年末スーパーマーケット

倉沢トモエ

年末スーパーマーケット

 お正月用のお餅と飾りで華やかなスーパーマーケット。

 明日の大晦日を前に、買い出しのお客の波は、お昼過ぎにすこし引いた。


 台車に積まれたみかんの箱が、すいすいと進んでいた。

 お客たちの間を器用に縫って。

 けれど台車を押している店員の姿が見えない。そういうロボットの台車なのかしら。

 果物売り場の前で、すっと止まった。


「うっす」


 頭にタオルを巻いたアルバイトの男の子が売り場にみかんの箱を降ろし始めた。

 そのあとで、積まれた箱のかげからトテトテと小さな姿が離れて行った。

 うす茶色のおさるのぬいぐるみ。

 まさか、あんな小さな着ぐるみが重たい台車を押してきたのだろうか。

 けれど忙しいお客たちは誰も気にしていなかった。家に戻れば年越しの支度が山積みだ。


「ママ」


 冷凍食品売場前で若い母親は、はぐれた我が子が小さい着ぐるみに手を引かれて戻ってきたことにほっとした。


「ミサキ」


 おさるの着ぐるみが、ぺこり、とお辞儀をして、両手を振りながら離れていく。


「ばいばーい」

「ありがとうございました」

「タヌキさん、ばいばーい」

「おさるさんでしょ?」


 いつもバナナ売り場にいる。


「ううん、タヌキさん。ばいばーい」


 母親は首をかしげながら、しっかりと手をつないでレジに向かって行った。


   ◆


「おつかれっす」


 頭にタオルを巻いた男の子が、休憩室でおさるの着ぐるみに挨拶した。


「ポン太さん、それ、自分縫いますよ?」


 小さなおさるの着ぐるみのつま先。

 よく見れば穴があいて、肉球のある足のつま先がぴょこんとのぞいている。


「ああっ!」


 おさるの着ぐるみは、顔の部分を外して声をあげた。

 中から慌てた子ダヌキがあらわれた。


「このせいで、さっき秘密がわかってしまったのです!」

「そうっすねえ。だから縫いましょう」


 ここのスーパーの店員には、子ダヌキが一匹いる。


「たいせつな休憩時間なのに……」


 涙ぐんでいるので、いいやつのようだ。


 どうして子ダヌキが働いているのか。

 どうして誰もそれについて何も言わないのか。年末年始の人手不足で忙しいからか。

 昨日入ったばかりの短期アルバイトである男の子にはわからなかったが、ひとつだけわかった。


 子ダヌキは、化けられないらしい。

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年末スーパーマーケット 倉沢トモエ @kisaragi_01

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