スペース幽閉刑に処す

カフェ千世子

 スペース幽閉刑に処す

 権力者たる態度を示したつもりだった。断罪したと思ったら、自身が拘束されて投獄された。そして、刑が執行される。


 手枷足枷が外されたと思ったら、別の大仰な機器に拘束された。

「なんだ……この、なんだ?」

 この機器の正体がわからず、ただ困惑する。幽閉刑と聞かされていた。幽閉とは、警備の厳重な一室で閉じ込められることではないのか。


「執行されるのはスペース幽閉刑にございます」

 返答があった。何を言っても言い分など無視されると思っていたところに、説明がなされる。


「こちら特殊な機器に入っていただき、外宇宙から視覚化された地上の魔素の流れを観測しそれらを報告していただきます」

「はあ⁉」

「世界がかつて大発展を遂げたことはご存知ですよね」

「あ、ああ……」

「その時代に作られた技術は秘匿されながらも各国の上層部は利用し続けています。その内の一つがこれです」

「外宇宙とは?」

「雲の上、はるか上空にございます」

「そんな場所で幽閉されるということか?」

「はい。それでは、中にお入りいただきます」

「待て! まだ、何もわかっていない!」

「説明は中で機器がしてくれます」

「待て! 待ってくれ! まっ、あああああ!」

 手足が拘束され座っているような格好のまま、機器が動き出してその中に収められた。


「聞こえますか?」

「……ああ」

 機器の中は明るかった。正面と横、頭の上辺りまで画像が映されている。その一角に先ほど説明をしていた執行官だか機器の取扱責任者だかの顔が映っていた。

「それでは打ち上げの時までごゆるりとお過ごしください」

「待て! 食事は⁉」

「食事は一日に二回管理栄養食が供されます」

「は、排泄は?」

「そのまま回収される仕組みになっております」

 機器に拘束される前、奇妙にぴったりとした衣服に着替えさせられていた。その服にはところどころ妙にでっぱりがあった。今見れば、そのでっぱりが機器から出た管とつながって伸びている。

 声になり切らない、か細い悲鳴が喉から出た。




 魔素の流れを観測してそれを報告する。やり方もわからないし、どこに問題があるのかもわからない。

 地表を映した映像に青い光が走っている。それが魔素の流れらしい。

 最初はただの青い奔流にしか見えなかった。異変もわからないので、ただ異常なしと報告する日々である。


 なのにある日、異変を見つけてしまった。青い魔素がある場所に集中して、その周辺の魔素が減っている。


 その日をきっかけとしてわずかな変化などが目に付くようになった。他にやることもないので、熱心に画面を見ては報告をしていく。



 報告をして、地上からの返事を待つ。地上からの返事は誰か専門家がやっているのかと思ったが、そうではないと知った。

 あるときから、返事に混ざってノイズのような数字の羅列が混ざる。この数字が何なのか考えていて、それが暗号だとわかった。

 この暗号に同じように法則をまねして返信していく。


 暗号で会話して分かったことは、相手も幽閉刑に処されてる人物だと言うことだ。彼の場合は海中から上空を観測しているらしい。そして、地上との対比を調べているのだという。



 観測結果に暗号を混ぜる。ただの雑談から始まって、暇つぶしの陣取り合戦などもできるようになった。

 互いに幽閉されているので、外の世界のことなどはまったくわからない。ただ、互いの観測結果を話しながらこれが世界にどう影響を及ぼすのか、と推測を話し合う。


 ――これは、人が放っている魔素の流れでは?

 ――しかし、高山など人がいるはずのない場所にも魔素の強い流れがある。

 ――だが、そういう場所の魔素は動かないだろう。ときに強く力を放つ魔素があちらこちらへと動いているのは、やはり人の動きなのではないか。

 ――人が放つと判断するのは軽率ではないか。高山などから採取した、強い魔素を放つ鉱石を人が所持しているのではないか。

 ――ならば、こういうのはどうだ。ある鉱石が魔素を吸収する特徴を持っている。それを人が利用することで魔素が強く放たれる。



 答えの出ることのない推論のぶつけあいだが、暇つぶしにはなった。




 他の話題と言えば、互いのことだが、己の過ちを話すことにためらいがあり、なかなか打ち明ける気にはなれなかった。


 ――こんな話を思い出した。


 相手は元々読書家だったのか、彼が思い出した話を時々聞かせてもらった。


 ――宇宙空間で孤独に耐えながら船の中で生活している男の話を読んだことがあるんだ。

 ――へえ。そんな前時代を思わせる創作物があったのか。

 ――その男は宇宙船の女の声に恋をしてしまうんだ。

 ――俺は恋に落ちそうにないなあ。


 幽閉刑の最中、性欲が著しく減退している。健康管理の一環なのか時折画面に裸婦画が映し出される。いろんなタイプを取り揃えていて、どれもなかなかの美女だが、反応しなくなってしまった。

 地上で恋をしていた頃は普通に動いていたのだ。だから、己は対話できる相手でないと反応できない人間なのだろう。


 ――宇宙船の女の声は消されてしまうんだが、かわいらしい宇宙生物と出会って彼は孤独から解放されるんだ。

 ――へえ。宇宙生物。よその宇宙から来た存在か。

 ――そして、彼らと共に彼は故郷の星に向かって帰るんだが……


 そこまで語ったところで、彼の語りが鈍った。結末はハッピーなものではなかったと思い出したのだろう。だが、無聊は癒せたのだった。



 長く幽閉状態が続くと、考える時間は幾らでもある。そして、気づくのだ。

 ――我々の幽閉はなんだか金がかかり過ぎていないか。

 ――確かに。

 幽閉は権威を持ちたかった人間にはとても有効な手段だというのは認める。外部との接触を断って時間を経過させてしまえば、権威を再び得ることは困難を極めるだろう。そして、精神は挫かれる。

 それにしてもだ。なんだかあまりにも大がかりではないか。幽閉そのものが死刑よりも金がかかるのに、だ。


 ――我々の食事は機器内にある自動水耕栽培装置が作った作物と事前に詰め込まれた乾燥食材から作られた栄養管理食だ。

 ――ああ。だが、追加の食材はないから、いつかは尽きてしまうな。

 ――そうだ。水もろ過装置や液化装置はあるが追加はない。

 ――このまま緩やかに死を待つのだろうか。

 ――それにしてはなあ……

 ――随分長く我々を生かしたものだ。



 ――この機器は恐らく実験装置なのだ。

 ――実験とな。

 ――これらは箱舟の試作品なのだ。

 ――箱舟とはあれか。人と動物の番を乗せて大洪水から逃れたという伝承か。

 ――なにせこの世界は一度滅んでいるからな。滅びへの備えをしときたいと思うのは当然だろう。

 ――では、長く生かすのは箱舟をできるだけ長く運用するため。

 ――そのためのデータが多く欲しいということだろう。

 ――気の遠くなるような話だが……

 ――それだけ、恐れを抱いている。

 ――滅びが現実に迫っていると?

 ――まあ、あくまで勝手な推測だ



 さらに幽閉は続いた。時間の経過も気にしなくなった頃、暗号文が途絶えた。簡素な報告のみの短文が続く。

 おかしいと思いつつ、それでも暗号を混ぜた報告を続けていた時、それは返ってきた。



 ――あなた、誰ですか?



 海底に幽閉されている人物が入れ替わっていた。入れ替わった人物と会話を重ね、教えられることは教えながら、考えた。

 彼は死んだのか。寿命が尽きたのか。それとも、物資がなくなって命を繋げられなくなったのか。

 この分では、自分の番が来るのも時間の問題だと思う。

 入れ替わり、新しく担当になった海底の彼のことを思う。自分は彼を残してある日突然いなくなる。前もって、それを告げておくべきか、否か。


 決め切れない。結局は、なんとなく会話ににおわすだけに留めておいた。




 その日は突然やって来た。ガシャン、と音を立てて拘束具が降りてきた。がっちりと体を固定される。

 戸惑う気持ちが起きる前に、勝手に事態は進んでいった。

『大気圏突入します』

「ええ……」

 久しぶりに声が出た。機器がカウントダウンを始めている。

『衝撃にお備えください』

 そして、機器の画面が魔素を見えなくした地表の画像を映しだす。これはリアルタイムの映像なのか。



 急降下しているのが、画像からわかる。どんどんと海が近づいてきて、それから――



 拘束具が外れた。機器が音を立てて割れた。明るい陽射しが入ってきた。久しぶりの太陽光に、目が開けられない。割れ目から海水が入ってきている。冷たいが、服がある程度冷気を遮断してくれているのか、耐えられる。だが、顔や手など素肌が露出している部分には刺すような痛みと共に冷たさを感じた。


「大丈夫ですか!」

 人の声が聞こえた。

「回収! 回収!」

「聞こえますか! 聞こえたら返事をしてください!」

 咄嗟に声は出なかった。腕を上げてそれを振り、意思を伝える。目は中々開けられない。開けようとするが、まぶたが動くだけになる。



 体を引っ張られた。どこかに乗せられた。

「これから、地上に向かいます」

 妙に大声で話しかけられる。耳が遠いと思われているのか。確かに、もうすでに老齢と言える年齢だ。

 少しずつ、目を開ける。

「ここは……」

 かすれたか細い声が出た。

「国の沿岸部です」

 返ってくるのは端的な情報だ。地上の景色を海上から見ても、見覚えがなく正解はわからない。



 そうして、唐突に幽閉生活は終わりを告げたのだった。



 国が運営する老人向けの施設に収容された。しばらく自分の足で歩いていなかったので、車いす生活である。

 リハビリを受けながら、生活の面倒を見てもらう。何と恵まれたことかと思った。

 そして、教えてもらったのは両親がまだ生きているという事実だった。

「ええ! 随分と長生きされたのだな」

「あなたの『ご両親』はあなたが『使命』を得られたときからあなたと同じ食事をするとお決めになられました」

「ああ。それで長生きできたんだ」

 管理栄養食は、その名の通り栄養のバランスが取れている。質素ではあるが、健康的な食事なのだ。その高い身分であれば、もっと高価な食事をとることが普通だろうが、それをしなかったおかげで人よりも健康的な体を手に入れられたのだろう。


 戻ってくれば天涯孤独であろうと想像していたのに、そうではなかった。



 ただ日々が過ぎていく。長い年月で漂白されたのか、欲を抱くこともなく淡々と日々を過ごしていく。


「お一人ですか」

 声をかけられた。自分と同じように、車いすに乗った男だ。

「お暇でしたら、ゲームをしませんか」

「いいですな。どんなゲームです」

「こういうルールなんですが」

 男が説明したのは、あの幽閉生活で海底の彼とやっていた陣取りゲームのルールだった。

 それに気づいて、思わず彼の顔を見返す。目が合って、互いに同時に笑いが漏れた。

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 スペース幽閉刑に処す カフェ千世子 @chocolantan

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