二
「ただいま。」
家に着き鍵を閉め、ふと自分の部屋を眺めた。
いつからだろう。私の服の色に青が入るようになったのは。
赤が好きだった。いや、今も好きだ。なんなら部屋にある物は赤が多い。椅子に掛けてあるストールも、枕カバーも、カーテンも少し赤みがかっている。
ただ、クローゼットを開けるとまるで違う世界に来てしまったかのように青が目立つようになる。しかも、これらはどれも最近買った服ばかりだ。
青の服の数だけ私がどれだけ夢を見ているのかが分かる。
叶わぬものは諦めた方がいいと過去の私が忙しなく警鐘を鳴らしているが、どうしても夢というものはずっと見ていたいものでなかなか手放せそうになかった。
どんなに鮮やかな夢でも覚めたら忘れてしまう。朧げな記憶に、長い夢も掻い摘んだ部分しか思い出せなくなる。そんなのは悲しいではないか。折角まだこうして見ることができる夢だ。最後までまだ、もう少しだけ浸っていたっていいだろう。
ある時を境に、文章量が増えていく日記を眺めるのは存外嬉しく、それでいて見返すにはあまりにも内容が熱く溶けているものもあり、当初は自分自身のことであるのにも関わらずかなり困惑していたが、時が経つに連れて熱い筆跡はより鮮やかになり、私の脳を焼くようになった。
―日曜日
さぁもう少しだ。唯の移動手段でしかなかったバスや電車が暈け、夢の始まりを告げる。
今日の長く短い夢は何を魅せてくれるのだろうか。
あぁ、足音が聴こえる。その足音の何倍もある心音を感じ、振り返る。
「ごめんね。待たせた?」
「いえ。」
「おぉ、かわいい。似合っているね。その服。」
「…ありがとうございます!」
やはり私は夢を見すぎているのかもしれない。簡単な奴であるのは明白である。
「俺、青が好きなんだよねぇ。」
「ええ。―本当に綺麗な色ですよね。」
自分の服を見て、そう答えた。大好きな色になった青。彼が大好きな青。私に向ける柔らかな笑みに、私の心が舞った。
「今日はどこへ?」
来る途中にでも聞けばいい話だが、逢って話したかったからあえて聞いていなかったことを聞く。
「今日はね、ここ。」
彼が携帯に表示させた場所は、この辺りではそこそこ有名な場所だった。
「ここだったら君と一緒にゆっくり星が見られるかなあって。」
何ということだ。そんなことを言われてしまっては、抱いてはいけないような期待をしてしまうではないか。熱くなった頬を手でつつみながら彼を見た。しかし、彼は〝あんなこと〟を言ったことなど気にもしていないように、にこにこと可愛らしい笑みを浮かべて「さあ、行こうか。」と私の手を引いた。
星を見たくて。 彼岸水 @cluster_amaryllis01
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