優しさという病気
ちびまるフォイ
優しさに寄生する病魔
「再検査、かあ……。なに言われるんだろう」
おそるおそる病院にいくと、医師は沈痛な顔で告げた。
「あなたの身体から病気がわかりました」
「そ、そうですか。教えて下さい。
なんて病気なんですか? ガンですか?」
「いえ……」
「教えて下さい!! 覚悟はできてます!」
「優しさ過剰症です」
「……はい?」
「人より優しさが過剰である人の病気です。
糖尿病は過剰な糖が原因。優しさ過剰症は……」
「いえ病気の内容はわかったんです。
優しさが過剰であることになんの問題が?」
「危機感を感じてないようですね……」
「優しさは褒められるものでしょう?」
「いいえ、過剰になるとそれは自分への虐待に等しいんです」
「はあ!?」
「たとえばあなたは休日は何をしていますか?」
「ボランティアです」
「平日の仕事の仕方は?」
「同僚のぶんも頑張って仕事して残業しています」
「そういうところですよ。あなたは自覚なく自分をいじめているのです」
「そう言われましても……。これが私なんです。
嫌々でやってるわけでもないですし……」
「このままじゃあなたは優しさで尽くしすぎて
いつか身体にとんでもない影響が出ますよ」
「そんなおおげさな……」
「とにかくこの薬を飲んでください」
「飲むとどうなるんです?」
「ちょっぴり自分に優しくなります」
医師からは治療薬を処方された。
納得はいかないが一応病気ではあるので素直に飲むことにした。
「これでいったい何が治療できるんだ……」
薬が効き始めた3時間後。
ボランティア団体から電話がかかってきた。
『もしもし? 今どこにいる?』
「家だけど」
『それはよかった。実は河川敷のゴミ拾いボランティアで
急に欠員が出ちゃったから来てほしいんだ』
「え……」
今日は家でゆっくり映画でもと思って買い込んだポップコーン。
今ボランティアに出てしまえばシケってしまうだろう。
普段なら迷いなく「行きます」と言っていたが。
「どうしても……?」
その聞き返しに相手は驚いた。
『え!? まさか断るのか!?』
「あいや違うんだ。単に緊急度を確認したくて」
『そ……そうだよな。びっくりしたぁ。
普段はもっと優しい人だから、断られるかとおもって焦ったよ』
「あは、あはは……」
はじめての経験だった。
自分の映画という娯楽を優先したいという感情が湧き出たのは。
普段ならその選択肢すら考えつかなかった。
自分にちょっぴり優しくなるというのはこういうことなのか。
しかしーー。
「い、行くよ。もちろん!」
そんな自分の意思はいったいどこに求められているのか。
自分が断りかけたときの相手の反応がその答え。
誰もが自分を押し殺していなければ社会は成り立たない。
「なにが自分に優しく、だ。そんなもの求められてないじゃないか」
河川敷のボランティアに参加してゴミを拾う。
この世界には自分勝手にポイ捨てする人もいるようで
いくらゴミを拾っても草の陰からゴミが出てくる。
こんな人ばかりになってしまったらそれこそ終わりだ。
ゴミ拾いで渡されたゴミ袋の中に、
自分が処方された治療薬も捨ててしまった。
「これが自分の生き方なんだ。
医者にどうこう言われようと他人に優しくするのが自分なんだ」
固く意思を決めたときだった。
「うっ! な、なんだ!? 胸が……く、くるしい……!!」
急に心臓が締め付けられるように苦しくなった。
立ってもいられなくなり、河川敷に倒れて転がり落ちる。
「きゅ、救急車ーー!!」
ボランティアに参加していた人がすぐに救急車を呼んだ。
まもなく緊急医療病棟にかつぎこまれた。
「こ、これは……!」
「そんなに……悪い病気なんですか……?」
「全身に優しさが転移している……!!」
「どういうこと……?」
「とにかくすぐに優しさと体を切り離します! 局所麻酔!!」
自分が思っている以上に優しさは身体の中で大きくなっていたらしい。
切除手術がはじめられた。
数時間もの大手術。
運良く担ぎ込まれた病院が名医の場所だったのもあり成功した。
「手術は成功だ……」
名医がメスを置いた。
「これが……優しさ?」
「ええ。それがあなたの優しさです。
全身に転移していたので完全に取り除くのに苦労しました」
「まるで分身だ……」
「全身に転移してましたから、全部切り離すとそうなります」
手術室に突っ立っているのはまるでもう一人の自分。
ちがうのは煩悩ゼロで優しさ100%で作られているところだろう。
「あの。先生、ひとつ聞いていいですか?」
「なんでしょう」
「切り離した要らない方はどうなるんです?」
「処分されます」
「そうなんですね……可哀想に」
「同じ人間がふたりいるのはさすがに迷惑でしょう」
「たしかにそうですけど。ある種これも自分のひとつなんです」
「社会とは他人との関わり合いです。
自分をどれだけ他人に合わせられるかが大事なんですよ」
「そうですか……」
「私だって、休日に呼び出されて手術していますが
もし断っていればあなたの命はなかった。そういうことです」
「よくわかりました。それじゃ処分をお願いします」
「はい。すぐに片付けますね」
医者は優しさだけの自分を引き寄せてから、
切り離された元の体に向かって銃をぶっぱなした。
「やっぱり他人を大事にする方こそ本体であるべきです」
命尽きる自分を、優しさだけの自分がにこやかに見守っていた。
優しさという病気 ちびまるフォイ @firestorage
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