猫乃わん太の事件簿~雪深村スキー場七面鳥事件~

水城みつは

雪深村スキー場七面鳥事件

「おはよ~わん! ぬいぐるみ系VTuber、猫乃わん太わん。今日は雪深村のスキー場にあるロッジからお届けするよ! とは言っても雪深村がどこにあるかは知らないんだけどね」


◯[知らないのかよwww。いや、どこ?]

◎[かわわ。あ、初見ですけど、え、背景は実写、CG?]

◇[初見だと驚くよね、うん、それが普通の反応だけど……気にしたら負けだ]


 おー、久々の初見さんだ。やはり新しいところに来たほうが新規リスナーが増える気がする。

「ご新規さんも居るみたいだし自己紹介しとくわん。ボクはぬいぐるみ系VTuberこと、猫乃わん太。ブラック&タンで、この茶色の麻呂眉がトレードマークのプリティわんこわん!」

 くるっと回って短いシッポもアピールする。


◎[かわわ、確かにぬいぐるみ……え、実写?!(困惑)]

❤[わん太きゅん、かわわ]

▽[ところで、どうしてそんなロッジに居るんだ?]


「どうしてかと言われると、それは昨日の昼のことだったわん――」


 部屋の中がかなり寒かったこともあり、「いくら毛皮があるからって寒いのは困るわん、あったかいところに行きたいなー」なんて思っていたのが悪かったのだろう。

 お昼ごはんを食べようと外に出たところ、ボクは何も無い山の斜面にポツンと立っていたわん。

 フラフラとしながら夏の暑い日差しに背中を焼かれるような感じで山を降りた所でこのロッジのオーナーに助けて貰ったんだわん。


「――てなことがあって、昨日はこのロッジに泊まらせて貰ったんだわん。ちなみにここのオーナーはすっごく料理が美味しんだわん。今日もとっときの料理を食べさせてくれるって言うからボクもとーっても楽しみに――」


「うわぁあぁっーーーっ!」


 とある朝、とあるところにある雪深村のスキー場のロッジの平穏は叫び声によって破られた。


「今の叫び声は……あ、わん太君おはよう」

「何事ですかぁ? ん、小室こむろさんに、わん太くんだったか、今の叫び声は?」

「あれ、みんなおきてたのかい? 後は和田わだ……えーと、何があった?」


 ロッジ中に聞こえたと思われる声で慌てて起き出してきたのはボクの他にこのロッジに泊まっていた四人組……の中の三人だった。

 彼らは同じ大学のスキー同好会の集まりで夏休みを利用して毎年このスキー場のロッジに泊まりに来ているらしい。


「おはようわん。ボクが朝の配信を初めた所で急に叫び声が聞こえたんだわん」


「おお、これが都会で流行っているハイシンっちゅうやつか。この周りに見えているのがコメントかい?」


◯[え、見えてるんだ。やっほー]

△[ロッジにいるのは全部で五人か]

◆[それより、叫び声は誰のなんだ。残りの一人かい?]


「んん、そうだ、和田わだくんが居ないな。和田くんはそっちの食堂側の部屋だったか」


 ロッジの客室は一階に二部屋、二階に三部屋となっている。

 一階にはまだ出てきていない和田わださんと小室こむろさんが泊まっていた。

 残りの銀畑ぎんはたさん、新田にったさん、それにボクが二階の部屋だった。


「おい、和田わだ! 起きてるか? おい、起きてたら返事をしろ!」


 ガチャガチャとドアノブを回すが鍵を掛けているのか開きそうにない。


「鍵は?! オーナーなら持っているかな。オーナーは……」

「小室君、落ち着くんだな。この時間はオーナーは朝食用の買い出しに出てる筈なんだな。それに、ここの部屋は内側から閉める閂式だから鍵はないんだな」

 銀畑さんが扉を壊す勢いの小室さんを止める。


「あぁ、そうだったな、済まない、気が動転していた」


「オーナーならボクが出てきた時に丁度出ていったわん。朝採れの美味しいトマトでサンドイッチを作ってくれるって言ってたわん」


◎[朝採れトマトのサンドイッチ、絶対美味しいやつだ]

▽[そんなことより、和田さんとやらの安否確認が先じゃないか?]

△[どう考えても悲鳴はその和田さんだろ? 窓とかはないのかい]


「窓、窓はあるか訊かれてるわん」


「そうか、窓、窓はあるが、ここは雪が凄いから頑丈で小さな窓があるだけだな。いや、とりあえず様子を見に行こう」

 小室さんが慌てて外へと向かうのに皆で着いていく。


 玄関の扉を開けるとそこは雪国だった。いや、ここは確かに雪深村だから驚くほどではあるようなないような。


◆[大きな足跡が何処かに続いてるな]

◎[オーナーは熊かな?]

❤[雪がとっても綺麗]


「こっちだ」

 柔らかい雪に足を取られそうになって進む小室さん達の足跡を追いかける。

 ちなみにボクは少し浮いているので雪に足を取られることはない。


「和田! おい、どうした!」

 少し薄暗い部屋の中には倒れ込んでいる和田さんらしき人の姿と何かの大きな塊が見えた。


「窓は……おい、開いてるが……」


 頑丈そうな窓の鍵は空いてはいるが小さく、中には入ることができそうにない。


「ん、何とかして部屋の鍵を開けられないかな?」


◯[鍵まで届きそうな長い棒とか]

◎[せっかく窓が開いてたのに入れないなんて……]

▽[そのサイズ、わん太なら入れたりしないか?]


「えっ、確かに入れるかも知れないんだな」

「それだ! 頼む、入ってドアを開けてくれ」

「んー、わん太くんならいけそうだね」


 皆がボクの方を見た。


「あ、中に入って鍵を開ければ良いわん? それじゃあ行くからみんなロッジの中に戻って」


 ボクでもギリギリサイズの窓から部屋に入る。


 和田さんは……良かった、息はしている。

 そして、和田さんの隣に転がっていた大きな塊は……凍った七面鳥だった。


◎[生きてる、頭打ってるなら動かさないほうが良いかも]

▽[それで、どういう状況だ? 七面鳥で殴られた?]

◆[部屋の鍵が閉まったままとなると、密室殺人事件……いや、死んでないなら未遂か]


「和田! 生きてるか? 良かったー」

 ドアを開けるなり飛び込んできた小室さんをなだめて和田さんを動かさないように告げる。


「んー、それでこの状況は……和田さんは気絶、近くには七面鳥らしき凍った塊、出入りできない窓に閉まったドア」

「これは、密室殺人事件だなぁ。あ、死んではないけど」


「くっそっ、誰がこんなことを」


「みんな落ち着くわん。まずは状況を整理するわん」


◆[和田さんは被害者として、容疑者はここにいる四人、それと、出かけたままのオーナー、もしくは外部犯だ]


「ちょっと待て、俺が親友の和田をどうにかするわけ無いだろ!」


「小室君、落ち着くんだな。単に状況の確認だし、そもそも誰も君が犯人なんて思ってないんだな」


◯[こんな時は時系列に沿ってアリバイの確認からだなってじっちゃが言ってた]


「じっちゃの言うことなら正しいんだな。それで、最初に起きてきてロビーに出てきたのは、わん太くん?」


「そうわん。明け方ぐらいにブォーッって音がしてたのが気になって早起きになってしまったんだわん」

「んー、それなら私も聞いたな。そのおかげでというべきか私もいつもより早起きだった」

「ああ、それで何となく朝の目覚めが悪かったのか。俺もいつもより早く目が覚めてしまっていたよ」


「それで、降りてきてすぐはオーナーが居たわん。けど、ボクが配信を始める前に朝ご飯の材料を仕入れてくるって出ていったわん。その後はずっと配信してるからアーカイブを見直せばわかるわん」


◎[俺らも見てたから間違いないね]

△[配信開始してすぐに叫び声が聞こえた。あれが和田さんの声だと思う]


「ということは、朝のその時まで和田は無事だったんだな。犯行時刻がその時としてアリバイはみんなありそうだが?」


「そうだね、叫び声がしてから割とすぐにみんなが出てきたわん」


◆[出てきたのは、銀畑さん、新田さん、小室さんの順番かな]

◯[その場に居なかったのはオーナーだけだね]

▽[オーナーは出ていった足跡があったけど、まだ帰ってきていない]


「そう言えば雪の上にしっかりと足跡が残っていたんだな」

「んー、和田さんの部屋の窓の前まで他の足跡はなかったな。それに、オーナーは私達以上にでかいからあの窓から入るのは絶対無理だ」


▽[足跡と言えば、わん太は足跡つかなかったよな]

∴[そう言えば、少し浮いてるんだったか。あ、わん太はあの窓通れ……ゴクリ]


 小室さん達のボクを見る目が厳しくなった気がする。


「ちょっ、ちょっと待つわん。叫び声があがった時はボクもここに居たわん。そもそも、もっと気にすることがあったでしょ?!」


「いや、俺も君を疑いたくはないが状況証拠としてはかなり怪しい。現に君はあの部屋に入れた」

「そうなんだな、オーナーではあの窓からは入れないし、ドアの鍵は外から開ける方法はない」

「んー、唯一ここに居ないオーナーは雪に残った足跡を見るに窓には近づいていないし、帰ってきてもいない」


「それ、それだよ、それ、それが一番おかしいわん!!」


「ん? 何かおかしいところがあったかな?」


「雪に残った足跡わん! いや、そもそも今は夏なんだから雪が降っているのがおかしいわん!!」


◎[えっ、あ?!]


「あぁっ! 言われてみるとそうなんだな」

「……」

「んー、ん?! あれ」


―― ガチャッ、ギギィーッ


 玄関の扉が少し軋んだような音と共に開く。


「おやっ、騒がしいと思ったら、お前らもう起きてきてしまったのか。ちっ、まだこっちの準備が済んでないってのになぁ」


 そこには、包丁を持って血まみれになった厳つい大男、そう、オーナーが立っていた。



 ◆ ◇ ◆



「オーナー、このサンドイッチ、ちょー美味しいわん!」


◎[朝採れトマトのサンドイッチ、絶対美味しいやつだ]


「おう、捕れたての鹿肉カツサンドもあるぞ」


❤[鹿肉カツサンドイッチ、絶対美味しいやつだ]

◯[絶対美味しいやつだボットにしかなれない。うらやま]


「マジ、美味しいっすね、オーナー」

 頭に包帯を巻いた和田さんももりもりと朝食を食べている。

 どうやらベッドから落ちただけらしく、強く頭を打ったわけでもなく一安心である。


「おう、しかし悪かったな鍵も開いてたし、隣の食堂の窓と間違えてたよ」


「昨日の夜も暑かったから途中まで窓を開けてたんすよ。けど、朝起きたら隣に七面鳥が寝てるなんて思わないっすよ。思わず叫んでベッドから転がり落ちたっす」


◆[これが密室殺人事件の真相……死んではないか]

◎[いやいや、謎が深まるばかりなんですけど?!]

▽[わん太の配信はいつもそんな感じでいいかげんだぞ。アーカイブ見てこい]


「ちょっと、変な風評被害を撒き散らさないでわん! リスナーさんのために順を追って説明すると――」


 昨日の夜、オーナーはロッジの冷蔵庫が壊れていることに気付いてしまった。

 食材を冷やす方法がないか考えた結果、人工造雪機で雪を降らせて冷やすことにした。

 朝方に今日の夕食に使う予定の七面鳥は解凍するために食堂のつもりで和田さんの部屋に窓から入れる。

 雪を降らせるのを止めてからオーナーは追加の食材を仕入れに出かける。

 起き出した和田さんが隣に寝ている七面鳥の肉にびっくりして叫んだ後にベッドから落ちて気絶。


「――というわけだったわん」


◯[分かったようで、納得がいかないような説明乙]

◎[血塗れのオーナーさんは? ホラー配信になったかと思ったんだけど……]

◆[その美味そうな鹿肉のために解体してたんじゃないか?]


「正解わん! 仕入れの帰りに鹿を仕留めて解体してたみたいわん」


「鹿肉もまだまだあるから、夜に七面鳥の丸焼きと一緒にだすわ」


「おぉっ、それは楽しみなんだな」

「まったく、和田が無事で良かったよ。だからいつも窓を開けて寝るなと言ってるのに……」

「んー、ここは避暑地としても良いですが、造雪機を使えば夏でも滑れるのでは?」


「昨日の暑さを考えると昼になったらすぐ溶けるわん。さて、それでは事件も無事に解決? したことだし、一旦配信は終わるわん、バイバイわ~ん!」


◎[バイバイわ~ん?]

◯[おつわんわ~ん!]

▽[あのサンドイッチ食べたいなぁ]


―― 本日の配信は終了しました……

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