死して祖国の為なれど

霜花 桔梗

第1話


 私の名前は『雪野かなめ』決戦兵器と言われている。社会に放たれると内部から壊す存在らしい。

 

 過去は無く『雪野かなめ』と言う名前だけが全てであった。今、私は研究所を離れてアパートに一人暮らしをして高校に通っている。


 最後のテストミッションとして普通の高校に通い社会性を得るのだ。


 それは、大気圏内核実験より危険な事らしい。


 当たり前だ、私は決戦兵器……。


 この満津名高校にどんな厄災が起こるか分からないのだ。


 そして、今朝も登校の準備に入る。髪をとかして寝ぐせを直す。ヒューマノイドでも寝ぐせが付くから不思議だ。


 私は手のひらを見つめる。決戦兵器なのに死が怖い。色々考え込んだ末に、私は登校用のリックサックに小さな白い犬のストラップを付ける。


 少しだけ落ち着いた。


 その後、歩いて高校に向かう。せっかくの一人暮らしだ高校に近い場所を選んだ。


 昇降口にたどり着くと同じクラスの『前田 夏期吉』が声をかけてくる。


「かなめさん、可愛らしい、ストラップだね」


 今朝、付けた白い犬のストラップを早速ほめられる。


「ありがと、夏期吉くんは小さな幸せをくれるね」

「えへへへへ、照れることを言うなよ」


 コイツ、私に近づいて不幸にならないのか?


 私は『夏期吉』の言葉に不思議な気分になる。そう、これが高校生としての始まりであった。


「えー南沙諸島海戦から二年、華国との冷戦は劣勢をしいられている」


 SHRで担任が口癖のように現在の国際情勢を語る。そう、私はこの戦争での決戦兵器だ。


 この高校での実験が成功したら華国に送り込まれ内部から華国を崩壊させるのだ。


 私が生きて帰る事は不可能であろう。



 高校に通い始めて数日後、演劇部が地区大会で金賞を取ったとの知らせが校内に届いた。


 バカな……私は決戦兵器……人々に不幸をもたらす存在のはず。私は教室の窓から空を眺めながら、自分が欠陥品でないかと心配になる。


「かなめさん、どうしたの?窓から外ばかり見て」


 夏期吉くんが声をかけてくる。少し下心が感じられて鼻につく。


 しかし、夏期吉くんはイケメン男子でファンも多いらしい。きっと、普通の女子なら胸がキュンキュンするのであろう。


 私は長考して返す返事を考える。


「あ、あのさ……死ぬ時が分かっている人間にモテても仕方ないよ、てな感じ」


 自分でも何を言っているか混乱する。この高校でのテストが終われば華国に向かい、死が待っている。


 そんな事を素直に言葉にしても意味は無いのに……。


「かなめさんは死ぬの?」

「えぇ、あ、ぁ……」


 これは返事を間違えた私が決戦兵器でヒューマノイドである事は極秘事項だ。


「え、演劇の話だよ、演劇部が地区大会で金賞を取ったやつ」

「なんだ、少し焦ったよ。でも、弱小演劇部だと思っていたのに凄いよね」

「ホント、女神さまでも降臨したのかな……」

「そうだね」


 夏期吉くんとの会話は終わり。何とかピンチを脱した。この辺の人間らしさが足りないからこの高校で学ぶのであろう。


 などと、窓の外を眺めながら、考えるのであった。


 今日も授業が終わり帰る支度をしていると。


「かなめさんは家が近いのでしたね。差し支えなければ古文研究会に入らない?」


 クラスメイトの女子二人から声をかけられる。これは部活のお誘いだ。話によると平安時代の古今和歌集をメインに研究している部活らしい。古今和歌集限定とはマニアックだ。いや、平安時代の代表する和歌集なので王道とも言える。


「ちょっと、待って。今、保護者に連絡してOKが出るか確認するね」


 私も普通の高校生の生活が欲しくなった。携帯を取り出すと、この決戦兵器プロジェクトマネージャーの春日に電話をかける。


「あ、あの……。部活に入ってもいいかな?」

「今、技術部門の祟田氏に確認をとる、折り返して電話するので待ちたまえ」


……。


「ゴメンね、待たせて、家の保護者、過保護なの……」


 適当にごまかして、返事を待つクラスの女子二人を待たせる。


 ううぅ、気まずいが仕方がない。複雑系の方程式への影響を調べる必要があるからだ。


 すると、携帯が鳴り私は直ぐに回線を繋げる。


「祟田氏の答えは部活動を容認するだ」

「あ、ありがとうございます」


 プロジェクトマネージャーの許可が下りた。私は直ぐにクラスの女子二人にOKを伝える。


「私達、本当は迷ったの、かなめさんって何時も難しい顔をしているから……でも、誘ってよかったわ」


 クラスの女子二人は『花美』に『詩都』と名乗った。また一歩、普通の学園生活に入った。ホント、少しは生きがいを感じるひと時であった。


 夜、私は眠れずに天井を眺めていた。部屋の中は年頃の女子らしい飾り気は無く、机の上にあるパソコンと姿鏡が印象的であった。私は携帯端末に指をタッチすると現在の健康状態が表示される。


 ヒューマノイドである事は関係ない。この時代は携帯端末で健康状態が分かるのだ。


 結果は『微量の興奮状態』と表示される。私は人間らしさを求めて作られたのだ。例えば夏期吉くんに何かを求めているのかもしれない。


 少し胸がキュンとする。恋の前兆か……。


 私は少し自分の運命が嫌になる。そう、私はブラジルで蝶の羽ばたきによってテキサスで竜巻が起こるバタフライ効果の方程式を解いた存在だ。


 それは、私と言う個体が死ぬ事で発生する羽ばたきによって華国に打ち勝つのだ。


 生きたい、普通の女子高生として生きたい。すると、自然に眠気を感じる。この気持ちは明日になれば忘れるかもしれない。


 嫌だ、忘れたくない!


 しかし、眠い気持ちが支配していくのであった。


 朝、起きると一筋の涙がこぼれる。生と死の狭間で涙が出たらしい。


 私は起き上がると高校に行く準備をする。昨晩の気持ちは少し残っていた。


『死にたくない』


 私は冷たい水で顔を洗い気分を変える。その後、アパートから高校に行く。


 昇降口でやはり夏期吉くんが声をかけてくる。


「今日はかなめさん、ご機嫌斜め?」


 心配そうな夏期吉くんに作り笑顔で返事を返す。


「ただの寝不足よ、心配してくれてありがとう……」

「かなめさんは嘘を時に鼻をかく癖があるよね」


……。


「ゴメン……」


 夏期吉くんの謝意は私の嘘を見抜いた事に後悔を感じているらしい。


 そう、時に人間は鈍感であるべき事柄であった。私は何も言わず、教室に向かう。


「あれあれ?夏期吉くんとケンカ?」


 古文研究会の花美と詩都が寄ってくる。


「はい……」


 私は力無く返事を返す。これは本当の事だ。


「大丈夫、かなめさんは優しいから直ぐに仲直りできるよ」


 詩都が励ましてくれた。これが友達なのかもしれない。


 私はほんの少しだけ幸せな気分になる。


 その後、SHRが始まると担任がクラスの女子である秀才の水谷さんが紹介される。


「えー我クラスから英語スピーチコンテストの全国大会に出る事になった。水谷さんを応援するように……」


 ほーう、それは凄い……と、感じていると。違う!不幸にならなくてどうする!


 !?


 実力で選ばれたのだから仕方がないか。考えを改めて、水谷さんを見る。


「ありがとうございます、皆さんの声援を受けて頑張ります」


 その声は透き通っていて声優かと思うほどであった。これは才能と言っていいだろう。


 私は水谷さんの優美な姿と平和な学園生活に羨ましさを感じた。


 ふと、窓際の席から空を眺めると雨が降り出した。


 私の気持ちを表す様な天気だ。


 その日の昼休み時間の事である。私は小会議室に呼び出されていた。


 そこに居たのはプロジェクトマネージャーの春日であった。


「元気そうだね」

「はい……」


 春日は私を見るなりニタニタしている。それは嫌な予感しかしない雰囲気であった。


「突然だか死んでもらう」


 春日はビジネスバックから拳銃を取り出す。


「私は華国で自決するのではないのですか?」


 機嫌な態度で疑問をぶつけると。


「私は複雑系の方程式を土産に華国に亡命する事にしてな。君は邪魔になったのだよ」

「この国を売るのですか?」

「そうだ、貧乏な生活から大富豪になれるのだ、選択の余地はない」


 ここで死ぬのか……結局、政治の道具だ。すると、武装ヘリの飛行音が聞こえてくる。そして、特殊部隊が小会議室に突入してくる。


『第一級、スパイ容疑で拘束する』


「ちっ、バレたか、どうせこのまま捕まっても死刑だ、ここで決戦兵器である、かなめ君を殺してやる。華国との戦争に敗れるがいい」


『バン』


 春日は私に拳銃を発砲すると、次の瞬間には春日は特殊部隊ハチの巣にされていた。裏切り者は死んだか……私の人生もここで終わりだ……。


 薄れ行く意識の中で夏期吉くんの事を考えた。来世では戦争の無い世界で夏期吉くんと普通の学園生活をしたいな。


……———。


『臨時ニュースを伝えます。華国との首脳会談が実現して恒久平和条約が結ばれる運びとなりました。引き続き、臨時ニュースを伝えます……』


 朝の時間が流れて、私はラジオの電源を切り、満津名高校に通う準備をする。


 私にとっては初日だ、失敗しない様にしないと。


 祟田技術顧問によると私が国内で死亡すると華国との恒久平和が実現する様に複雑系の方程式が解かれていたのだ。


 一国を亡ぼす方程式だ。当然、実現困難な恒久平和条約を結ぶ事もできるらしい。


 そして、私は二番目のヒューマノイドである。


 一番目が何を思い、何に苦しんだか分からない。そう、容姿だけは同じ存在である。


 私は携帯端末を調べると一番目の日記が残っていた。


 それは恋する乙女の内容であった。


 フムフム、この夏期吉くんなる人物はそんなにカッコイイのか……。


 部活の古文研究会も楽しかったらしい。


 祟田技術顧問によると私の存在が必要なくなり。学園生活を楽しむ様に言われている。


 玄関のドアを開けると外の景色が広がっていた。


 これからが私の第二の人生の始まりだ。

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