百合に棒はいらない〜百合好き男子が百合カップルに百合に挟まる彼氏にされた話〜

藤白ぺるか

第1話 百合に挟まる彼氏

 俺——石谷優利いしやゆうりは、健全な男子高校生だ。


 勉強もするし、ゲームもするし漫画も読む。

 スポーツはあまりしないが、どこにでもいる学生には変わりないだろう。


 しかし!


 俺にはちょっとした趣味がある。

 いや、趣向といった方が良いだろうか。


 それは——、



『ひーかりっ。今日も髪すべすべだね』

『いきなり何よもう……真琴だって髪すべすべじゃない』


 この教室には二人の美形がいる。——否、特に美形な二人だ。


 一人は短めの髪に身長が高く、出る所は出ているモデル体型の七瀬真琴ななせまこと

 女子からの人気もすごい王子様系美少女だ。


 そしてもう一人は長い髪にお洒落で甘い雰囲気を持つ内川陽花梨うちかわひかり

 彼女は逆に男子生徒からかなりモテる正統派美少女。


 後方の俺の席から見えたのは、黒板に近い席にいた真琴が陽花梨に後ろから抱きつき、仲よさげに話している様子だ。


『陽花梨には叶わないよ。だって、髪だけじゃなくて顔もこんなに可愛いんだから』

『言い過ぎ。真琴なんて女子の皆からモテてる王子様のくせに……私のことなんか二の次なんだから』

『拗ねるなよ〜。可愛い陽花梨め』


 体を接触させながら愛を確かめ合う二人。

 ここは教室だが、いざ誰もいない場所に二人きりになると、教室では見られない激しい絡み合いを——。


『真琴っ……陽花梨っ……真琴っ……陽花梨っ……』


「————」


 端的に言えば、今の言葉は全て俺の妄想である。

 二人が絡み合う様子を見て、勝手にアテレコしているのだ。


 やっぱり百合は最高だぜ……!


 そう、この俺石谷優利の趣味とは"百合観察"である。

 実際に観察している相手は百合なのかはわからないが、女性同士の触れ合いが大好きなのだ。


 もちろん百合好きのため、日頃から百合作品のアニメや漫画、ラノベなどは欠かせない。


 しかしそんな二次元に身をおいていた俺にも転機が訪れた。

 それは七瀬真琴と内川陽花梨の存在。


 内川は元々中学が同じだった。

 昔から知っている存在ではあったが、高校に上がってから七瀬と同じクラスになった結果、七瀬から内川に絡むようになり、今のように教室でもくっついたりする様子が目につくようになった。


 しかし最初からこうだったわけではない。

 変わったのは二年生に上がってからだ。

 俺は一年生の最後に二人の間に何かあったのではないかと思っている。


 突然二人の距離が近づき、互いにまんざらではない様子で絡み合っている。


 ——絶対に付き合っている。


 俺はそう踏んで、彼女らを観察しているのだ。


 それからというもの、俺は彼女らが絡み合っている様子を見ながらアテレコして楽しんでいるのである。


「ぬふふ……」


 キモい笑いが漏れてしまった。


「あんたって本当にキモいわね。これだから百合厨は」


 突然隣の席から話しかけられた。

 目が見えないほどの重たい前髪を持つ女子生徒、草尾英瑠くさおえるだ。


「腐ったやつに言われたくないね。おえっ」


 草尾はBL好きな女子生徒だ。俺とは正反対の趣味を持っている。


 ジャンル的に近しいからか、いつの間にか俺の百合好きを見抜かれていた。

 面倒なことに自分のBL趣味まで暴露してきた腐女子。


 それからというもの、こいつとは喧嘩ばかりだ。


「今日は石谷と誰をカップリングさせてやろうかな……」

「やめろ気持ち悪い! せめてクラスメイト以外にしろ!」


 妄想とは頭の中だけでするから妄想なのだ。

 それをひけらかすとは愚の骨頂である。だから俺はこいつが嫌いなのだ。


「それなら、私に対する態度を改めるべ——」

「なんだ。最後まで言えよ」

「いや……そ、そうじゃなくて……前」

「ん、前……うぇい!?」


 草尾に言われ前を向くと、俺の目の前にいたのは、あの王子様系美少女の七瀬真琴だった。


「なな、何の用だ七瀬……」


 俺の最推しカップルの片割れが目の前にいる。

 美形過ぎて少し緊張してしまう……。


「……石谷、だったよね? 放課後、ちょっと顔貸してくれるか?」

「……え? 顔を貸す?」

「そう。じゃあまた後でね」

「は……は……え?」


 イケメンの男子よりイケメン。

 なのに近づくととんでもなく良い匂いがする七瀬。

 さすが百合の女王なだけはある。


「おい石谷。お前何したんだよ……」

「俺は何もしてない! したことと言えば……」


 百合妄想だけ。それに直接話したことなんて今までなかったのに、なぜ……。

 草尾に問い詰められるも全く心当たりがなかった。


 自分の席へと戻っていく七瀬の背中を見る。

 すると七瀬の近くにいた内川がこちらを見て軽く微笑んだ。


 ——え?


 意味がわからない。


 内川だって、中学は一緒だったがほとんど会話したことがない。

 そのはずなのに、七瀬だけでなく内川も用があるということだろうか。



 ◇◇◇



 ——放課後。


「そろそろどこに向かうか教えてくれても……」


 俺は七瀬と内川に連れられ、どこかに向かっていた。


「そんなに気になる? でもすぐにわかるから」

「内川くん……話したのは久しぶりだね」


 美形過ぎて直視できない。

 内川とも久しぶりに話すのに、全然気にしていない様子だし……。


 それからさらに数分歩くと、とある場所に到着した。


「——はい、ここでーす」

「ここ、どこ……?」


 その場所とは、住宅街に佇むマンションの一室だった。

 しかし、ここがどこなのかまだわかっていなかった。


「ここね、私の家なんだ。実は一人暮らししていて」

「ふむふむ……え!? 内川の!?」

「私の実家、少し前に引っ越したんだ。でもそれだと高校が遠すぎるからってことで、一人暮らしを許してもらったの」


 正直理由はどうでも良いが。

 なぜ俺をここに……。


「ちょっと陽花梨。私のじゃなくて、私たちの、でしょ」

「真琴……石谷くんの前で恥ずかしいよ……」

「——へ?」


 頭が混乱した。


「石谷。お前だから言うけど、私たち実は付き合ってるんだ」

「はい!?」


 七瀬が内川を抱き寄せ、ぎゅっとして交際していることを暴露する。

 内川は恥ずかしそうな顔をしていて、その表情は真実に思えた。


 と、いうことはだ。


 ——俺の妄想は合っていたぁぁぁぁ!?


 今まで何度もアテレコしていたほど妄想してきた二人の関係。

 それが本当だったと知り、俺は興奮した。


「とりあえず中に入ろう。話はそれから」


 七瀬に言われ、俺は内川が暮らしている家に入ることにした。






「——さっき真琴が変なこと言ったけど、正確には半同棲って感じなの。真琴は実家があるから、たまに泊まりに来てるんだ」

「ああ、そういう……」


 でも二人が付き合っていることは事実ということ。

 俺は興奮が抑えられなかった。


 しかし、次の言葉で俺はここに呼ばれたことを理解することになる。


「それでな石谷。お前に……お前にしかできない頼みがあるんだ」


 七瀬が内川の手を握りながら少しだけ神妙な雰囲気になる。




「——私たちの彼氏になってくれないか?」




 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


「はぁぁぁぁぁぁ!?」

「まあ、そういう反応になるとわかっていたけど……」


 驚きで叫んでしまった。

 俺は陰キャだし教室でも目立っていないはず。それなのに選ばれる意味が本当にわからない。


 それに非常に重要な問題がある。


「俺は百合に挟まる男が嫌いなんだ! だから彼氏になることなんてできない!」


 そう高らかに宣言した。

 これは俺が誰かの彼氏になるより重要なことだ。


「聞いていた通りだね……ふふ」

「そうだな」


 内川が笑い、それに七瀬が同意する。

 え、どういうこと?


「男子は知らないだろうけど、女子の間じゃ石谷くんが百合好きだって有名なんだよ」

「ななっ! なんだそれ!」

「草尾さんがね、女子に言いふらしていたから」

「あんのガキャアアアアア!!」


 これじゃあ今後ゆっくりと教室内で百合観察できないじゃないか。


 そう言えば最近感じていたんだ。女子から送られる変な目線に。

 あれは草尾のせいだったのか。クソ……あの腐れ外道!


「百合が好き、なんでしょ?」

「それはそうだけど……」

「なら、私たちが色々してるところ、見たくない?」

「——え?」


 内川がそう言うと、なぜか七瀬に近づいていく。

 七瀬の顔が少し赤くなり、いつもの王子様っぽい雰囲気がなくなっていくのがわかる。


 そして——、


「んっ……んちゅ……はぁ……んっ……んんっ……」


 濃厚なキスをし始めたのだ。


 しかも積極的にキスをしているのはどちらかと言えば普段は落ち着いている内川。

 一方の七瀬は内川の舌を受け入れ、恍惚な表情をしていた。


 ——立場の逆転!


 普段は男らしく振る舞っている女子が実は受けで、逆に普段はクールでおとなしな女子が責め。

 周囲に思われている関係とは真逆の絡み合いが二人きりの空間では行われていたのだ。


 俺は興奮しながらその様子を見ながらゴクリと息を呑んだ。


「ぷ、はぁ…………」


 美しい顔を持つ二人の唇が離れ、そこから唾液の糸がたらりと落ちていった。


「——私たち二人の彼氏になってくれるなら、これからこういうこといくらでも見せてあげるけど、どうする?」


 じゅるりと口から漏れた七瀬の唾液を舌なめずりして舐め取った内川が、俺に向かってそう言った。


「これから、間近でこれを見れる……?」


 あまりにも最高な提案だった。

 俺の妄想が目の前で見れること。わざわざアテレコしなくても"本物の百合"の絡み合いが見れるのだ。


 しかし、百合挟まる男など言語道断。だから俺は絶対に断る選択肢しかないのだ。

 言ってやれ石谷優利。お前は百合好きの男代表として、ズバッと言ってやるんだ。


「——はい、お願いします」


 だぁぁぁぁぁ!?

 俺は何言ってるんだ!


 百合の絡みを目の前で見られることと百合に挟まる男子を許せないこと。

 そんなこと天秤にかけるまでもないのに。


「——ふう。良かった。石谷なら受け入れてくれると思ってたよ」

「そうだね。私もそう思ってた」

「あはは……」


 安堵したように胸を撫で下ろした二人。

 俺は苦笑いすることしかできなかった。


「石谷くんを選んだ理由、実は他にもあるけど、今は良いよね」

「じゃあ、始めるか——」

「な、何を——」


 するとなぜか七瀬と内川が俺に近づいてきて、そのまま——、


「ん…………」


 は?


「じゃあ次は私——ん……………」


 は?


 交互に柔らかな感触を唇に得た。

 生涯無縁だと思っていたことをされた俺は、その場で固まってしまい、状況を理解できずにいた。


「私たちの彼氏なんだから、わかるよね」

「ほら、あっちに行こう——」

「ぁ……ぇ…………」


 キスされたあと、そのまま二人に手を引かれた。

 向かった先はベッドだった。


 信じられないほどの柔らかな感触に脳を焼かれ、よくわからないうちにベッドの上に誘導され、二人に制服を脱がされていった。


 同様に、二人も自分の制服に手をかけ、そして——。






 ——チュンチュン。


 

 すずめの鳴き声がする。

 カーテンの隙間から漏れる朝日が眩しい。


「んん…………」

「ん、ん…………」


 二つの声が聞こえた。


「ひゃう!?」


 左右にはこの世のものとは思えない美しい顔が二つあった。

 その下には何も纏っておらずシミ一つない綺麗な肌がばっちりと見えていた。


「石谷……おはよ」

「石谷くん——おはよう」


 百合カップルが朝の挨拶をした。


 つまり、こういうことだ。


 俺は百合カップルに挟まれる彼氏になってしまい、百合カップルの棒として、彼女たちと一夜を過ごしてしまった。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 冷静になり、全てを理解する。

 信じられない状況に、俺はただ叫ぶことしかできなかった。





===============

<あとがき>


お読みいただきありがとうございます。

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