後編|独り

 【④ 独りで行動】


 そのパニックの渦中で母が


「このままでは、みんなが危ない。せめて誰かが生き残って上の兄の帰りをお迎えしなければ」


 その為に分散しようとの提案でした。私はこの段階でも両親のそばに居たいと思っていたので、母親の提案に納得が出来ず


「かあちゃん、嫌だ」と騒ぎたてました。


 しかし、メソメソしているような状態ではないことは、自分でも理解していたので、すぐに気分を切り替え、菊川小学校の前で独りで行動することを決めたのです。


 そして、両親・下の兄・私と三組に分かれました。


 地獄の中で、人々の断末魔の叫びにのまれずに、冷静に選択や判断が出来たのは、恐怖に負けない意志や覚悟を自分にさせてくれた両親のおかげだったのかもしれません。


 その時、先に行く人達の中に親友だった沢田君が親子で避難している姿を見かけましたが、それが彼をみた最後になったのです。


 単独行動が怖くて、沢田一家と行動をしていたら、私はこの世にいなかったでしょう。




 【⑤ 思考を働かせる】


 私は小学校の校内に入るのだが、入ったというより、人々に押し流されたという方が正しい。


 人波や炎をぬうように進み、たどり着いたのは玄関を入って真正面の職員室であり、更に隣の掛け図室、現在でいう図書室でした。


 今考えると馬鹿な事です。


 燃える物ばかりある部屋でしたから、4~5人位しか、いませんでした。


 そのうちに「イヤー」という悲鳴が遠く、近く一斉に学校内に響きました。


 その死の声に誘われるように、はいずり廊下を見ると、校内に不気味な悪魔のような炎が…入ってきました。


 掛け図室から2メートルほど下がったところに、校庭はあり、かなりの高さです。それでも横に紅蓮の炎が流れた瞬間、とっさに校庭に逃げようとしたが、鍵がかかっていて窓が開きません。


「炎の第二段が来る、逃げられない」


 そう思い立つと、握っていた銃剣術の桧の木銃で網ガラスを破り2メートルほど下の校庭に飛びおりていたのです。




 【⑥ 立って逃げない】


 校庭に跳び降りた私は、立っている事が出来ないような、強い突風と火の海の中でとっさに、地面を這うように進む、ほふく前進で校庭から逃げました。


 後ろを見るとその破られた窓からは、一緒にいた人達が続いて降りてくるのを確認しましたが、その人達は立って逃げたので、炎に巻き込まれてしまいました。


 その紅蓮の炎は3階より吹き下ろして校庭を這い、そして、又、上の方に吹き上がり、屋上にまで達していきました。


 その炎に小さな子が吸い込まれました。その衝撃的な場面を私はただ、見ている事しかできなかったのです。


 悪魔の化身のような炎は人を吸い込みながら校庭を這いずり回っていました。


 その合間を抜くようにほふく前進で進みました。




【⑦ 頭部の装備】


 それからどの位の時が過ぎた頃なのか…。


 やっと校庭に隣接している公園の境にある側溝に辿りつき、そこで気を失ったのか気力が絶えたのか?それは、たとえようのない気持ちのよさ。何かウットリするような心持ちでした。


「シッカリしなさい。ズキンに火がついているよッ」


 と遠くからの声に変な眠りから覚め、ハッとして首に手を回すと、思わずアチッ!!と叫び、事態を察知しました。


 避難する前、父に言われ防空ズキンの上に鉄兜を被っていたので、まず鉄兜を脱いでからズキンを取ればよいのですが、慌てていたので鉄兜をそのまま取ろうとしていたのでした。


 首は熱くなる「何くそっ」と焦る内に冷静になり、鉄兜の紐をほどいてズキンも取り、後ろ半分が燃えてしまったものを捨てると、ホッとして立ち上り、勇気が出て来ました。


 防空頭巾の上に鉄兜をかぶっていなければ、死なずとも大やけどを負っていたでしょう。またしても父の一言が私を救ったのです。




 後ろを振り返ると、学校が黄や赤黒い紅蓮の炎に包まれ、大きな火だるまとなり煌々と空を染めていました。


 その中を飛行機の爆音とともに、炎の色に染まったB29の、巨大で鬼のような姿が映し出され、身体が奮えるほどの怒り、悲しみ、苦痛ありとあらゆる感情が入り乱れ「この野郎ッ」と私を叫ばせたと同時に、下の兄が久々に帰ってきて、父も母も嬉しそうだった夕飯の光景が思い出されました。


「家を出てから半日が経過しただろうか?いや、あれから何時間もたっていないはず。今の私がどうなっているのか?みんなは、どうしているのか?」


 不安が全身を覆い、自分が壊れてしまうのではないかと思いました。


 その不安と戦うように火の中に累々と遺体が散乱する中を、自宅に向かって歩きだしたのです。

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実話に基づいたストーリー 中島 世期 @seki2007

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