第11話

 「流石にこの人数は不可能だ。そもそもこの子たちは研究所の実験体なんだろ?外に連れ出したらあまり良くないんじゃないか?」

 「明日は建国記念日の上に今日は祝日だ。研究所は閉まっているし、警備も手薄。それに俺は所長だからな。ある程度の融通は利くんだぜ」


 まぁ、この男の立場を踏まえれば、実験台の子供たち十六人を外に連れ出すこともできるのかもしれないのだが…。


 「どうやってクルーズ船に乗せるんですか?これだけの人数ですし、流石に目立ちすぎてしまうと思うんですが」


 セルも僕と同じことを思ったようだ。

 僕の疑問を代わりに代弁してくれる。


 「それなら大丈夫だ。この子たちには申し訳ないが、コンテナの中に乗ってもらうことになる。アストラリス国製のステルスシートを張っておくから探知機には引っ掛からないだろう」

 「一応、対策はしてあるんですね」

 「当たり前だ。俺は命の賭けてでもこの子達に自由を与えたい!少しくらいの無茶なんて屁でもないさ」


 曇りなき眼でそう言うナクラス。 

 だが、僕には懸念するべきことが他にもあった。


 「この子たちは三日間コンテナの中で生活することになるんだぞ?本当に大丈夫なのか?」

 

 大人なら全然耐えられるだろうが、この子たちは半端も行かない幼子なのだ。

 年齢層は中学生から幼稚園児。果たして薄暗いコンテナの中で三日も耐えられるのだろうか?


 「それは俺も懸念していたんだ。でも俺たちは三人いるだろ?だから…十六人を三分割して…一人約五人を連れるだけで大丈夫だ!」

 「「大丈夫じゃないわ!」」


 僕とセルは口をそろえてそう言う。

 ナクラスの言いたいことは十分に理解できる。

 確かに、それぞれ分割して子供たちを見守れば人数を分散できる上に目立つこともないだろう。

 だが、僕たちは子供の扱いに慣れていない元諜報員だったのだ。

 半端も行かない子供五人を守るなんて無理がある。


 「じゃ、じゃあどうすれば…」

 「せめて後三人、最低でも二人いれば良いんですけど…」


 セルのつぶやきを聞き、僕の脳内にとある名案が浮かんできた。


 「ファルスとディアスを呼べないかな」

 「え?あの人たちを呼ぶんですか?」

 「あと一日あるんだから、今すぐ電話すれば全然間に合うだろ。あいつらも金に困っているはずだから条件次第では快く引き受けてくれると思うぞ。少なくともここに来るまでの交通費は全額負担してやらないと来ないと思うけど」

 「本当か!?勿論連絡してみてくれ!俺は可能な限り援助する。なんせ金は沢山あるからな!」


 嬉しそうにそう言うナクラスを片眼に、僕はホロリングで通話を開始するのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「こんにちは!エリアリュ!」

 「こんにちはじゃなくて、おはようだ。それと僕の名前はエリアリュじゃない!エ・リ・ア・ルだ!」

 「うん分かった!エリアリュ!」


 何十人もの子どもたちに囲まれ、四方八方から要領の得ない話し声が聞こえてくる。


 この野郎僕をワザとおちょくっているのか?

 しかし、僕は大人だ。こんなんで切れ散らかすアタオカではない。


 「エリアリュ〜!構ってー」

 「だから僕はエリアルだって…」


 僕が自分の名前を訂正すると、先ほどから僕の名前を間違えていた狸の獣人は、何とも驚くべきことに舌打ちしやがった。

 

 「チッ…。何度も言わなくても分かってるわ!私がエリアリュって言ったんだからお前の名前はエリアリュだ!」


 え?は?え?…エッ?!………は?


 可愛らしい見た目をした幼子が僕にそんなことを言ってくるとは夢にも思わなかったため、僕は自分の頬をつねってみる。


 痛い…これは現実なのか。

 だとしたら目の前のガキは相当のクソガキだ。

 ぶん殴ってやりたいが大の大人である僕が子供に暴力を振るった場合、社会的に抹消される。

 いやもう社会的に抹消された身では有るのだが…だとしても、殴るのはだめだ。


 「君…名前は何ていうの?」

 「私?」

 「そう、君の名前」

 

 僕はにこやかな表情で狸の獣人に問いかける。

 狸獣人の女は生意気そうな表情をすると、嬉々として自分の名前を名乗った。 


 「私はトロワ。名前間違えたら怒るぞ」


 よし、名前は覚えた。

 コイツが成人したらその瞬間にぶん殴ってやろう。

 

 「おいエリアリュ!怖いこと考えてるだろ!」

 「いや?」

 「私は生き物の心が読めるんだぞ!エリアリュの考えてること分かるんだぞ!」


 トロワの言葉を聞いて僕は数秒間逡巡する。


 彼女は僕と同じように、特務警察の人体実験を受けているのだ。

 何かしらのスキルを持っていても不思議ではない。


 「じゃあ…僕が今なに考えてるのか当ててみてよ」

 「ふん…。今のは心の表面しか見てないんだぞ。奥深くまで覗けばエリアリュの考えてることなんて手に取るように分かるよ!」


 トロワはそう言うと、僕に向かって手をかざす。

 心のより深奥を覗こうと躍起になっているのが目に見えた。


 しかし…。


 「いやぁぁぁぁ?!?」

 「ど、どうしたの?」

 

 体内に異物が入ってくるような感覚は確かにあった。

 多分、トロワが僕の心に干渉してきたために、そういう感覚に陥ったのだろう。

 特に抵抗しようとはせず、そのまま放っておいたのだが…直ぐ様干渉されなくなってしまった。


 トロワが僕への読心をやめたためと思われるが…一体どうしてなんだ?

 

 子どもたちの視線が僕達に集結している中、トロワが聞き捨てにならないことを言い放ちやがった。

 

 「汚い!!」

 「へ?」

 「エリアリュの心が汚すぎて覗けないの!!下水に詰まったヘドロみたいに汚い!こんな心を覗いたら私まで汚れちゃうわ!お、恐ろしすぎる……」


 ガタガタ震えて僕と距離をとる始末…。

 なんだこの野郎。


 流石の僕でもそこまで言われたら凹むぞ。


 まぁ、あれだけ人を殺しておいて、心が綺麗なわけないのだが…。


 「君たちはまだ純白なのかもしれないけど、年を取るにつれて心は汚く濁っていくものだからな。それが人間なんだから」

 「いや!私はいつまでも純白だわ!貴方なんかと一緒にしないで」


 何言ってんだコイツ。

 この性格で純白なわけないだろ。コイツの心の色は白よりのグレーに違いない。 


 僕がそんなことを考えていると、脳内に軽快なアラーム音が鳴り響き、眼前にホログラフィックスクリーンが出現した。

 この音は、ホロリングに通話がかかってきた際に鳴る音声だ。


 スクリーンには近代的なUIデザインで《ファルスからの着信音》という文字が書かれていた。

 僕はすぐさま、《応答》のアイコンを指で触る。


 「あ、もしもし?ファルスどうしたの?」

 『お前達が入っているコンテナがクルーズ船に無事搬入されたぞ。いまコンテナの外で全員待機しているから、早く出てこい』

 「え?もう良いの?」

 『ああ。そろそろ酸素ボンベの中身も少なくなってきただろ?窒息する前に早く出ろ』


 僕たちがコンテナに閉じ込められてから十五分程度しか経過していないはずだが、もうクルーズ船内に搬入されたのか。

 予想していた長さよりだいぶ短いではないか。


 僕は子供達へと体を向け、外に出る準備をするよう指示した。


 「「「はーい!」」」


 かわいらしい返事がコンテナ内に木霊する。


 「いまから外に出してやるから皆下がってて」


 ファルスがそう言うのだし、外に出るとしよう。


 僕は子供達に向かってそう言うと、『切断結界』でコンテナの金属を切り裂いた。


 「「「「わー!凄い!」」」」


 金属が綺麗に切り刻まれ、美しい正方形の穴が開く。 

 なんとも芸術性の高い一撃だ。我ながらほれぼれするね。


 抉った穴を潜り、僕は外の景色をキョロキョロと見渡す。

 目の前には、セル、ファルス、ディアス、ナクラスの四人が立っていた。


 僕を見かけるや否や、一番初めに口を開くファルス。


 「気分はどうだエリアル?」

 「先輩。顔色良くないですよ?」

 「良いはずないだろ。中は蒸し暑い上に空気が悪いんだ。あんなとこ二度と入りたくない」


 コンテナの外は、巨大な倉庫のような空間だった。

 数々の荷物が積まれており、薄暗い蛍光灯が辺り一帯を淡く照らしている。

 

 今から三日間。僕たちは子供を監視し続け、有事の際は命を賭して守らなければならない。

 今回の任務で戦闘に陥る事態は限りなく低く、ほぼほぼ護衛するだけだと予想される、簡単な任務だ。

 だけど、忘れてならないのが、護衛する対象が複数の幼稚園児だと言うこと。

 

 子供と接する機会が限りなく少なかった元諜報員である僕が、子供の面倒なんて見れるわけがない。

 まぁ頑張るけどさ…幸先が不安なのには変わりないんだよな…。


 これから起こるであろう出来事が脳裏に浮かび、僕は密かに溜息を吐いたのだった。


 

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リストラの遊び人 @nelasob

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