第2話 百合彼氏の条件

 ジュウっとフライパンで目玉焼きを焼く音が聞こえる。

 焼ける美味しそうな匂いと、加えて鼻歌も聴こえてくる。


「陽花梨のエプロン姿、すごい可愛いよね?」

「あ、あぁ……」


 そう言ったのは、俺の隣でテーブルの前に座る七瀬真琴ななせまこと

 ボーイッシュを思わせる王子様系の彼女は現在タンクトップ一枚を着ているだけの状態でブラはつけていない。

 大きいが故に先端が布地の上からぽちっと見えているが、本人は気にしていない様子だ。


 一方の内川陽花梨うちかわひかりは、袖丈が短めのTシャツを着ており、ちゃんとブラはしている。その上にエプロンをつけて新妻のように朝ご飯を作ってくれていた。

 見ているだけでもこちらまで幸せになってくるような気がする。


『石谷っ……石谷っ……石谷くんっ……石谷くんっ……』


 あわわわわわ…………。


 昨夜のことを思い出すだけで、下半身が反応してしまう。


 俺のような陰キャに起きた信じられない出来事。

 現在進行形ではあるが、俺は彼女たち二人の彼氏になったらしい。


 今日は土曜日のため、学校はないので朝はゆっくりしている。

 家に帰ることも忘れ、情事にのめり込んでしまったので、とりあえずは助かっているが、家族になんて説明しようか。


「はい、用意できたよ」

「陽花梨、今日もありがとう」


 コトンと料理の乗ったお皿やご飯などが置かれ朝食が始まった。


「うまい……」

「ほんと? 石谷くんの口に合って良かった」


 普通の家庭料理だが、美人が作ると何段階も美味しく感じるのはなぜだろう。

 キャンプなどで外で飯を食べるとうまい、みたいな環境的要因があるのかもしれない。


「——それにしても、石谷の石谷、思いの外大きくてびっくりしたなぁ。このウインナー何本分かな?」

「ちょっと真琴。ご飯の時はやめなさいよ」

「はは。だってまだお腹ジンジンするんだもん」

「それは私も同じだけど……」


 二人とも自分のお腹を抑えながら、何かを想像する。

 俺はそのことに口を出さずに黙々と食事をした。


 ちらりとベッドの方を見ると、まだ血がついたシーツが敷かれてあった。このあと洗濯するらしい……。


 それにしても昨日から風呂に入っていない。

 体もベタベタだし、歯も磨いてない。色々と気持ち悪い。


「石谷、これあんたの」

「え……俺の?」

「うん。色々必要だと思って事前準備しておいたから、次からうち来る時も何も持ってこなくても大丈夫だよ」


 と、七瀬が俺に渡したのは歯ブラシや髭剃りなどお泊まりセット一式が入ったポーチだった。

 確かに昨日もなぜゴムがあるのかと思ったが、俺が拒否してたらどうしてたんだよ……。


「とりあえず受け取っておく。シャワーもちょっと借りたいんだけどいい?」

「もちろんだよ。彼氏なんだから好きに使ってね」

「まだ現実感がない……」


 二人はいつも通りという感じに恥ずかしさも見せずに淡々と会話し、俺という異物を受け入れている。

 肝が据わりすぎだろ二人共。


「そうかな。ならちゃんと彼氏だってことわかってもらわないとね」

「そうだね、私たちの彼氏なんだから」

「……?」


 食事の後、シャワーだけで良いと言ったのだが、内川がわざわざ浴槽にお湯まで溜めてくれた。


 まずはざぶんと湯船に浸かると、めちゃちゃ気持ち良かった。

 一日振りだからか、体の汚れが全て落ちていくようだ。


「──失礼するね」

「は!?」


 そうリラックスしている時だった。

 前触れもなく突然浴室に内川が入ってきたのだ。


「私も〜っ」

「ええっ!?」


 加えて七瀬も突入してきた。

 二人とも裸でタオルで隠したりせず、まるっと全て見えてしまっている状態だった。


「現実感ないって言ってたでしょ? 彼氏じゃないと一緒にお風呂に入らないよね」

「ほらほら詰めて」

「ちょっ、えっ!? せまっ!?」


 そして、そのまま内川と七瀬が浴槽へと入ってきたのだ。

 どう考えても三人は狭いが、足を折り畳んでなんとか入った。

 しかしそのせいでせっかく溜めたお湯が流れていってしまう。


「ええと……」

「石谷って結構体ゴツゴツしてるよな〜」


 戸惑っている俺を後ろから包むようにして座っているのは七瀬だ。

 前後ともに柔らかい感触が俺の体を支配するなか、背中をつーっと指でなぞりながらそんなことを言う。


「昨日何度も見たのに、まだ気になる?」

「いや、ごめん……っ」

「だーめ。目塞いだら見えないよ」


 俺の前にいた内川の綺麗でたわわな胸が目に入り、手で自分の目を隠すも彼女に手を掴まれ外されてしまう。


「ぁ…………」


 そのまま俺の手は内川自身の胸へと誘導され、掴ませられてしまった。


「ふふ。触り心地はどうですか?」

「さ、最高です」


 俺は昨日今日死ぬのかもしれない。

 それほどの体験を一日でしてしまっている。


「あ、そう言えば、なんで石谷くんが良いかなって思った話、まだしてなかったね」

「そういやそうだね。じゃあ少しだけ話すか」


 俺がずっと気になっていたこと、それはこんなに美形な彼女たち二人が、なぜ俺を選んだのかということ。



 ◇ ◇ ◇



「まずは条件が二つあったの。その条件の一つ目が、女性同士の付き合いを差別なく見てくれる人。だからその情報をもたらしてくれた草尾さんには感謝してるの」

「複雑だ……」


 七瀬が先に髪と体を洗っている間、二人きりになった浴槽で内川が説明してくれた。


 草尾は俺にいつも突っかかってくる腐女子だ。

 でもあいつがいなければ今俺はここにいないと思うと変な感じだ。


「そして二つ目。言い方は悪いけど校内であまり目立たない人。遊んでる感じの人とかモテる人だとかは友達に言ってしまいそうなイメージだから」

「こっちの方が複雑なんだが」


 確かに陰キャでモテもしないのだが、面と向かって言われるとね……。

 でも、普通好きでもない人とあそこまでできるか……?


「ふふ……色々考えてるね」


 にたーっとした笑顔を向ける内川。

 長い髪をタオルでまとめている彼女は、それだけで可愛い。


「それだけでやれることじゃないだろうって思って」

「うん。さっき言った条件は最低限の条件だから。もちろん他にもあったよ。石谷くんはもう覚えていないかもしれないけどね」

「え……」


 どこか物憂げな表情をしはじめた内川は、視線を天井に向けた。


「あれは一年生の学園祭の時だったかな。出し物が『執事喫茶』と『フォトスポット』の二つ出すことになったけど『フォトスポット』のリーダー、誰もやりたがらなかったのに、石谷くんが最後手を挙げてくれたよね」

「そんなこともあったっけ」


 あの時、面倒くさがって誰も手を挙げなかったことで、かなり時間を無駄にしていた。

 時間制限もあったため、しょうがなく俺が手を挙げたのだ。


 『フォトスポット』とは、所謂映える写真を撮ってもらうための大型アート。

 赤レンガにある翼とか、顔ハメして撮ったりするアレだ。


 これは『執事喫茶』集客のために教室外の壁に貼る『フォトスポット』だったのだが、七瀬の男装がハマりすぎていて『フォトスポット』が必要ないくらいだった。

 しかし、途中から執事たちとのツーショットが撮れるというチケットを売り出し、『フォトスポット』の前でツーショットを撮ってお金を取ることもし始めたため、さらに繁盛したのだった。


 そういうアート系は俺の妹が特に得意だったので、妹の意見を聞きながら進めたのだ。ちなみに妹は一歳年下の一年で、同じ高校に通っている。


「皆嫌がっていたことを、しょうがないと思っていても手を挙げられたこと、すごいと思うよ」

「よく見てるんだな」

「私、趣味人間観察だから」

「へ、へ〜」


 変な趣味をお持ちで……。


「それに、石谷くって、原石だと思うんだ」

「なにそれ——ぇ」


 するとお湯で濡れた手で俺の髪をそのまま両手でかき上げた内川。

 オールバックの状態になった。


「前髪上げたら、ちょっとだけカッコいいと思う」

「それはないだろ。俺は両親の悪いところだけを遺伝して、妹は良いところだけを遺伝したんだから」

「卑屈だなあ。でも、髪型変えるだけで、少しはイケメンになると思う」

「イケメンは嫌なんじゃなかったのか」

「元がイケメンじゃないから大丈夫」


 ストレート過ぎる意見というのは、無自覚に人を傷つける。

 俺はイケメンではないが、イケメンじゃないと言われると普通に傷つくだろう。


「私は可愛いって思うけどな」


 すると髪と体を洗い終わった七瀬が会話に加わる。


「身長もそれほど高くないし、私とそんな変わらないけど、さっき後ろから包んだ

感じとか、落ち着くなーって思ったぞ」

「それって弟みたいってことじゃなくて?」

「近いかも知れないけど、弟とえっちなことはしないよ」

「まあ……」


 イケメンと可愛さ両方を持ち合わせる七瀬。

 男の俺でも彼女のことをたまにカッコいいと思ってしまうほど、魅力的な人物だ。

 その七瀬にそう言われるのは素直に嬉しい。


「私たちのことは、これから好きになって言ってくれれば良い。私たちもこれからどんどん石谷くんのこと知って好きになるから」

「そうそう。あんま深く考えなくて良いよ」


 内川が言う。

 七瀬がそれに付け加えた。


「うん……でも、二人の間に男が入って、本当に良かったのか?」


 この話はまだしていなかった。

 女性が好きなら二人だけの関係で良いはずなのに。


「昨日でわかったかと思うけど、私たちはもう二人で色々経験してるんだ。けど、本物を知らない。だから男の子との気持ちよさも知りたかったの」

「不純だな」

「恋愛なんて、不純が混ざってこそでしょ? どのカップルだってえっちなことはしてるんだから」

「そんなもんか」

「そんなもんよ」


 二人は微笑み、それにつられて俺も笑った。


 雰囲気が良い。この二人はどこまでも雰囲気が良かった。

 互いを信頼し、甘くとろけて、通じ合う。


 この間に本当に俺が入って良いのかというくらい、穏やかな関係だった。

 見ていて本当に気持ちの良い二人だ……。


「じゃあ早く二人とも頭と体洗いなよ。まだ朝の八時だよ?」

「ん……? それは洗うけど」

「時間は有り余ってるんだから二回戦、行くよ」

「二回戦……なんのこ——んっ!?」


 浴槽にいた俺に近づき、顎を掴まれるとイケメンの口づけをされた。

 七瀬が文字通り口で俺を黙らせた。


「——勃った?」

「……最初から勃ってる……」

「じゃあ早く洗いなよ。シーツ交換して待ってるから」


 そう言い残し、七瀬は先に風呂から上がっていった。


「真琴は行動までイケメンなんだから……」

「いや……マジで男よりイケメンじゃん」

「なのに夜のことになると、あんなに可愛いんだもん」

「あ、はは……」


 逆に内川は夜のことになると、獣のように激しかった。

 七瀬はあの顔を持ちながら、一番エロく可愛い顔をして、一番女の子らしく感じていた。


 正直、この二人のギャップは、下半身にくるものがあった。


 俺と内川は互いに髪と体をさっさと洗って風呂から上がり、髪を乾かしてから綺麗にされたベッドへと再び入った。


 結局そのあと、俺たちは二度風呂に入ることになった。



 俺が自分の家に帰宅したのは十二時を過ぎた頃だった。

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百合に棒はいらない〜百合好き男子が百合カップルに百合に挟まる彼氏にされた話〜 藤白ぺるか @yumiyax

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