苦手な言葉でまた流される
目の前には、俺がこぶしを包むように握り締めて痛がっている大学生がわめいている。壁には色々なメニューが貼ってある、串焼きメインの居酒屋。後ろには
「だから、痛い、放せ!」
「何も話す気はない」
「そっちの『話す』じゃねえよ、放せって言っているんだ」
もう少し、もう少しで落ち着くはず。痛みは人間の感覚の中で、最上位だ。
「おとなしく帰るなら放す。どうだ?」
もう片方の手は、他の学生が押さえている。早くあきらめろ、早く。そのまま、数分が経過した。
「わ、わかった。兄貴が負けた理由がわかった気がする……すみません」
「気にしなくていい。でも酒には飲まれるな」
「わかりました。おい、帰るぞ」
そして、店員がやってきた。
「先ほどのお客様からのおごりです。お飲み物は何にされますか?」
「え、そうか、じゃあ、生中で」
「わかりました。あと、小鉢と串が二本あります。お嬢さん方にも、ドリンク一杯ずつ、おごりとのことです」
「やった、じゃあ、私、ジンジャーエール」
「
いつの間にか
「あたし、温かいお茶がいいかな」
「はい、わかりました」
一番最初に届いたのは生中だ。
「
生中に口を付けようとすると、
「
「『まれけつ』?」
「知らないの? うける」
何のことかはよくわからないが、後で検索してみよう。
「鬼と何の関係があるんだ?」
「先輩たち、レドニって言うバンド名で活動しているの。レッドに鬼、赤鬼ってこと」
「なるほど」
「ということは
「天狗?」
「そう、この地方の伝承」
「
「まっ、ね」
ちょうど、ジンジャーエールと、お茶がテーブルに置かれた。
「じゃ、乾杯しようか」
なるほど、
「「かんぱーい!」」
うぅ、
「
「ちょっとは。そうだな、例えば『乾杯』ってのは、『杯を乾かす』って書くだろ。その意味の通り、一気飲みすることなんだ」
「へえ。どんな発音?」
「カンペイだよ」
「じゃあ、日本みたいに普通に飲むのは?」
「ズゥエイィって言う」
「勉強になる」
小鉢と串も届いたので、二人に勧めてみたが、もうお腹いっぱいとのことで、ひとりで食べることに。今日の小鉢はホルモン煮だ。やや薄味で、これがなかなかいける。
「前から気になっているんだけど、どうして
「
「そう、ふーん、付き合ったりしないの?」
「俺にも色々あってさ」
「どんなこと?」
嘘はつきたくないが、隠しごとはいいだろう。
「あんなことやそんなこと」
「あ、ごまかした」
「もしかして、前に見せてもらった超美人な人は友だちで、彼女いない歴イコール今の年齢?」
「いや、本当に付き合っていた。それに、その前、大学に入ってすぐに彼女ができてさ。最初に付き合った子は、今も同じ研究室。
そうそう、こいつに何か質問するときは、まずはこちらの情報を渡してからだ。急に視線をグラスに移した。
「彼氏いない歴イコール今の年齢……です」
あ、口調が変わった。
「
俺の腕にしがみついている
「可愛いからって、彼氏がすぐできるってもんじゃないから」
「あ、『可愛い』は否定しないんだ」
「もちろん」
「
「ああ、可愛い、とても」
「ありがとうございます」
「さあ、終バスの時間があるから、そろそろお開きに」
「そうね」
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました。またお越しください」
ここの階段は結構、角度がきつい。俺は、
「
後ろから
「俺、時々、そういう言われ方をするんだが、どうしてだ?」
「わかってないな、もう」
バス停で時刻を確認すると、
「さっきの話」
「どの話?」
「『ずるい』ってやつ」
「ああ、それ、俺、知りたかったやつ」
「
「そうか?」
「そう」
それと「ずるい」に、何の関係があるんだろう?
「もうひとつ」
「まだ何かあったか?」
「彼氏がいたことはないけど、彼女がいたことはある」
「そ、そう、か」
俺にはよく理解できない世界だが……。まあ、俺の偏見かもしれないが、BLよりGLの方が綺麗な気はする。
「あ、そろそろ、バスが出発する。行くね。
「電車はもっと遅くまであるから。じゃあ、気をつけて」
「うん」
いや、未成年だし。
「
「なに?」
「私も
「え?」
バスのドアが閉まった。まるでアニメの告白シーンだ。こんなことってあるのか?
車内から小さく手を振る
それにしても、まだ、腹筋がズキズキと痛む。あいつ、結構、強かったな。今度、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そんな微妙な距離感で、週に一回程度は学食で一緒に飯を食うようになった。
まあ、俺にとってはもうちょっと距離を置きたい感はあるが、五歳も年下の美少女二人と一緒に食べる昼飯も悪くない。
ジェネレーションギャップだらけの会話も楽しい。
それにしても
「
俺たちは、昼食後、大学構内にあるベンチに座っていた。
「どうした?」
「
「え、ええ?」
ちょっと、どういう展開だよ。
「
今度は
「薄々気づいているかとは思いますが、あたしも
「
「協定?」
「はい。二人とも、
「続きは私が話す。つまり、
何という協定……。
「それは、俺に都合が良すぎないか? それに俺は今のところ、彼女を作る気はないんだ」
「それでもいい。私たちのことを嫌いじゃなければ」
この手の言葉に俺は弱い。「嫌いじゃなければ」とか「少しでも好きなら」とか。
また流される。
「じゃあ、嫌いじゃなければ、一緒に遊びに行ったりしてもいいってことですよね?」
「わかった、こうしよう。まず二人は俺にとって、親しい女友だち。喧嘩しようが何しようが、最後は仲直りをする」
「うん、あたしはそれでいいよ」
「私も。ね、今度、どっか、お泊りで旅行に行こうよ」
後ろで何かが動いた。たまたま風下だからわかったが、この匂いは
俺は振り返らずに、
「
「ごめんごめん。じゃあ、私も入れてもらっていいかな」
「そういえば、
「元カノ。今は同じ研究室」
「ああ、この間、言っていた人」
「
「
ベンチの前に
「あの、
「こじれて別れたわけじゃないから」
「そうそう、同棲していたのよ。
「実は私、処女じゃないから」
今度は、俺が固まった。GLの世界で処女じゃないって。
「
「い、いや、誰でも戸惑うことはある」
「信じたの?」
「もちろんだ」
「冗談かもよ」
「いや、信じてる。友だちだからな」
「ありがと」
「ああ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、大学に行くと、掲示板の前で人だかりができている。
「
「なんだよ、隠さなくていい」
――モテ男養成コース募集中
そこには、目元は黒塗りしてあるが、以前、ファミレスで隠し撮りされた
急に足元の感覚がなくなり、悪寒が背中を走る。
恐らく、この男みたいにモテるというやつだろう。ご丁寧にQRコードまで印刷されている。のどの奥が熱い。
「悪い、俺、トイレに行ってくる」
掲示板の前にいた連中は俺を見ている。俺に気が付いたのか……胃袋から食道にかけてどんどん熱くなってくる。
間に合った。トイレの個室に入ると、朝飯が勢いよく出てきた。それから、何度も何度も……胃液まで出てきたのか、のどがヒリヒリする。誰だ? あんな貼り紙をした奴は。
それからというものの、毎日、掲示板に同じ紙が貼られていた。一応、
今更ではあるが、二人とも可愛いから目立つ。変に正義漢ぶって俺のとばっちりを食ったりしたら、申し訳ない。
「スケコマシ」
「女ったらし」
「うらやまし」
「女子の敵ね」
全員が全員ではないが、時折、そんな声が聞こえてくる。
「
「まあ。胃潰瘍かも」
「事務に連絡したらどうかな」
「そうするよ」
研究室で片付けをしていたら、
「よかったら、今日、うち、寄ってく? かなり参っているんでしょ」
「いや、いい。さらにひどい噂が立ちそうだから」
「そっか」
なんだろう、
「
「なんでもないよ、暑くなったから、ちょっとバテているのかも」
「食事には気をつけろよ」
「うん」
「冷凍チャーハンには、ミックスベジタブル追加で」
「わかった、ありがと」
翌日、大学の事務で相談すると、既に毎朝、剥がしてくれているとのこと。
また、掲示板の前には監視カメラは無いが、付近の監視カメラから、どうやら男性っぽいということを教えてくれた。
印刷された画像を見せてもらったが、帽子をかぶり、マスクをしているので顔はわからない。薄手のコートを着ているため、骨格もよくわからない。
――ポコポコ、ポコポコ
「
「どうぞ」
「え? ああ、そうか、いいよ」
夏休み、どこかに泊まりで遊びに行かないか? というお誘いだった。
ま、旅行なら人目を気にすることも無いし、三人なら、まさかの展開もないだろう。
気分転換にちょうどいい。
----------------
あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
人の匂いって、体臭もありますが、使っているシャンプーや洗濯に使う洗剤によっても左右されます。また、女性であれば、ファウンデーションなどの化粧品によるものもあります。
案外、匂いで覚えていたりすることもありますので、ちょっとしたポイントとして抑えておくと良いかと。ワタクシはヘアオイルの都合上、レモンの香りです。
おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。
さらに、フォロー、ブックマークに加えていただけたら、スクワットして喜びます。
それではまた!
貧乏大学生の恋事情は⑤女子高生と純愛の結果 綿串天兵 @wtksis
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。貧乏大学生の恋事情は⑤女子高生と純愛の結果の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます