第2話 冬の港町の早朝

 椿の花が咲き誇り、白い雪が積もる季節。手足から寒さが伝わり、身体の芯まで冷えてしまう。震わせながら、離宮の裏口から出る。太陽が昇る前に出ないと、見張りに見つかってしまうから、更に寒さが増している。雪を踏む音をできる限り小さくし、足跡を残さないように最大限努力をする。


「寒い」


 庶民に似た何も染まっていない、獣の皮で作った羽織を被せる。その薄さに驚愕をしつつ、懐に温めた石を入れ、どうにか身体を温める。離宮の正門にある大きい道を使わない。できる限り、細い道を使う。碁盤に似た都の町と異なり、ここは数百年以上の歴史により複雑と化していることが分かる。何度も支配する民族が変わったからだ。


時間は少々かかる。それでも屋台を配置できる大通りに到着する。太陽が出ておらず、寒いはずなのに、屋台の主は準備に取り掛かっていた。商売のためなら、寒さは関係ないのだろう。その精神を我々は見習う必要がある。


「おいおい。まだ早いぞ」


 その中にいる髭を生やしている、中年の男から話しかけられた。中に羊毛を入れた、包まれるような服装に、硬めの鍔のない特徴的な帽子はここから北方にあるカヤッカ草原の放牧民だ。やや訛りがあるものの、聞き取りは出来る。丁度いいので、この男に聞くことにする。


「すまないな。少し聞きたいことがあるが……問題ないか」

「なんというか……お前、よそから来たか」


 訝しげに見られてしまった。普通の民と変わらない格好をしてきたにも関わらず。


「ええ。遠いところからやって来た身でな。ある商売人の手伝いをしている」

「ほお。その割に高貴な空気が溢れている。相当なお方に仕えているとお見受けした」


 鋭い中年の男の指摘に私は身を固くしてしまう。


「そういう解釈で構わない」

「ふむ。で。聞きたいこととは」


 本題からだいぶ逸れてしまったが、男は未だに覚えていたらしい。こちらとしてはありがたいことだ。


「ええ。とある屋台を探している。同じ商売仲間から話を聞いていて」

「おお! 摩訶不思議な焼餅だな!」


 すぐにどこのものかを察していた。周辺にいる屋台の男も知っているようで、「あの子はまだ調達してるよな」と呟いている。幼子が屋台料理をする。あまりにも前代未聞なことだ。この界隈の人間なら知っていることなのだろう。そして彼らが言う摩訶不思議のところを聞かなくてはいけない。


「乳の発酵食品や色彩溢れる新鮮な野菜に獣の肉や魚介類を載せて焼くらしいな」

「ああ。それはひとつに過ぎんぞ。なにせ……生地がやたらと薄いのもあるからな」


 北方の男の言葉に私はあることを思い出す。お忍びで食べた外交官の男が言うには西方に似たものであると。特殊な蚕から取れる銀色の糸が西から東へと伝わった。その時にできた道やいくつもの拠点は未だに残り、発展し続けている。ひょっとしたら噂の屋台の主はそこから来た民の子で、料理の才に優れているのだろう。


「未知の世界ということか。その料理人は小柄な子で赤髪にそばかすがあると聞いたが、合っているか」


 中年の男はそれを否定しない。


「ああ。この町はよそから来た者も定住するし、少し離れたところに娼婦の町があったりする。所謂混血の子なのは間違いないが、わしらもあの子の出自を知っているわけではない」


 王朝が発展した。それと同時にこの港町は貿易港として大きくなり、富も民も集まっていった。悪さをする輩も当然、こちらに来ている。考えれば考える程、浮浪児という言葉を浮かんでしまう。浮浪児は悪事を働くという偏見があり、商売に影響が出てくる。信頼と信用が大事な世界だからこそ、この男は知ろうとしないのだろう。


「それでもあの子は気にしちゃいない。料理で稼ぐ。料理で人を幸せにする。思い描いたものを料理として出す。それが生きがいなのだそうだ。お前も飯目的なんだろ? ならば変なところを気にするな。料理が全てなんだからな」


 どこか温かい眼差しと声で理解した。この男は彼女に少しだけ影響を受けていて、きっと親の代わりとして、関わっていたのだろう。

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