3。予報、しんしんと降っていたようです。
『雪、降ってきた~。これは積もる♡』
あと1時間で終わるなー、ってスマホをのぞくと
やっぱり、降ったか~…
なんとなく冷えてきたと感じていた。“底冷え”ってこういうことを言うのかな?部屋の中は頭がぼーっとするくらい暖房がきいているのだが、休憩時間になると少し喚起をする。その時に部屋に入り込む空気がやけにひんやりしているなと思っていた。窓はあるが、外の風景は見えないため雪が降っているかどうかなどわからなかった。
私は寒いのはちょっと苦手だ。手が冷たくなって、足が冷たくなって、気持ちも冷えてきて…。
「
後ろからの呼びかけにくるりと振り返る。そこにはまた、
「雪、降ってるみたいだぞ」
「うん、知ってる」
「お前、手袋、持ってきてる?」
「え?うん、ない」
「は?そこは“うん、ある”だろ」
「ないもん…」
「……」
栄、ポケットから手袋を出すと、私の方へ差し出した。
「え」
「俺、二つ持ってんだよ」
「え、なんで?」
「部活でさ、使うんだ。だから部活用と普段用。明日返してくれたらいいからさ」
「え…いいの?」
「いいよ。ほら」
「……ありがと」
受け取った手袋はグレイの少し厚手のもので、男性用だからなのか、少し大きめだった。雪の結晶の柄は白い糸で編まれている様だった。
自分ちの家の匂いと違う香りがする。それは少しどきっとする要素だった。
「……途中まで送るよ」
「え?」
「送る。雪降ったから、送る」
私の返事を待つわけでもなく、自分の席に戻った栄。
雪が降ったから送る…?
それって、よくわからないロジックだけれど、どういうことなのかを聞く前に会話が終了してしまった。
私は手元の手袋を握りしめて呆然としてしまった。
塾が終わって、外に出たときには雪はやんでいた。
目の前の道路を走る車が雪を踏み固め、車道はすでに灰色となっていた。歩道もあしあとが結構あって、さらに上から塾生たちが踏み固めていく。雪はこの車通りの中、結構降った様子だった。車道の両脇にある固められた雪と、誰かが歩くたびに“シャクシャク”なる足元は、うっすらと降って消えていっただけならこうはならなかっただろうと感じた。テレビで見る雪国のようなことはないが、空気はとても冷たかった。
「
「ええ?なんで?」
隣を歩く栄が私に問いかけた。
「雪、好きそうじゃね?あいつ」
「そうね、好きみたい。でも、雪が降って、一面、真っ白になってるのが良いみたい」
栄に借りた手袋が温かい。肩にかけたトートバックが落ちてこないように、そっと手をかける。指先まで指が届いてないから、ふにゃりと曲がってちょっと不格好に見える。
「真っ白か…。わかるけどね。小学校の時とか雪が降ったら校庭で雪合戦してさ」
「あー…、確かにしたかも。めったに積もらないからって休み時間延長して」
「そうそう。雪がとけたら濡れるしさ、服も靴もびっちゃびちゃでさ、“風邪ひくから体操服に着替えなさい”とかって言われて」
「そう!靴とかは替えがないからさ、帰る頃になっても乾いてなくて、冷たくて“ひゃーっ”とかって、玄関でみんな騒いでた」
「靴下も濡れてるから、結局、帰るまで冷たいままなんだよな。懐かし」
「だね、もうすごく昔のことみたい」
栄とは小学校が違う。だけど、やってたことは変わらなかったみたいだ。雪が降ることが多い地域なら、雪への対処法もちゃんとしているのかもしれないが、私たちの住んでいる地域は、雪が降ることは稀であった。
ちょうどクリスマスシーズンになると訪れるその気象は、子どもの頃はドキドキの対象だったように思う。
シャクシャクと鳴る足元を気にしながら、歩く。
転ぶことを警戒しながら歩くため、なかなかいつも通りに進めていない。時々、栄がこちらをちらちら窺っているいるのが分かる。
「栄、気にせず先に帰っていいよ」
「は?何、急に」
「いや…、私、いつも以上に遅いからさ。栄、帰るの遅くなっちゃうよ」
「大丈夫だよ。気にすんな」
気にしますけど…
隣をシャクシャク歩いている栄は、こんな風に気遣ってくれる人だったか?ときどき話題を提供してくれながら、車道側を歩いてくれて、歩幅を合わせてくれて…。
最初はそんな風に考えなかったのだけれど、横に並んで、“シャクシャク”と音を鳴らしながら、靴を濡らしながら、2人で同じ方向に歩いている時間が、この風景と同化し始めていた。
車通りが少なくなってくると、自分たちの住む住宅街の街灯がちらほらと見え始めた。
「わあ…、あっという間に着いた」
「だな。一緒だとあっという間だったな」
一緒…
今までだと気にならなかった単語がクローズアップされる。
いつも通っている通学路が、少し違って見える。
それは朝の通学時間帯じゃないから?
それは雪が降った後だったから?
それは手袋をしていたから?
それは…隣に――――
「あのさ、ちょっと公園寄ってかない?」
「え?」
「もしかしたらさ、真っ白かもしれないじゃん、公園」
「真っ白…」
「うん」
そうして、
私は栄と二人でここにいる。
彼の言葉は私の胸に静かに積もる。
「俺、おまえのこと、好きだ」
白く、柔らかく、ひんやりと。 なかばの @Nakabano-23
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