マリーアン と ワネット
渡貫とゐち
お菓子は姉のもの
とある小さな王国に双子の少女がいました。
マリーアンとワネット。ふたりは双子でありながらそっくりとは言い難い容姿をしていました。並んでも、姉妹とは分かっても、双子とは分からないのではないでしょうか。
それでも双子です。
彼女たちは容姿は似ていませんが、行動はそっくりでした。趣味嗜好も手を挙げての提案も、恋した男の子も、歩く時はどちらの足から出すのかも、全てが同じです。
違うのは顔だけです。
そっくりな双子でも、顔はやっぱりちょっとは違うのですが……。
「ワネット、あなたはパンを食べなさい」
「なんでっ、お姉ちゃんはいつもお菓子じゃん! たまにはわたしにもお菓子を食べさせてよ!」
「ダメだよ、妹にはまだ早いわ」
「生まれた差って一秒くらいなのに!?」
姉のマリーアンが生クリームたっぷりのお菓子を掴んでかじっていました。妹のワネットはバターが挟まれているパンを不満そうに食べています。しかし嫌いなおやつではないので一口食べてしまえば食が進みました。すっかりとワネットは笑顔です。
「ふ、チョロい妹ね」
ワネットの言った通り、生まれた差は数秒です。ワネットがそうならマリーアンにも同じ気質があるはずなのですが、姉に自覚はありませんでした。
姉、という肩書きが自信になっている場合もありますし、ワネットのようにあっさりと言いくるめられる、ということはないかもしれません。
口の端に生クリームをつけながら、マリーアンが食べ終えました。その時、口の奥でズキ、と違和感がありましたが、意識する前に隣のワネットがマリーアンの頬――いえ、口の端についた生クリームを、唇をくっつけてくわえていきました。少しだけ残った生クリームは最後にぺろりと舐めて――マリーアンが飛び退きます。
「にゃっ、にゃにっ!?」
「もったいない生クリームを貰っただけだよ?」
「口で取るな! ぞ、ゾゾゾ、ってしたけど!?!?」
「双子なんだしいいじゃん。お姉ちゃんの顔が汚いとか思わないし」
「そういうことじゃなくて! ……あーもういいわよ、好きなだけかじりついて舐めればいいじゃない!!」
「生クリームが目的で、お姉ちゃんを食べたいわけじゃないんだけど」
ワネットは口の中の生クリームと、かじったパンを合わせてお菓子に近づけていました。バターと生クリームを同時に味わって笑顔の妹です。
「…………」
「ごちそうさまでしたっ、あー美味しかったー」
ドキドキと鼓動が激しくなっているマリーアンは、気づけばさっき感じていた口の奥のズキズキなど忘れてしまっていました。ズキズキがドキドキに……。だけど誤魔化されているだけでなくなったわけではないのです。
マリーアンはすっかりと忘れ、気づけば治まっていたズキズキ感に疑問を持たないまま、一日の残りを過ごしていました。
そして夜です。その時がやってきました。
ひとつのベッドにふたりで寝ているマリーアンとワネット。寝息を立てたワネットの隣で、姉のマリーアンは口を押さえて涙を流していました。だけど声は上げません。妹のワネットを起こすわけにはいかないからです。
(が、がまんよ……だってあたしは、お姉ちゃんなんだから……っ)
数秒早く生まれただけですが、肩書きを持つということは責任が生まれるということでもあります。妹のワネットに、姉とはこういうものだと教えなければなりません……。イメージを壊すことはできませんでした。
今まで姉として威張ってきましたし、お菓子とパンのように、優遇されたのは姉でした(妹が優遇された時もありますけれど)。姉は姉らしくいなければなりません。弱味を見せることはできませんでした。
(うぅ……、がまん、がまん……でも、痛いよぉ……)
朝になって。
徹夜で痛みに堪えていたマリーアンは朝早く母親に泣きつきました。歯が痛いと。その後、寝ぼけていたワネットにはいつも通りの澄ました顔でおはようと挨拶をして、泣き腫らした目はバレないように、すぐに顔を背けました。妹は気づいていなかったようです。
「マリーアン、歯医者さんにいこうね」
母親に連れられていった歯医者さんで、マリーアンは虫歯と診断されました。おかしなことではありません。お菓子を食べていましたから。歯磨きが甘かったのでしょう、生クリームやチョコレートによって、彼女の歯はゆっくりと蝕まれていたようです。
「すぐに治りますよ。ちょっと痛いけどがまんしてくれるかな」
「嫌」
「でも、治療しないと痛いのは消えないよ?」
「嫌っ!!」
診察室から逃げてきたマリーアンは、待合室になぜかいる妹のワネットに気づきました。姉らしく背筋を伸ばして強がりたかったですが、痛みの恐怖に限界を越え、ワネットに泣きつきます。
「こ、怖いよぉ……っっ」
「そうなの? なにするの?」
「ちっちゃいドリルで歯を削るんだって……絶対痛いし嫌だし!!」
「ふーん」
他人事のワネットは当然ですが危機感はなく、泣きついてきた姉の頭を優しく撫でながら、しかしここは心を鬼にするしかありませんでした。
ここで逃げて帰ったところで痛みに苦しむだけです。数日続くか、これから数分だけ痛みに苦しむか。比べるなら今やってしまった方がいい。
妹でも分かることでした。
それでも、妹に泣きつくほど嫌ならば、こうすればいいでしょう。
「お姉ちゃん……ドリルが嫌なら抜けばいいんじゃない?」
・・・おわり
マリーアン と ワネット 渡貫とゐち @josho
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