第10話
「先輩!この任務とかどうですか?」
セルはそう言うと、ホログラフィックスクリーンを僕に見せてきた。
「どれどれ…『家族全員で隣国のロスカルト連邦国へと亡命したいです』うーん。この前も亡命依頼が届かなかったか?」
「最近は暖かくなってきましたし、亡命にはもってこいの季節なんですよ。」
なるほど、四季があるこの国にとって、亡命は春の風物詩なのか。
「まぁ、報酬は美味しいし受理しても良いんじゃない?」
僕はそう言うと、セルのホログラフィックスクリーンを指で押した。
「あッ…。詳しく概要を見なくて良いんですか?!」
「まぁ…大丈夫でしょ」
「依頼内容もロクに見ないで受理するなんて信じられません…どうなっても知りませんからね」
セルはそう言うと、呆れのため息を吐く。
彼女は自身のホログラフィックスクリーンを弄り、任務の概要を確認し始めた。
「…アストラリス国からロスカルト連邦国への亡命ですって……私たち、これから隣国まで迎えに行かなきゃいけないらしいですよ。しかも『特務警察』の管轄領土であるアストラリス国に入国するそうです…」
「まじかよ。キャンセルってできないのかな?」
「その場合ですと…キャンセル料金がかかるみたいですね。それも結構高額の…」
セルに告げられた事実により、僕は黙りこくってしまう。
そんな中、僕の脳内に天才的な名案が浮かんできた。
「申し込んだのはセルのデバイスだし、最悪セル一人で任務に向かえばいいじゃないか!」
「わ、私を見捨てるんですか!?先輩が任務の詳しい内容を確認しないで受理したのに!?」
泣きそうな表情になるセルだったが僕の良心は全く痛まなかった。
「じゃ。そういうことでよろしくね」
「ちょっ、ちょっとエリアル先輩!?」
大柄なセルは、逃げようとする僕の体を取り押さえ、思い切り揺さぶってきた。
「うわぁ!?なにするんだよ!?」
「こっちのセリフですよッ!?先輩が勝手に決めたんですからやるなら一緒にやりましょうよ!私を見捨てないでください!!」
セルの揺さぶりがあまりにも激しかったため、首の骨が折れるかと思った。
いや、これ以上はマズイ…ちょっと待って冗談じゃない、本当に折れそうだ…。
「分かったよ!分かったから!これ以上は揺さぶらないでくれ!僕の首がぁぁ…!?」
その後、首を痛めた僕は数時間ほど寝込んだのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アストラリス国に無事入国した僕たちは、依頼主が指定してきた場所までやってきた。
ここは休日に家族ずれで賑わっているフードコートだ。
ここまで来るのにかなりのお金を使ってしまい、懐がすっからかんになった僕たちは、無料の水を飲んで暇を潰していた。
「セル…なんか奢ってよ」
「馬鹿言わないでくださいよ。ただでさえお金がなんですよ?先輩はお金を絶対返そうとしませんし、奢る気はさらさらありませんけど」
僕たちが他愛もない会話を繰り広げていると、突然背後から声をかけられた。
「あの…協力者の方々ですか?」
僕が振り向いた先には、無精ひげを生やし幸薄そうな表情をした若い男が立っていた。
やや猫背である彼は、真っ白い白衣を身に着けている。
「ああそうだよ…あれ…どっかで見たことがあるような…」
男の顔は見覚えがあったのだが、如何せん、僕は人の名前と顔を覚えるのが苦手だからなぁ…。コイツが誰なのか、どこで関わったのか、全く思い出せん…。
僕がそんなことを考えていると、心なしかセルの顔が青ざめているように見えた。
「先輩…ひょっとしてこの人…『特務警察』の関係者じゃないですか?」
「「え?」」
僕と白衣の男は同タイミングで呆けた声を漏らす。
声が被ったことに驚いた僕たちはお互いに顔を見合わせた。
「だってこの人、特務警察のネクタイ付けてますよ?それに白衣も研究部署の物ですし」
セルの指摘によって僕はやっと男の正体に気が付く。
この男は特務警察の関係者なのだと…。
「気が付くの遅すぎますよ。どうします?逃げますか?」
「うーん。逃げるにしても通報されると面倒だし、殺す…?でもフードコートだからなぁ…子供達には刺激が強すぎるし…」
僕たちが物騒な会話を交わしている中、白衣の男の顔色はみるみるうちに悪くなっていった。
「ちょッ!?ちょっと待てよ!!?お前たちは特務警察から逃げ出したエリアル先輩とセル先輩だよな!?」
「その通りだよ。僕たちの正体を見られしまった以上、ただで返すわけにはいかないなぁ」
僕はからかい目的で凶器的な笑みを浮かべてみたのだが、白衣の男は真に受けてしまったらしい。
冷や汗をドバドバ流しながら腰を抜かしていた。
「ち、違う!?お前たちを陥れるために俺は来たんじゃない!本当に亡命したいんだ!エリアル先輩と同じように『特務警察』から逃げ出したいだけなんだよッ信じてくれ」
想定以上に大きな声が出てしまったのか、白衣の男は慌てて自分の口を押えた。
必死な形相で訴えかけてくる彼の姿を見ていると、何だか申し訳ない気持ちになってくる。
「まぁ冗談はこれくらいにしておいてだな」
「じょ、冗談だったのか!?し、心臓に悪いぜ…」
「アハハ…ごめん…」
セルから睨まれたので、僕は慌てて男に謝罪の言葉を浴びせる。
彼女からの威圧は本当に怖い…。
「とにかく、この国から亡命したいのは本当なんですね?」
「勿論ですよセル先輩!俺はもう耐えられません…この国のやり方にはうんざりなんだ…」
「別に詳しい理由は聞かないけど、一度逃げ出したら特務警察にはもう二度と戻れないぞ?本当にそれでも良いのか?」
僕が白衣の男に対して確固とした決意があるのか、真意を問い詰めてみる。
「大丈夫だ。覚悟はとっくの昔にできている。俺は…あいつらと平和に楽しく暮らしたいだけなんだ…」
白衣の男は一瞬の迷いも見せることなく、まっすぐな瞳でそう答えた。
まぁ決意はあるようだし、とりあえずは信用しても大丈夫だろう。
僕はセルの方へと視線を流す。
彼女は僕の真意に気が付いたようだった。
「嘘の臭いはしませんし、大丈夫だと思います。…多分ですけど」
うん。常人とはかけ離れたスーパーセンスを持っている彼女がそう言うのだから大丈夫だろう。
万が一何か起きた場合は後輩のせいにして逃げれば良いだけだ。
「よし、協力してあげようじゃないか!その代わり報酬の方はよろしくな」
「あ、ありがとうございますッ!!早速任務の概要を説明しますね!!」
白衣の男は途端に明るい表情となり、嬉々として任務の詳細を話し始めたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「亡命の決行日は三日後の建国記念日です。場所はアストラリス国の領土内にあるフルエト島から、クルーズ船に乗り込んで、そのままロスカルト連邦国まで亡命。今のところはこんな感じの作戦です」
僕達は白衣の男、ナクラスからのご厚意として奢ってもらったチェーン店のハンバーガーを貪っていた。
「フルエト島って確か、この国の有名なバカンス島でしたよね?確かそこには『特務警察』の遺伝子研究所があったような…」
「ああ。そうだ。俺はその島に住み込みで研究所に通っているんだ。俺一人だったら公共交通機関を使っても良いと思ったんだが…人が多いと目立つかもしれなくて…」
「そういえば家族と一緒に亡命したいそうですね」
「家族…?ああ、そうだなアイツらとは家族みたいなもんだからな…」
一瞬だがナクラスの表情が緩んだのを僕は見逃さなかった。
僕には家族と呼ばれべる人間がいなかったので彼の気持ちを理解するのは難しかったが、やはり家族というものは心の拠り所なのだろう。
「分かった。亡命は三日後だな。細かい最終確認はホロリングで連絡してくれ」
「先輩?どこに行くんですか?」
「武器を調達しに行くんだよ。セルもついて来い」
「どうしてですか?」
「どうしてって、僕達は護衛の仕事をするんだぞ?万が一に備えて拳銃一丁くらいは用意しておいたほうがいいだろ」
「まあその気持ちは分かりますが…武器を買うお金なんて無いですよ。私たち貧乏ですし」
セルの的確な指摘により、僕は言葉に詰まってしまう。
そんな僕達の様子を見ていたナクラスは、僕達に提案をしてきた。
「武器なら俺が用意するぞ?」
「え?良いんですか?」
「ああ。命をかけて手伝ってくれるんだ。自分もできる限りを尽くさないのは失礼だろう?」
ナクラスはそう言うと、屈託な笑みを浮かべる。
薄汚い見た目だが、顔が整っていれば悪い印象を補うことができるらしい。何ともうらやましい限りだ。
「俺の知り合いのソムリエが裏では武器ショップを営んでいてな。俺には恩があるから安値で売ってくれることだろう」
滅茶苦茶カッコいい友人をお持ちのようで羨ましい限りだ。
武器は彼が取り繕ってくれるようだし、決行日まで気長に待つとしよう。
そう考えた僕は、さっさと宿へと戻ることにしたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これが約束の武器だ」
作戦決行の前夜。
僕達はナクラスとその家族が宿泊しているリーズナブルなホテルへとやって来ていた。
価格の割にかなり部屋が大きいようだ。
「これは『クロックC7』って言うストライカー式の拳銃だ。見たら分かると思うがフレームから内部の骨組みまで全部、特殊カーボンが使用されている。金属探知機に引っかかることはまずないだろう。5mm弾でマガジンは四個。セル先輩とエリアル先輩にそれぞれ一丁ずつある」
「この銃…結構高いやつですよね?」
セルは少し青ざめた表情でそう言った。
特殊カーボンが使用されている拳銃はかなり値が張るはずだが…。
「こう見えて俺、結構お金稼いでたんですよ。研究職に就いているってこの前言いましたけど、俺実は所長なんですよね」
「ええ!?」
ナクラスの言葉を聞いて僕は驚愕する。
所長という高い位に就いておきながら、この国を出たいと考えるなんて…。
「生活は何不自由なかったんだろ?ナクラスはどうして亡命したいんだ?」
「それを話すと長くなっちゃうんですけど、まぁこの際ですし、全部言います」
ナクラスはそう言うと、机の上に置かれているグラスから水を飲んだ。
その後彼は、神妙な面持ちで話始める。
「俺は『特務警察』へ貢献するためにひたすら遺伝子の研究をしてました。動物実験は勿論のこと身寄りのない人間に対しても数多の実験を…」
ナクラスがそう言うと、隣で大人しく話を伺っていたセルが僕に目配せしてきた。
彼女が言いたいことは良くわかる。
なんせ僕は、『特務警察』の遺伝子研究部隊によって人体実験された身なのだから。
「始めは、罪悪感も仕事に対しての忌避感もありませんでした。自分はこの国の平和と未来のために貢献しているんだと。何万人もの国民の安念を守れるのならこの犠牲は必要なことなのだと、何度も自分を言い聞かせてました」
ここまで話し終えた男の顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
一体どれほどの経験を『特務警察』で積んできたというのだろうか?僕より年下のはずだが、僕の締まりのない顔とは違って、かなりの決意と覚悟が表情に現れているではないか!
「でもある日俺は気が付いたんです。このままじゃいけないんだって。この子たちには国の為に犠牲になっていい命じゃない。遺伝子実験で関わる内にあの子たちに情が移ってしまったのかもしれません…」
な、なんて良い話なんだ!
僕には想像もつかないような経験を今まで積んできたのだろう。
僕は実験される側だったが、実験をする側にも思うことがあったなんて!
「だから俺は決意したんですッ!俺の身に何が起きようとあの子たちをこの国から亡命させ!大人になるまで面倒を見る!それがこの国のやり方に目を瞑ってきた、俺ができる唯一の贖罪なんですッ!!」
人の話に珍しく感動を覚えていた僕だが、ナクラスの次の言葉を聞いて、僕の口から間抜けそうな呆け声が漏れ出てしまった。
「そういえば紹介がまだでしたね。おーいお前たち!紹介したい人がいるんだ!恥ずかしがってないで出てきてくれ!ゼロ!アン!ドゥ!トロワ!カトル!サンク!スィス!セット!ユイット!ヌフ!ディス!オンズ!ドゥーズ!トレーズ!キャトルズ!カンズ!セーズ!…」
ナクラスは名前を呼ぶたびに、隣の部屋から次から次へと絶えずに、幼稚園児程度の幼子たちが出てきた。
名前の数が四を超えた時点で、僕たちは違和感に気が付き始め、何人入室してきたのか数えられなくなった時、白い体毛で覆われているセルの顔面は蒼白だった。きっと僕も蒼くなっているに違いない。
「以上が俺の家族だ!血は繋がってないかもしれないが、家族同然の絆はあるぞ!」
「「ふざけんなッ!」」
ナクラスがにこやかに笑い、背後で隊列を組んでいる幼子たちが口々に自己紹介を始めた時、僕とセルは口をそろえてそう言ったのだった。
こんな人数で亡命したいだってッ!?バッカ野郎、冗談じゃねぇわ!!
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