然になっている。王子と姫がA級になってからどれくらい経ったのか……あっという間の数年間が流れ、いまでは王子キャラを自称していた颯太も「もういい加減恥ずかしい」と言いながらも、まんざらでもないようだ。今後はアップデートで新シナリオが始まるらしく、仲間たちも「新婚さんはまたB級台詞言ってくれるの?」と無責任に煽ってくる始末。


 「でも……これからは、現実のほうが忙しくなりそうだよね」

 玲奈が苦笑交じりにつぶやくと、颯太は神妙に頷いた。

 「うん。俺も仕事、さらに新しいプロジェクト任されることになりそうだし、玲奈だって同じ会社で新部署に移る可能性あるんだろ? お互い、支え合わないとやっていけないよ」

 「だね。もうB級に逃げ込むわけにはいかないし……私たち、ちゃんとA級を維持しなきゃ」


 それは比喩でもあり、また現実の道を示すメタファーでもある。かつてはB級映画のようなドタバタ展開に翻弄されながら、ネトゲでの王子と姫という立ち位置に救いを求めていた二人だが、今は現実の生活こそがメインステージだ。ゲームでA級ランクを手にしたことが、奇しくも人生の象徴になっているのかもしれない。


 そう思いながらも、まだウェディングドレスを脱ぐ気になれず、玲奈はリビングの片隅に腰を下ろした。ドレスの裾を少し持ち上げ、結婚指輪がきらりと光る左手を見る。ふわふわした気持ちと現実感が入り混じり、思わず微笑みがこぼれる。

 「ねえ、颯太……式のとき、私があのセリフを言ったら、どんな気持ちになった?」

 「正直、心臓止まるかと思ったよ。まさか“A級保証の私だから”で締めるとは……。でも、なんか変に納得した。俺たち、ほんとにB級からA級に上がったって感じがするよ」

 「ふふ、でしょ?」


 疲れているはずなのに、会話が止まらない。結婚式までの準備は大変だったが、それ以上に楽しかった思い出やエピソードがありすぎて、語り尽くせないのだ。イベントプランナーとの打ち合わせで揉めたり、ドレスのサイズが合わずに困ったり、ネトゲ仲間から「ご祝儀はゲーム内通貨でいい?」なんて冗談を言われたり――数え上げればきりがない。


 「でも、今日がゴールじゃないんだよね。むしろスタートというか……」

 玲奈がそう呟くと、颯太は静かに頷いた。

 「うん、結婚式は一区切りかもしれないけど、ここから先のほうが長いから。お互い仕事しながら、家のこともやって、新しい人生を作っていくわけだし……」

 「そうだね。なんか想像つかないこともあるけど……でも、一緒に頑張ろう。私たちなら、きっと大丈夫だと思う」


 そう言葉を交わし合ううちに、少しずつ眠気が襲ってくる。ドレスとタキシードを脱いでシャワーを浴びたら、今日のところはぐっすり眠りたい。明日には家具の搬入があり、週明けからは仕事に復帰しなければならないのだ。新婚旅行の計画はあるが、二人ともそこまで休みを取れるわけではないから、もう少し先になるだろう。


 「そういえば、旅行先、まだ決めてないよね。海外行くか、国内でのんびりするか……。あ、でもゲームもやりたいし、あんまり長期で家を留守にするのも……」

 「はは、どんだけゲーム好きなんだよ。でも一理ある。新しいイベントが始まるんだろ? A級プレイヤーだけが参加できる特別マップが追加されるとか聞いたし」

 「でも、いまはリアルが大事……って言ったばかりじゃん。ああ、もう、どっちも捨てられないよね」


 そんな軽口を叩き合いながら、お互いに笑ってしまう。どんなにB級を脱したとはいえ、二人がネトゲに出会ったのは事実だし、その思い出は生涯の大切なエピソードになるだろう。


 「ねえ、玲奈……俺たち、これからもゲームやるよな?」

 「うん、たぶん。きっといつか子どもができても、ちょっとした息抜きでログインしたりするんじゃない?」

 「はは、そうだな。でも子どもの前ではあんまりB級台詞はやめとけよ。変な人だと思われるから」

 「ちょっと! 言っておくけど、そういうの全部あなたが発端だからね?」


 互いに掛け合いをしながら、結婚指輪の重みを改めて噛みしめる。現実で手を取り合った二人は、もうB級の仮面を必要としない。かといって、B級なノリが全く消えるわけでもないのだろう。二人には、それこそが「自然体のA級の姿」なのかもしれない。


 ドレスのファスナーを下ろしながら、玲奈は突然、思い立ったように口を開く。

 「そういえば……昔、B級映画のような結末は嫌だって思ってた。けど、今思えば、B級もA級も関係ないんだよね。大事なのは、自分たちが納得するストーリーを作れるかどうかってことだから」

 「うん、俺もそう思う。大学時代、千尋との恋愛が“普通の恋”だと思ってたけど、結局すれ違いで終わってしまった。あれはあれで成長できたし、玲奈に再会できたのも、その流れがあったからだし……」

 「一つひとつが繋がって、今に至ってるんだよね。すごいよね、人生って」


 シャワーを浴び終わってパジャマに着替えると、心地よい疲労感に包まれて、二人はベッドに倒れ込んだ。夜が更け、あれだけ長かった一日がようやく終わろうとしているが、不思議と明日への不安はない。何があっても乗り越えられる、そう信じられるのは、お互いに対する信頼があるからだ。


 「……おやすみ、玲奈」

 「おやすみ……颯太。A級保証でがんばろうね」


 そっと手を重ねて瞳を閉じれば、数時間前まで聞こえていた祝福の拍手や乾杯の声がまだ耳の奥に残っているような気がした。ネトゲ仲間も、会社の人々も、家族も、みんなが背中を押してくれたのだから、これから先どんな困難が来ても怖くない――そう自信を持って言える。この夜が明けたら、新婚生活という現実のクエストが始まるのだ。


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## **1.新婚生活と“ログイン祝賀会”**


 翌日、朝の光が差し込むリビングに、運送業者が次々と家具を搬入する。ソファやダイニングテーブル、家電類が配置され、新居の部屋が急速に“生活感”を帯び始める。休みを取っていた玲奈と颯太は、作業員に指示を出しながら模様替えを進め、段ボールを片づけていく。

 昼前にはひととおり落ち着き、ささやかなランチを済ませてスマホを確認すると、ネトゲ仲間たちから「引っ越しおめでとう!」「夜にログイン祝賀パーティやろうぜ」とメッセージが届いている。昨日の披露宴には来られなかった遠方組も参加するというから、オンライン上で大勢が集まることになりそうだ。


 「さっそく祝賀パーティか。うちのギルド、ほんと元気だな」

 颯太が苦笑すると、玲奈も「まあ、ありがたいよね。新居で疲れてるけど、顔だけ出そうよ」と返事を打ち込む。夕方から夜にかけて会社の仕事の引き継ぎメールをチェックしないといけないが、二人とも最低限の業務連絡が済めば問題ないだろう。


 そうして夜になり、二人は久々にオンラインゲーム「ユニゾン・オブ・ファンタジア」へログインする。結婚式前の忙しさでしばらくインできなかったが、A級プレイヤーとして仲間たちの待つギルドルームに顔を出すと、「おお、来た来た!」「新婚さんいらっしゃーい!」というチャットの嵐が待ち受けていた。

 王子(ソウ・クレイサー)として颯太が挨拶し、レナ・クラインとして玲奈が並ぶ姿に、皆が一斉に祝賀エモーションや花火演出を連発する。ギルドチャットが光の速さで流れ、ボイスチャット組は「リアル結婚おめでとう!」と口々に叫んでいる。


 「なんだこれ、インした瞬間からカオスなんだけど……!」

 「はは、まるで合唱祭のとき以上に騒がしいね。やっぱりギルドのみんなには感謝しかないな」


 ふと画面を見渡すと、かつて学園イベントで共闘した仲間の多くが来ており、中にはひさしぶりに復帰した“リデル”などの名前もある。彼らは「本当に現実でゴールインしたんだなぁ……」としみじみコメントを残し、「絶対離婚しないようにA級保証してくれよ!」と無責任に煽ってくる。

 「こらこら、演技でもないからやめてよ」と玲奈が応じると、「王子がいれば大丈夫でしょ!」「姫を守るって宣言してたもんね!」などと返され、思わず微苦笑するしかない。


 最初は雑談メインだったが、やがて「せっかくだから新婚さん歓迎クエスト行こうよ」という声が挙がり、みんなで期間限定イベントに突撃することになった。このイベントは新しく実装された“A級プレイヤー専用”の高難易度コンテンツらしく、B級時代のソウ・クレイサーでは歯が立たないような強敵が待ち受けるらしい。もっとも、アバターやギルドの装備は結構強化されているので、何とかなるだろう。


 「よーし、行くか、姫……じゃなくて嫁?」

 「B級台詞っぽくないけど、いいの? “お前を嫁にしてやる”みたいなやつ」

 「うわ、それはさすがに恥ずかしいから勘弁して……」


 ゲーム画面の中でいじり合う新婚二人を、ギルドメンバーが「イチャイチャすんな!」と総ツッコミしながらも、皆が嬉しそうな雰囲気だ。このオンラインの祝賀パーティこそ、二人が望んだ「リアルとゲームの両方でA級を維持する」象徴的な光景である。笑い合いながら高難易度クエストに挑むという展開が、まさしく二人の“日常”なのだ。


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## **2.遠くへ旅立つ人々と、変わらない絆**


 新婚生活が始まって数週間が経つと、引っ越しのドタバタも落ち着き、二人は会社へ通いながらもネトゲで仲間と交流を続ける日々を送るようになった。平日の夜は残業や出張で思うようにログインできないこともあるが、週末にはギルドの面々と集まってクエストを楽しむ。それはかつての“B級台詞全開”のスタイルと同じようでいて、実は大きく違う。あの頃は現実逃避のためにゲームにのめり込むことも多かったが、いまは心に余裕があるからこそ“純粋に楽しめる”のだ。


 ただ、過去に深く関わった人々が、それぞれの新天地へ旅立っていることを思い出すたび、ほんの少し胸が痛むこともある。杉野翔平は海外案件の仕事で忙殺されているらしく、会社のグループウェアを見るとほとんど出張続きで帰国がままならない様子だ。しかし、時々は「今度久しぶりに戻れそうだから、機会があったら飲みに行こう」と連絡をくれるし、玲奈も「お疲れさま、落ち着いたらまた話聞かせてください」と返事をする。かつての恋のこじれを引きずることなく、同じ職場の先輩・後輩という形で再スタートできたのは幸いだった。


 工藤千尋の近況は、颯太がSNSを覗いて確認する程度だ。彼女は現在、さらに昇進し、各国を飛び回る忙しいビジネスパーソンになっているらしい。どうやら恋愛に割く時間はなさそうで、仕事が面白くて仕方ないといった雰囲気の投稿をたまに見かける。颯太は「相変わらず優秀だよな……」とポツリとつぶやき、そこにわずかな懐かしさを滲ませるが、もう未練はない。彼女には彼女の道がある。それがはっきり分かったからこそ、今の自分があるのだと。


 「いろんな人がいるからこそ、俺たちもここまで来れたんだよね」

 ある休日の朝、リビングでコーヒーを飲みながら颯太がぽつりと言う。玲奈も頷きながら「そうだね」と笑顔を返す。

 「私がB級な性格でも、王子がB級台詞連発でも、それを受け入れてくれる仲間がいたし、ライバルもいた。みんなに支えられて、いまの私たちがあるんだなぁって思う」

 「ホントだよな。もし学園イベントがなかったら、俺は王子キャラを演じることもなかっただろうし……そしたら、幼なじみと再び繋がるきっかけも無かったかもしれない」


 B級という仮面があったからこそ、本心を出せたという paradox(パラドックス)は、二人にとって運命的ないたずらだったのかもしれない。たとえ遠回りでも、その道のりに意味があったのだと、いまは素直に思える。


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## **3.ふたたび学園へ―新たなイベントの予兆**


 結婚式から数か月後、ギルドチャットで「新イベントが告知された!」という話題が持ち上がった。どうやら学園エリアが次回アップデートで大幅改装され、“新学園編”が始まるらしい。タイトルは仮に「ユニゾン・オブ・ファンタジア・リユニオン」とされており、詳細は未公表だが、新たなストーリーやボスが登場すると噂されている。


 「また学園が舞台なのか……あれだけ盛り上がったから、運営も新章を作りたかったんだろうね」

 「うん。俺たちがA級になったあの空間が、また新たなステージになるってわけか。どんなB級展開が待ってるんだか……」


 颯太は苦笑するが、仲間たちは「今度は新婚王子&姫として大活躍じゃない?」「ハネムーン編かな?」などと無責任な期待を寄せてくる。もちろん、二人も興味はあるが、前回のように全力でB級台詞を披露するのかどうかは分からない。もう“王子”を演じる必要はないかもしれないし、逆にあえて続ける可能性だってある。


 「結婚して落ち着いた今でも、ゲームはやっぱり好きだし、新しいイベには参加したいよね」

 玲奈がそう言うと、颯太も「だな。大変だけど、夜中に少しずつ攻略するくらいなら問題ない」と賛同する。現実世界がメインステージだとはいえ、オンラインの仲間に顔を出す楽しさは何にも代え難いのだ。余裕がある限り、二人はゲームのアップデートを追いかけていくつもりだった。


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## **4.ふたりの日常―B級かA級か**


 そんなふうに、結婚式後の数か月は、忙しくも穏やかな新婚生活が続いていた。朝は颯太が先に起きて簡単な朝食を用意し、玲奈が夜に洗濯物を畳むという分担。休日には家具やインテリアを見に行ったり、映画館で新作を観たり、友人たちとバーベキューをしたり――まるで“普通の夫婦”のようだが、ふとした瞬間にB級な会話が飛び出すのが、この二人らしさでもある。


 「こら、王子。そこにある食器洗ってくれる?」

 「……姫よ、なんと無礼な! 我はA級の身ぞ!」

 「はいはい、洗ってくれないなら私がやります。姫が出陣しますので、王子はそこに突っ立ってるだけでいいですよ」

 「くっ……なぜ俺はこんな扱いを……でも、それが姫の望みなら仕方ない!」


 そんな他愛のない掛け合いをしながら大笑いする姿は、傍から見ればバカップルかもしれない。それでも本人たちが楽しければ、それでいいのだ。そして、二人とも本当に楽しんでいる。


 「ねえ、私たちってほんとにA級かなあ。やることなすこと、まだまだB級っぽいんだけど」

 食器を洗い終わった玲奈が水を切りながら言うと、颯太は「まあ、A級保証してくれたのは君だからねえ」と冗談まじりに返す。

 「でも、きっと世間から見れば普通だし、プライベートはB級感満載だし……何がA級なのか、俺も時々分からなくなるよ。でもさ、こういう何気ない日常を一緒に笑って乗り越えられるってだけで、俺は最高のA級だと思うんだ」

 「……そうだね。B級もA級も、結局は自分たちがどう感じるかだもんね」


 指輪を光らせながら作業をこなす二人の姿は、確かに“最高のA級カップル”なのかもしれない。大仰なイベントやB級映画のようなドラマは日常にはそうそう転がっていないが、だからこそ笑い合える瞬間が愛おしい。何でもない時間にこそ、二人の心が寄り添っているのだ。


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## **5.未来へ―新たなクエストの始まり**


 さらに数か月後。新居の近くにある公園のベンチで、玲奈はスマホを片手にぼんやりと空を見上げていた。澄み渡る秋の空気が心地よい。仕事の合間を縫ってのランチタイムで、軽く外の景色を眺めようと散歩に出たのだ。


 (王子……じゃなくて、颯太、今日は急な会議で帰りが遅くなるって言ってたな。夕飯は先に用意しておこうかな……)


 そんなふうに考えていると、スマホにゲームアプリの通知が来る。「ユニゾン・オブ・ファンタジア 新学園編正式告知!」とある。思わずタップして詳細を確認すると、そこには学園エリアの大規模リニューアルが予告されていた。見出しは「激突! カレシ王子vs.謎の転校生(仮)!」と、相変わらずB級くさい煽り文句が書かれている。公式イラストには、新しい敵キャラらしき姿がうっすらと描かれていた。


 (転校生……またB級全開の台詞が飛び交うんだろうな。でも、ちょっと楽しみかも)


 思わず小さく笑いがこぼれる。結婚しても、仕事が忙しくても、やはり二人はこうしたゲームの世界に帰って来られる場所を手放す気はない。颯太には「王子キャラはもう限界だろ」などと言われるが、周囲の仲間が面白おかしく煽ってくれる限り、多少は続けることになるのかもしれない。


 「王子vs.謎の転校生……ふふ、またB級バトルが始まるのね。今度は“嫁”キャラとして登場するのも悪くないかも」


 自分で言って照れくさくなるが、結局ゲームでもリアルでも、B級とA級の境界を行き来するのが自分たちのスタイルなのだ。少し肩の力を抜き、心の中で呟く。


 (あれだけの遠回りと涙があって、今の私がある。だったら、この先何があっても怖くない。一緒に笑い合える人がいるから)


 午後の勤務時間が近づいてきたので、玲奈は会社へ戻る準備をする。おそらく今夜は一人で夕飯を食べることになるが、夜遅くに颯太が戻ってきたら一緒にゲームを立ち上げて、新イベントの動画でも見ながら作戦を立てよう――そんなささやかな楽しみがあるだけで、日常はずっと豊かになる。


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## **6.“A級保証の私だから”―それからの物語**


 こうして、二人の新たなクエストは静かに始まっている。結婚式という特大イベントを経て、家族や友人、そしてネトゲ仲間に囲まれながら、毎日を過ごす。もちろん、悩みも出てくるし、仕事で疲れてケンカすることもあるだろう。それでも、“A級保証”を掲げた二人にとって、危機はむしろ一緒に戦うチャンスかもしれない。

 例えば新婚生活で些細なトラブルがあったとしても、王子と姫という仮想のロールプレイを持ち込んで笑い合ううちに、いつのまにか解決するかもしれないし、現実で辛い局面に直面したらゲームで一時的にリフレッシュして気持ちを切り替える方法もある。


 そして何より、周囲にはたくさんの仲間や先輩たちがいる。会社の人々、ネトゲギルドの仲間、そして家族。B級だと笑われても、“A級ランク”だと囃し立てられても、どちらも自分たちだと思えば自然と胸を張れるのだ。人にどう見られるかではなく、“自分たちがどうありたいか”を貫けるようになったのは、あの学園イベントでクイーンを倒し、リアルでも結婚に至ったからこその自信だろう。


 ふと夜、リビングでコーヒーを飲みながら一息ついていると、颯太がパソコンを操作している姿が視界に入る。最近は仕事の資料作りも多いが、アイコンの傍に「ユニゾン・オブ・ファンタジア」のショートカットが堂々と置かれているのを見て、玲奈は微笑む。

 「ログインするの?」

 「いや、ちょっと明日の資料まとめたら、少しだけ入ろうかな。ギルドのみんなが新マップのレポートを上げてくれてるらしいし、今のうちに流れを把握しておきたい」

 「私もあとで行こうかな。明日は朝早いけど、ちょっとだけでも参加したいし」


 こうした何気ない会話こそが、二人にとっての小さな幸せ。バタバタの新婚生活も、笑いながら続けていける自信がある。


 もし将来、子どもが生まれたらどうなるだろう。王子と姫から“パパとママ”になるのだろうか。まだ想像の域を出ないが、そういう未来が来たら、そのときはまたB級な親子トークを繰り広げるに違いない。

 「ねぇパパ、なんでそんな恥ずかしい喋り方してるの?」とか聞かれたりして、「いや……昔、王子だったことがあってな」なんて答えるかもしれない。その光景を思い浮かべるだけで、なんだか胸が温かくなる。


 「……A級保証の私だから、きっと大丈夫。あなたと一緒なら、何でも乗り越えられる気がする」

 ある夜、ベッドに入る前に玲奈がそう呟くと、颯太は肩を揺らして笑った。

 「何それ、自分で言って照れないの? でもまぁ、俺も“A級保証の王子だから”って、続けたい気もするけど……もう恥ずかしくて無理だな」

 「ふふ、いいんだよ。それくらいのB級感がちょうどいいのかも。完璧なA級だけが正解じゃないって、私たちが一番よく知ってるし」

 「そうだな。B級でありA級でもあるってのが、俺たちらしさだしな」


 そう言って、二人は静かに目を閉じる。明日も仕事が待っているし、夜遅くまでゲームに入り浸る余裕はない日もある。それでも、日常の合間を縫って一緒にクエストへ向かったり、週末に仲間とVCで雑談しながら新ボスに挑んだりする時間は、何にも代え難い宝物なのだ。


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## **7.その先にあるもの―いつか再びB級になる日まで**


 結婚式から年月を重ねていく中で、二人の生活スタイルや周囲の人間関係も少しずつ変わっていく。中にはギルドメンバーがリアルの都合でゲームを引退するケースもある。たとえばパプリカが「子育てが忙しくてしばらくログインできないかも」などと報告してくると、みんなで「落ち着いたら戻ってこいよ!」と激励し合う。ひょっとすると、玲奈や颯太も数年後には似たような状況になるかもしれない。


 だけど、“一緒に笑い合える場所”がある限り、そこに帰ってくるのは難しくないはずだ。B級でもA級でも、王子と姫でも、現実の会社員同士でもいい。自分たちが心から楽しめる形でコミュニケーションを取り続ける。それが彼らの流儀になっている。


 仕事で大きなミスをして落ち込む日もあるだろう。夫婦喧嘩をして口も利かない夜が来るかもしれない。けれど、その度に「あの学園イベントでもっと大変なB級展開を乗り越えたんだから、きっと大丈夫」「クイーン・オーバーロード倒してA級になったんだから、こんなの怖くない」と自嘲気味に笑ってしまえるのが強みだ。そして、最終的には“A級保証”を合言葉に、「やっぱり一緒にいると落ち着くね」と抱き合うのだろう。


 どんなに肩書きや外見が変わっても、二人がB級を通り越した“A級のパートナー”であることに変わりはない。それは誰かから与えられた称号ではなく、自分たちで勝ち取ったものだから。ネットゲームの世界であろうと、リアルの舞台であろうと、その本質は同じ。共に戦い、共に笑い、共に泣いたからこそ手に入れた称号なのだ。


 やがて、子どもができる日が来るかもしれない。親になって、家族が増えて、もっと大変な毎日が始まるかもしれない。あるいはキャリアアップのために転職をする可能性だってあるし、引っ越して新しい環境に身を置くことになるかもしれない。だが、何があっても「A級保証の私だから」というフレーズを口にすれば、きっと二人は初心に返れるはずだ。


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## **8.エピローグの終わりに―「A級保証」の続き**


 結婚式からさらに数年後。夕日が沈む河川敷を、二人の親子が歩いている。小さな手を引くのは加賀美玲奈――いまは向坂玲奈と名乗る彼女だ。その隣では、子どもが「あっちで遊びたい!」とはしゃぎ回り、少し離れたところを颯太が優しい笑顔で見守っている。まるでドラマのワンシーンのような光景だが、これもまた二人の日常なのだ。


 「おいおい、転んじゃうぞー。ちゃんとママの手を握ってろよ」

 「大丈夫だもん! お家帰ったらゲームするって言ったのに、まだしないの? パパ、早く来てよ!」

 「わはは、そこまでゲーム好きに育つとは……」


 親子三人が顔を見合わせて笑う姿に、かつてのB級王子と平凡女子の面影が重なる。あの頃はこんな未来が来るなんて想像もしなかったが、人生とは不思議なものだ。ときにB級な失敗を重ね、A級な成功を味わいながら、家族で歩んでいく。それを笑って受け止め合えるのが、二人にとっての“永久保証”なのだ。


 家に帰れば、いつものリビングが待っている。子どもが寝静まったあと、たまに夫婦でこっそりネトゲにログインするのがささやかな楽しみ。ギルドの古参メンバーと久々に会話しながら、新マップをのんびり回ることもある。


 「ねえ、パパとママが昔は王子と姫やってたって、本当なの?」

 と、子どもが真剣な顔で聞いてきたら、二人は笑って「そうそう、B級映画みたいな学園イベントで戦ってたんだよ」と話してやるかもしれない。そのとき、“A級ランク”がどれほど大変だったか、クイーン・オーバーロードがどれだけ手強かったか、熱く語ってしまうのかもしれない。


 「でも、なんでそんなに大変なことしてたの?」と問い返されたら、二人は同時に口を揃えて「それが私たちの“出会い直し”だったんだ」と言うだろう。B級から始まった物語は、A級になるためだけじゃなく、本当に大切なものを見つけるための道のりだった――そう胸を張って語れるようになったから。


 結局、ゲームのサービスが続く限り、玲奈と颯太は折に触れてログインし、仲間との繋がりを確かめ合うだろう。いつか引退する日が来ても、きっと思い出話に花を咲かせるはずだ。そこにあるのは後悔じゃなくて「本当にやってよかった」という達成感。B級映画のような過去を笑い飛ばしながらも、実は誇りに思っているのだ。


 そうやって、人は“物語”をアップデートし続けるのかもしれない。青春の一ページを永遠に閉じ込めるのではなく、日常の中で書き換え、追記し、時々ふり返って笑う。玲奈と颯太にとって、“A級保証”という言葉は単に恋愛や結婚を指すだけでなく、自分たちの生き方そのものを表す合言葉になっている。


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## **9.終わりの始まり―いつでも帰れる学園へ**


 それからさらに時は流れ、学園イベントは何度もバージョンアップされ、王子と姫の物語も公式には何代目かに受け継がれていく。もう、颯太が“ソウ・クレイサー”としてB級台詞を吐く姿はあまり見られないが、新たな若いプレイヤーたちが「王子や姫キャラ」を楽しんでいるのを見て、懐かしさを感じることもある。


 ふと気が向いたときに、玲奈と颯太はログインしては学園エリアを訪れる。そこにはかつて自分たちが騒ぎ、クイーン・オーバーロードを倒し、A級ランクを獲得した思い出の空気がまだ息づいている。どんなに時代が移ろい、運営会社が新しいコンテンツを追加しようと、二人の青春の一部は永久にそこに残っているのだ。


 かつては大勢の仲間とVCをつないで、徹夜で攻略に挑んだ夜もあった。合唱祭や演劇ステージで、B級丸出しの告白を連発した夜もあった。全てが過去のことになり、いまは安定した日常を謳歌している二人だけれど、その“学園”という思い出があるからこそ現実も輝いている。


 そして、あの時確かに交わした言葉――


 **「A級保証の私だから」**


 この一言が、二人にとって永久保証のように心に刻まれている。どんなに失敗したって、喧嘩をしたって、挫折を味わったって、最後には「私たちなら大丈夫だよね」と笑い合える理由がある。それが二人にとって、何よりの宝物となるのだ。


 エピローグはここで終わる。けれど、二人の物語はまだ続いていく。学園も、ゲームも、現実も、すべてが新しい章へアップデートされる可能性を秘めているのだから。B級を超えてA級になったその先は、実はまだ何も決まっていないフリーステージかもしれない。そこにどんなドラマを描くかは、二人次第。仲間や家族を巻き込みながら、また新たな物語を紡いでいくに違いない。


 もし誰かが「もうB級にもなりたくないし、A級でい続けるのも大変じゃない?」と尋ねたら、きっと玲奈は笑ってこう答えるだろう。


 「ううん、私たち、B級だろうがA級だろうが、それが何より楽しいんだよ。**A級保証の私だから**。あなたも一緒にどう?」


 その微笑みの裏には、遠回りをしても挫折をしても構わないという余裕がある。結婚式を迎えたあの日、仲間たちに囲まれ、大切な人と誓った言葉――すべてが未来へと繋がる道標だ。いつかB級に戻る日が来るかもしれない。けれど、A級保証された心さえあれば、もう迷わない。何度でも立ち上がり、何度でも笑って先へ進んでいく。


 こうして、玲奈と颯太の“ゲームでもリアルでもA級を目指す”物語は一旦区切りを迎えるが、エンドロールの先にはまだまだ続くストーリーがある。二人が過ごす日常も、ネトゲでの冒険も、きっとまたB級映画さながらのハプニングに満ちているだろう。しかしもう、本人たちは少しも怖がらない。


 B級にしろ、A級にしろ、どんなランクであっても、二人一緒に笑い合えばそれが最高の答えになる。それを痛感したからこそ、あの結婚式の最後で玲奈は堂々と宣言したのだ。


 **「A級保証の私だから」**


 ――そして物語は静かに、いつでも帰って来られる“学園”のように、温かい余韻を残して終わる。けれど、実際には続いていく新婚の日々と、これから迎えるかもしれないさらなるアップデート――そのすべてが、この世界と現実を繋ぐかけがえのない架け橋だ。


 今日もまた、リビングの一角ではパソコンが起動し、学園エリアに集う仲間たちの笑い声が響いている。二人が画面を前に肩を寄せ合いながら、嬉しそうにチャットを打つ。その姿はまさしく、B級映画のエンディングでありながら、A級の未来へのプロローグでもある。

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