第2話 生まれた姿

 赤ずきんにくっついてる部分はあったかいのに、なんだかスースーするなぁ、なんか寒いなぁと思って寝返りをうとうとしたら、ころりんとテントの外へと転がりでたのが爽やかな森の朝の目覚めである。


 そして朝の気温というには異様に涼しい。というか肌寒いなと思ったら……これである。


「???」


 狼の毛皮どこいったの。

 私の体はつるつるのお肌がむき出しになっている。毛のない自分の生肌なまはだってなんか、毛皮はがれたみたいな気がして気色が悪い。もともと人間だったはずなのに、微妙にショックである。

 しかも、こんな森のまっただなかで、服を着ていないというのも非現実的すぎ。狼の姿も生まれたままの姿といえばそうだけど、人間の体で真っ裸って、初対面としてはマイナスでは。人としてやばい感じしかしない。


 昨日、人間として会えたら赤ずきんとお友達になれたのかなとか、うとうとしながら思ったりもしたけど、こんな真っ裸な姿で隣に寝ていたら、友達になんてなれないと思う。やだぁ。


 どこか身を隠す場所はないものか。ありませんね。

 せめて何か身を隠すものを。至急早急にいますぐ! 誰か! って人前にさらせる姿じゃないよ。誰も出てこないで!


 このあたりは木々の背が高いうえに、短い葉っぱばかりをつけている。南国風の腰巻にできそうな長い葉とかなかった。ちょっと大きい葉っぱといえば、じっとり湿った土の上に這うように生えているシダ植物ばっかりで、肌に直接つける気にはならない。


「――――」


 やだどうしよう。

 簡易テントの内側から赤ずきんの息遣いがもれてくるのが聞こえて、時間がないのをさとる。裸体をさらすなんて無理。とりあえず繁みにでも身を隠さないと。


 でも日があたりが悪いせいか、目につく範囲にはなかった。私は駆けだした。久しぶりに動かす人の足はぜんぜんうまく動かない。走るにはモタモタして今にももつれて転びそうだった。スピードも出ないし、狼の方がいい。そう思ってると、慣れてきたのかスピードがぐんとあがった。


「――――」


 背後から追いかけるように赤ずきんの声がかけられた気がするが、耳に届くには、その声はとても遠かった。距離があったなら、朝日が上がったばかりの森では、はっきり裸を見られてないかもしれないとちょっと期待しつつ、私は少し背の高い繁みを飛び越えた。


 その繁みの向こうには、泉があった。


 あれ?

 こんなに近いところにあったっけ? 赤ずきんに見せたいと思っていたとてもきれいな泉。もっと森の奥だと思っていた。


 ここは、私が目覚めて以来しばらくここを寝床にしていた泉だった。いわばスタート地点で、ホームみたいな感じだ。馴染みのある場所へやってきて、心底ほっとした。


 泉のそばには赤い野イチゴのような実のなっている低木があり、鬱蒼とした森の中でここは空が開いていて見晴らしもいい。日に当たってふわふわと生えそろった草が広がり、安心できる隠れ場所だった。

 安心したら、喉が乾いてるのに気が付いた。かつてないくらい走ったもんね。喉も乾くよね。

 吸い寄せられるように私は泉の水を飲みに寄っていった。

 冷たく透明な水を舌で巻き上げるようにして飲む。ペロペロとピチャピチャと音が響く。


 ふう。

 一息ついて、泉を見下ろすと、透明な水面にゆらりと自分の姿が映って、眼をみはった。

 私は狼の姿をしていた。


 狼???

 人間の姿だったから逃げ出したのに、狼なら走る意味なかった。どういうこと?

 おかしいな、赤ずきんのところで目を覚ましたときは確かに人の姿(真っ裸)をしていたはずだ。盛大に寝ぼけてたとか?

 

 ううん。あの時に感じた肌寒さ、湿り気を帯びた朝の空気は、たしかに人の肌で感じたものだったし。


 でも。だったらどうして、今、人の姿から狼の姿に変わっているのだろうか。

 私にはよくわからない。

 私は人なのか、狼なのか。どっちにもなれるというのか。


 ただわかっているのは、残してきた赤ずきんがどうしているか。美少女一人残してきてしまって、大変に心配である。


 耳をそばだてて遠くの音を聞くように、目を凝らして遠くを見つめるように、私は森の気配を探った。


 森のはしっこに、赤ずきんらしい気配が一人きり、ぽつりとある。

 やっぱりけっこう距離が離れてるように思える。


 人と違って、狼の足が早くて、ひとっとびということ? 

 まあ、なんでもいいや、まだ昨日の不審人物たちとの接触はしていないみたい。今のうちに彼女のそばに戻りたかった。


 私は獣の四肢でかけだした。

 赤ずきんのもとへ戻るのも、あっという間だった。人間として走るよりはずっと早いけど、でも特別スピードが早かったという感じはしなかった。

 私が行きたいと願う場所へ、森の林や、木々がひらけていく。そんな感じだった。




 木々の間を抜けて出ると、眼前に現れたのは人工物。古い家屋が木々に埋もれていた。

 そばには大きな樹が一本立っている。


 その木に沿うように、長いとんがり屋根の家がこじんまりと建ち、井戸のある中庭をはさんで大きな物置みたいなのがあったが、空っぽだった。

 家の外周りには、杭のような、削られて加工されたとわかる棒が何本も地面に突き刺さった不自然な草むらがあったりして、廃墟だが人の住んでいた名残をしっかり感じる。


 さて、赤ずきんはどこだろう。

 キョロキョロしていると、家の中から音がした。


 さっきから知っている匂いがあたりに漂っているのに気が付いていた。

 森の中を走っていたときは感じなかったけど、狼も犬と同じみたいで鼻がきくみたいだ。

 匂いがまるで足跡のように本体へとつづく、糸のようにながく後を引いている。

 匂いは家の中の方が濃い。


 廃墟といったが、家自体は古びて草木に埋もれているものの、雨風にさらされて壊れているところはなさそうだった。


 玄関の扉は閉まっていて、狼の私には入れない。仕方ないから、他の出入口を探そうと、家の側面へ回ると、ぱかっと窓が開いていた。ゴソゴソとなにやら音もしている。


 私はヒョイっと窓枠に飛び掛かった。そこから中を観察する。


「――――」


 少し埃っぽい室内には、赤ずきんがいて私に何か呼びかけた。嬉しそうな笑顔に私も嬉しくなる。

 うわ。笑顔かわいい。心配してくれたのかな。してくれたんだよね。言葉は通じないけれど、私を心配してくれてる気持ちは伝わってくる。

 ごめんね、心配かけて。

 でも裸だったし、緊急事態だったの。


 何もない床を見定めて、かなり埃っぽい家の中に降り立つ。足跡がポテポテとついた。砂っぽい感触が嫌で思わず後ろ足をふる。でもどこに足をおろしても、結局埃にまみれていく。


 赤ずきんが笑った。

 私は、赤ずきんの足元に鼻先をこすりつけて甘えると、優しく撫でてもらう。しっぽが大きく振れて埃が舞った。ごめん。


 赤ずきんはこの家に住めるように片づけていた。こじんまりとした家の中には、わりと最近まで人が住んでいた感じがする。新しい家具というわけではないけど、廃墟というにはまだ十分手入れされた木製の家具がいくつも備わっていた。


 ベッドも、テーブルも椅子も、少し整えたら使えそうな感じがする。大きな釜戸に、揺れる椅子。絵本で見た童話の世界みたい。森に住むおばあちゃんの家へたずねて行く話とかあった気がする。あんな感じだなぁ。


 赤ずきんは働き者で意外と力持ちだ。椅子を外に運んだり、掃除の準備をしている。狼の私ではどうしようもない。力になれなくてごめんね。

 人間になれたら、戦力になると思うんだけど。

 また裸になったら困るし、どうやって人間になるのか方法もわからないから、邪魔をしないようにと思ってたのに、いたずらに肉球スタンプを床に押しまくっていただけだった。


 狼の姿では何もできないし。どうしようかな。

 そう思ってると、赤ずきんが私に話しかけた。


「――――」


 窓も扉も全部あけ放たれ、手には箒を持ち出している。一目見て一瞬でよぎった嫌な予感に私はビュンと家から飛び出した。


 もわっとかび臭い埃が開け放たれた扉から出てくるのを、外の庭にたたずみ、私は眺めていた。


 ゴミは外へ掃き出すしかない。掃除機みたいに埃を吸い込むものなんてないものね。


 掃除の邪魔にしかならないし、中にはいられない。私は何かできることはないかと今度は庭先をウロウロする。

 そういえば、この家のすぐ近くに小さな気配を感じていたのだった。


 ふといいことを思いつく、私ができる数少ないこと。

 気配を殺してそちらへ集中すると、気配を消して木立の中の匂いをたどる。



 うさぎを仕留めて帰ると、赤ずきんには喜ばれた。

 夕飯はうさぎのシチューになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月11日 07:00
2025年1月12日 07:00

ある日、森の中で狼になった私は赤ずきんと出会った。 海月 @deepseacafe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画