第5話

 しん……、としている。

 入った瞬間に、人がいないことが分かった。ラファエルは溜息をつく。

 奥の部屋に入ると、やはり誰もいない。

 確かに同じ国に、同じ空の下にいるのに、会えない。

 今までは、海を隔って遠くの国にいると思っていたから、同じ国にいるからにはいずれ会えるなどと安心していたけれど。

 神聖ローマ帝国の駐屯地にジィナイースが出入りしているなんて思ってもみなかった。

 面白みのない軍人だと思っていた男にしてやられて、かなり腹立たしい。きっとあんな連中に絵を描け絵を描けとか脅されて、心優しいジィナイースは断われず描きにいってるに違いない。

 俺が早く助け出してやらないと。

 そんな風に考えて、側の、ヴェネトの街角を描いた絵を手に取る。

 一瞬荒みかけた心が、瞬く間に落ち着いて行く。

「……。そんなはずないか。……君は嫌々、絵を描いたりする人間じゃないもんな」

 優しい、光の景色。

 彼の息吹を感じる。

 カタン……、

 ミュー、と聞こえてラファエルは振り返った。

「今ミルクをあげるから待っててねー。荷物を置……」

 一人の青年が、イーゼルと、大きな肩掛け鞄を担いだまま入って来る所だった。猫に話しかけながら後ろを向いて入って来たので、彼はラファエルに最初気付かなかった。



「――ジィナイース?」



 驚いて、思わず手から離れたイーゼルがガタン! と落ちた。

 こちらを振り返った彼の瞳。

 十年経ってもヘリオドールの輝きはやはり、何も変わっていなかった。



「ジィナイース!」



 この地上で最も明るい、星。

 美しい容姿に、多彩な才能。

 誰も存在感において彼には敵わない。

 十年前、突然運命により引き離されてから、ずっとずっと会いたかった、優しい魂。

 ラファエルは嬉しそうな笑顔で両腕を広げて、彼の名を呼んだ。




【終】

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