君が雪女ならよかった

海野夏

✳︎

雪が降っている。


今朝から足元を這うような冷気が床に溜まっていたのを思い出す。もしかしたら、と思っていたがやはり。窓の外は隣家の屋根屋根に雪が積もり、庭も街路樹も家も白く、ただ白くなっていた。


雪が降っている。


先ほどより勢いは少し増している。今日はさすがに出歩く人もいないだろう、とカーテンを閉める。いや待て、誰かいる。白い人影が雪にまぎれて立っている。

「あれ何やってんの」

遠目からでは判別できないが、じっと電柱の根元に立つその人影はシルエットから見ておそらく女性で、少し背が低い。他人かもしれないが、こんな日にあんな場所で突っ立ってるような人間に心当たりがある。

『入りなよ』

メッセージを送ると、向こうで人影が身じろぎするのが見えた。多分そうなのだろう。こちらに近づいてくる人影は我が従妹、チカだった。戸を開けると、チカは冷えて赤くなった頬をして、髪にもコートにも白い雪をまとわせていた。

「そのまま入るのやめてよ」

タオルを渡す俺を無視して、ぽたぽた雪を落としながらチカは家の中に入った。


雪が降っている。


どうやらチカはまた家出してきたらしい。よくあることだ。彼女の両親も彼女自身も自己主張が激しい人だから度々ぶつかって、こうして俺のところへやってくる。そして気づいたらふらっと帰っていく。都合のいい避難所。

「ごはんは食べた?」

チカは何も言わず、この家唯一のヒーターの前に陣取って三角座りしている。

「コート脱ぎな、余計に冷える」

「脱がせて」

「はいはい」

まだ冷気をまとうチカをこちらに向かせて、爪みたいなボタンを一つ一つ外していく。チカは黙ってそれを見ている。前を開いて、肩、腕と脱がせていくと、チカはまだ制服のままだった。朝から喧嘩して、学校からそのままこっちに帰ってきたのか。確かなことは分からないが、後でおばさんにチカがうちにいることだけは連絡しておこう。

「ここ座って」

「うん?」

俺をヒーターの前に座らせ、自分はその上に座る。まだ寒いのか、俺の腕を自分の身体に巻きつける。人の気も知らないで。


雪が降っていた。

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