第11話 王太子の品格

 初夏のアークトゥルス城はせわしない。騎士も従者も貴族たちも、みな準備に追われているからだ。年に一度、皇室主催の園遊会が開かれるからである。


「というわけでアルギエバ王太子殿下、これから数日は皇室にふさわしい礼儀作法と雑学をみっちり勉強して頂きます」


 リベルタスがアルギエバの部屋へやってきて、ソファーに大の字で寝転がっているアルギエバに頭を下げて言った。


「あぁー……、だりぃー……」


 やる気のないアルギエバは天井をぼんやり眺める。天井に施された金細工の模様は日の光に照らされキラキラ輝いている。


「それでは始めさせて頂きます」

「問答無用かよ」


 リベルタスが指をパチンと鳴らすと、部屋中の窓すべてにロックがかかった。


「おいリベルタス、なんの真似だ」

「恐れ入ります、王太子殿下。集中して学習して頂くために、監き……静かに学習できる環境を整えさせて頂きました」

「お前、いま監禁っつったろ」


 素知らぬ顔をしてリベルタスが咳払いする。


「めんどくせ。良いじゃねえかよ、いつも通りで」

「なりません。第一、今年はイザール様のみならず、三年ぶりにメルガ様もいらっしゃるのです。皇女様方の前で王太子殿下の失態を見せるわけにはいきません」

「……あぁ。姉ちゃんたち、帰ってくんのか」


 アークトゥルス帝国皇帝シリウス・アークトゥルスには、末子のアルギエバの他に四人の娘がいた。長女のイザール、次女のプルケリマ、三女セギヌス、四女メルガである。

 だがこの四姉妹は現在、アークトゥルス城では生活していない。十四年前のとある事件をきっかけに、それぞれがこの城から独立して生活するようになっていたのだ。

 リベルタスの話によれば、その長女と四女が来賓として今年の園遊会に参加するらしい。


「どうすっかなぁ」


 アルギエバはぼやきながら、渋々リベルタスの授業を受け始めた。


 *


 園遊会当日。抜けるような青空の元、初夏の清々しい空気が庭園を駆け抜けた。

 皇室から招待された多くの貴族たちは庭園に用意されたテーブルにつき談笑している。

 宮殿に近い二つのテーブルは、それぞれ皇女とその関係者の席だ。

 皇帝の長女イザールは旦那である伯爵と幼い二人の娘と共に席についていたが、隣のテーブルに妹のメルガがやって来たのを見てそちらへと向かった。


「久しぶりね、メルガ」

「イザールお姉さま。ご無沙汰しております」


 長女イザールは沢山の刺繍が施された気品のあるドレスを着ている。一方、四女のメルガのドレスは格式に合わせたフォーマルなものではあるものの、装飾は一切ない地味なものであった。はた目にも、四十歳近い長女と三十歳間際の四女の力関係が見てとれる。


「メルガ。あなた、私を殺そうとしたくせに、よくのこのこと園遊会に出てこられたわねえ」

「あらお姉さま、それはお互い様ですわ。イザールお姉さまは王太子殿下を殺そうとした筆頭ですのに、よく毎年園遊会に参加できますね」

「口を慎みなさいメルガ」


 妹のメルガは姉のイザールを残してさっさと自分の席に腰かけた。同席した貴族たちと共に当たり障りのない気候の話を始める。

 イザールはそのテーブルを一瞥して、自分の座席へ戻っていった。他のテーブルでも、貴族たちがこの貴重な機会に互いに挨拶を交わしていた。


 皇室お抱えの楽団がファンファーレを演奏する。

 その音楽と共に、宮殿から皇帝と王太子がお付きの者と共に出てきた。皇帝は庭園に集まった人たちの前に立ち、そこに居る下々の者たちに向かって言葉をかける。


「我が帝国主催のパーティーへの参加、まことに感謝する。この一年、みなが我らアークトゥルス家に忠誠を誓い、その身を捧げてくれたからこそ、我はこの帝国を安定して治める事が出来たのだ。今日はみなへの感謝と共に、その労をねぎらいたいと思っている。短い時間ではあるが、楽しんでいってくれ」


 挨拶している皇帝の斜め後ろでアルギエバは立っていた。堅苦しいフォーマルウエアを着て、黒髪は後ろに流すようにガッチリと固められている。来賓を出迎える前に偶然すれ違ったシルマには「なんすか、その格好!」と爆笑された。アルギエバ自身も「全然似合ってねえ!」と思っている。


「アルギエバ、お前も一言どうだ」


 皇帝が振り向き、アルギエバを前へと促した。


「え、俺……ワタクシもですか」

「そうだ。時期皇帝として挨拶くらいしておけ」

「……はい」


 さて、アルギエバは困った。

 例年、アルギエバは皇帝の後ろに立っているだけで、みんなの前で挨拶などしたことが無かったのだ。初めての大役。庭園のすみに目を向ければ、リベルタスが酷い形相で「ちゃんとやってくださいね」と無言の圧をかけているのが見える。これが大人になるという事か。アルギエバは渋々前に進み出た。


「皆様、えー、お集り頂き、えー、ありがとうございます」


 目の前に並ぶ、顔、顔、顔。どれも有名貴族ばかりだ。彼らの攻撃的な無数の目がアルギエバに集中する。

 今こそ無理矢理詰め込んだ皇族マナーの成果を見せる時だ! と意気込むアルギエバの耳に、貴族たちのひそひそ声が届いた。

 ――王太子様だ。

 ――どのような話をなさるのか。

 ――見ろ、あの服装。あの振る舞い。あの態度はどうなんだ

 数百の目が第一皇位継承者の粗を探そうとする。そんな貴族たちを前に、アルギエバの付け焼刃のマナーは頭から全部吹っ飛んだ。


「えー……、ワタクシはぁ、えー、次期、皇帝、候補? の、アルギエバ・アークトゥルスだ……です。えー、今日は、えー、……楽しんでいってくれ。です。以上!」


 何を発言したのか自分でも理解できないまま、アルギエバはとりあえず頭を下げた。後ろから皇帝が、思いきり舌打ちした音が聞こえる。強い殺気。急な事だったから仕方ねえじゃねえかよ、と思いながら顔を上げたアルギエバだが、恐ろしくて振り向く事は出来ない。


「アルギエバ。園遊会が終わったら我が部屋へ来い。お前には沢山言いたい事がある」

「……はい、すんません。皇帝陛下」


 実質、死刑宣告である。やっちまったなあと思いながら、アルギエバは庭園の端でこの園遊会を目立たぬようにやり過ごした。

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不良王太子は逃げ出したい! @adjtjqwdajdagpt

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