第2話 魔竜皇女

『ロゼッタ……いえ、サナさん。どうか目を開けてください』

 頭の中から響くような、不思議な声。ぼやけた視界が何かを捉え、そこに焦点を合わせる。

『挨拶が遅れたこと、心から謝罪致します。わたくしは言わば、神。正確にはそれに限りなく近い存在ですけどね』

「神……様…?」

 私はワイバーンに捕まって、どこかへ連れていかれた最中だったはず。でもここは空も地上も全く見えず、それどころかどこを向いても真っ暗だ。

『はい。あなた様をこの世界に転生させたのも、私です』

 どうやら私が転生した原因は、人為的なものだったらしい。だとすれば、帰るためにやるべきことも─────────

『重ねて、謝罪致します』

「はい?」

『あなた様を元の世界に帰すことは、事実上不可能となります』

 正直、予想していた。この手の展開は飽きるほど見てきたからだ。であればその代わりに何か力だったり、道具だったりを与えてくれそうなものだが……。

『今の私に出来ることは、あなた様に魔術の使い方を教えることのみ。私のミスで、本来死ぬはずではなかったあなた様を死なせてしまった償いとして、こちらの世界では楽に生きられるよう手配したのです』

「楽に生きられる?」

 どういうことだろうか。身体が別人になっていること以外、変わった点は────────

「あ、魔術適性…?」

『お仲間の皆さんが仰られた通り、様々な属性があります。あなた様以外の人々、そして種族は基本的に、一つから二つの魔術が使用可能です』

 なるほど、私はイレギュラー過ぎるわけだ。転生なんて所業をやってのけるほどの存在がそう言うのだから、真実だろう。

『私があなた様に与えた力は、魔術に特化したもの。一つ目ですが、既に判明している全属性使用可能セブンス・オールマイティ。二つ目は無詠唱ノンボイス・スペル

無詠唱ノンボイス・スペル?」

『あなた様であれば、その意味が理解出来るはずです』

 確かに理解出来る。つまり魔術を覚えさえすれば、心を読んでくるような相手でなければ必ず有利に立ち回れる、ということだ。

『三つ目は魔力無制限インフィニティ・マナになります』

「えっと……あらゆる魔術を好きなだけ、相手にバレることなく使える…?」

『そうです。この世界における魔術とは実に重要なこと。これほど役に立つ能力は無いでしょう』

 果たして良いのかそれは? その情報が何も知らない人々に噂として広まったら、楽に生きるどころか国同士のいざこざに巻き込まれる……とか。ありえるのでは? この手の話だとよくある展開だ。

「それって、やろうと思えば世界征服も出来ちゃったり……?」

『おや、そういった願望が?』

「いやいやいやいや! 無いです! 人の上に立つの苦手なので!!」

『……言ってしまうと、出来ます。でもその言葉を聞いて安心しました。もしあなた様がこの世界を敵に回すようなことがあれば……』

 敵に回すようなことがあれば…?

『私は位を下げられるか、消されてしまいますので』

 それは大変だ。力の使い方は間違えないようにしよう。例えば、やられたらやり返す────────正当防衛理論だ。

『威力は控えめにしてくださいね? 過剰防衛が許されないのはこの世界の法も同じですので』

 今更だが、簡単に人が思っていることを読み取れるなら口で会話する必要は無いのでは…?

「話し相手が居ないと寂しいですよね」

『そんなことありませんよ!?』

 頻繁に、とはいかないが。私も転生する前の話が通じる相手が欲しかったところだ。

『では、そろそろあなた様を向こうへお戻し致します。最後に一つだけ』

「何です?」

『魔術はイメージです。イメージでどうとでもなります。私が与えた能力を信じて、ファイトファイト! ですよ!』

 おかしい、急に威厳とかそういうものが無くなった気がする。

「……って、ほんとに空中!? 酷いですよ女神様~!」

 とにかく対処だ。普通にやっても逃げられないなら、このワイバーンに魔術をぶつければ、あるいは!

(イメージって言っても、覚えるのが目的なら口にした方が良いのかな? 良いよね? 音読って暗記するのに役立ったはずだし!)

 今の状況で使えそうなのは、他でもない私の腕。ならそこに魔力を纏わせるイメージで、転生前に見たアニメを参考に────────

「『疾風拳ブラスト・フィスト』!」

 右腕全体から突風が吹き、ワイバーンの身体目掛けてパンチを繰り出す。すると狙い通りに命中し、これまた狙い通りに私の体はワイバーンの足から解放され……ん?

「これ普通に落ちるじゃん!!」

 髪が、衣服が、唸りを上げる。慌ててもう一度空中で『疾風拳』を発動し、で何とか地面に当たらずに済んだ。しかし、ずっと反動で飛ぶのは効率が悪い。解決策が必要だ。となるとやはり魔術か。落ちなければいいわけなのだから、簡単なのは……

「『浮遊エア・ウォーク』!」

 うん、ちゃんと浮くことが出来た。出来てしまった。平衡感覚も地上と何ひとつ変わらない……と思う。これ反則なのでは?

(戦い方なんて知るもんか! 人を襲ったんだから、とりあえず敵で良いよね? ワイバーンって定番だし!!)

 攻撃が通用するのは分かったが、相手は群れだ。一回一回殴っていたらおそらくキリが無い。つまり、こうだ。

「『風刃層ウィンド・カーテン』…!」

 今度は両手から風が起きる。直接的な殺傷力は無いが、風が吹く範囲と時間を重視してみた。どこか遠くに追い出すことが出来れば良いが。

 向こうも耐えようとしているが、一匹、また一匹と散っていく。もう何でもありだ。

「アナタ」

「何、誰!?」

「コッチ」

 よくよく見ると、まだ残っているワイバーンが居た。どうやらその個体が話しかけてきたようだ。

「カゼ、トメテ。ハナシ、シタイ」

 止めた瞬間に襲いかかってくると思ったが、残っていた彼らはその全てが地上へと舞い降りた。

「色々聞きたいけど…話って?」

「ワレ、ローヴ。ワレラ、アイリスサマ、サガシテル。タスケテ」

 ローヴ…?それに、アイリス……様? 名前で良いのだろうか。それにしても何故ワイバーンが?

「助けてって言われても、私に出来ることなんて…」

「アナタ、ツヨイ。アンナマジュツ、ワレラ、ハジメテ」

 まぁそうだろう。他にこんな戦いをする人が居たら驚きだ。

 しばらく話を聞いた。まとめると、彼らはただのワイバーンの群れではなく、皇女様に仕える竜人族の部隊らしい。だが、肝心の皇女様本人がいわゆる家出をしてしまったらしい。見つけた場合、皇女様が癇癪を起こして暴れる可能性が高いらしい。その戦力として、捜索に巻き込み……協力を要請した、とのことだ。

「ロゼッタ様、ゴ無礼、許シテ欲シイ」

「ほんとに人型になれるんだ……」

 ワイバーンから進化した種族らしいが、むしろ人の姿を取っている方が生活しやすいと言う。確かにワイバーンは歩くだけでも苦労しそうだ。

「でも、捜索を始める前にまずは謝罪! シアラに戻って話をしなきゃ。もしかしたら協力者が増えるかも」

「ロゼッタ様、名案。ソレニ従ウ」

 決まりだ。早速シアラへ向かおう。


◆◆◆


「………えっと、皆さんご無事ですか?」

 視線が痛い。物凄く痛い。当然の反応だ。今の私はあちこちがボロボロで、それに加えて竜人族を引き連れているのだから。

「我ラ、焦ルアマリ、悪イコトシタ。申シ訳ナイ」

「わ、私からもごめんなさい! 反省してるからどうか…」

 経緯を説明すると、街の人々は「やっぱりか」と言いたげな顔つきになった。聞けば皇女様のわがままっぷりは各地で有名らしい。怖がっていた者の中には、同情の目を向ける人も居た。

「人探しっていうことなら任せてくれ。オレ達自警団はここら辺に詳しいからな!」

「僕とリーナをリーダーとした、2つのチームに分かれよう。それで探すんだ。竜人族の皆さんは、引き続き空からお願いしたい」

 やはり日頃から指揮を取っているであろうシュウさんとリーナさんには、安心感を覚える。指示をするより、される方が私らしい。

「ロゼッタぁぁぁぁ!! 心配したのだぞ!? まさか竜人族に捕まっていたとは……」

「でもほら、無事ですし…あ、レイラさんの服は駄目でしたけど」

「それにしても、冷静に話をつけてここまで竜人族を連れて来るとは……結構肝が座っておるな? そなたは」

 言えない。普通に喧嘩を売って向こうから制止されたなんて。

「ロゼッタ様、特殊ナ魔術デ」

「わ~~~!!!!! ほら早く、早く!! 皇女様をどうにか連れ戻そうよ!」

 余計なことは言わないように、と小声で釘を刺した。

 そんなこんなで、捜索開始から二時間が経った。しかし足跡ひとつ見つからない。

「失礼ですが、皇女様は本当にこちらへ向かわれたのですか…?」

「我ラノ見張リ役、正確」

「暇になってきたの……ロゼッタよ、感知だけならわらわが手を下しても良いか?」

 感知? 魔力単位で探すアレか!

「出来るなら最初に言ってくださいよ!」

「むぅ、そなたが控えろと言ったのに」

「申し訳ありませんでした、お姉様。どうか無力な愚妹にお力添えを」

 酷い棒読みだ、我ながら。

「なんだ、仕方ないのぉ♡ 可愛いロゼッタのお願いとあれば、竜人の姫などそれはもう一瞬で……うむ! ここから南西、平原の真ん中だ!」

 本当に一瞬で見つけてしまった。魔王怖い。これでは彼女から逃げるなんて、到底不可能ではないだろうか。


◆◆◆


「ふん、何がわがままだ。ボクだって流行りの遊びがしたいのに! 周りの話題についていけない子供が孤立することを知らない大人が、好き勝手制限することの方が許されないよ!」

 実に悲しい文句が聞こえてくるが、それはそれ。あれが例の皇女様だろう。

「アイリス様、オ覚悟!」

 突然の声に固まった私の耳に届いたのは、投擲された槍が空を切る音だった。

「……っ! もうボクを捕まえに来たのか、ローヴ! 人間まで連れて良い気になったな!」

「あの! なんでこんなことを!?」

 連れ帰る際、毎回説得を試みた上で喧嘩になるらしい。なので、初めからこうすれば早いと判断したとか。

 つまり、連れ帰る方法とは───────

(思いっきり実力行使!?)

 竜人のお姫様と争うなんてごめんだ。いつも連れ帰るのに苦労するということは、向こうは戦いに慣れているはず。それに比べれば私は、私は……。

『サナさん、聞こえますか』

 この声は…

(女神様?)

『女神では無いのですが…それで良いです。めんどいので』

 え、今めんどいって言いました?

『確かに相手は強力です。しかし、あなた様には私の加護と、ついでに魔王の影響があります』

 薄々思っていたが、レイラさんのこと嫌いなんだろうな。明らかに声色が嫌そうになった。

(じゃあ勝てるんですか?)

『やり方次第ですね。先程の戦い、中々面白い魔術でしたよ』

 そういえば、あの謎の空間に行かずとも会話が成立している。

『この方が便利でしょう?』

 はい便利ですありがとうございます。

「……ローヴさん、援護お願いします」

「ロゼッタ様? デハ…」

「約束ですよ。皇女様を止めるって」

 力量の差から考えるに、この勝負はスピードが全てだ。近づく前に薙ぎ払われる可能性を潰すために、これで────────

「ロゼッタ? そなた、何をするつもりで…」

(疾風双拳ツイン・ブラスト・フィストで上に跳ぶ! 再充填リチャージ、さらに放出パージで撃つ!!)

 凄まじい反動。しかしそれも浮遊エア・ウォークで勢いを殺し、すぐさま方向転換して再び再充填リチャージ放出パージする。土煙が上がったせいで相手の姿は見えないが、おそらく倒せてはいないだろう。何せ側近の部隊があの強さなのだ。それよりも上の立場であれば、この程度防がれていてもおかしくない。

「「「「…………………………」」」」

 と、思っていたのだが。

「あ……れ………?」

 視界が開ける。先の攻撃の結果は誰が見ても明白だった。

「うぅぅぅ……」

 この通り、皇女様は怪我こそしていないが、見事に気絶したのだ。

(あっさり勝っちゃった…?)

『すっっばらしいじゃないですかサナさん! こんなに早く能力を使いこなすなんて、私の見込み以上ですよ!』

 喜ばれてもどうでもいいので気にしないが、出来れば人の頭の中で騒がないで欲しい。

「……よ、予定通りですね。念の為、皇女様は病院に運びましょう! ほら!」

 逃げたい。さっきとは違った意味合いの視線がずっと刺さっていて痛すぎる。

「それじゃローヴさん、私はこれで……」

 左腕をがっちりと掴まれた。一体誰かと思いつつ、その正体をそれとなく予想した私に対する答え合わせは────────

「い、今のは何なのだ、ロゼッタ~!」

 やはりレイラさんだった。


◆◆◆


 それから二日。すっかり元気になった竜人族の皇女───────アイリス様は、現在私と会談中だ。

「ボクに一体何をしたんだ!? 吹き飛ばされたかと思えば、目が覚めたらこんな病室だぞ! まさか空間に作用する魔術を使ったのか? 人間、ただの人間が!」

 ただの風属性魔術の応用です……じゃなくて。アイリス様から見ると、そのレベルで何も太刀打ち出来なかったのか。この世界の強さの基準がよく分からない。

『ちなみに空間系の魔術も使えますよ』

 ですよね、知っていましたよ女神様。

「アイリス様」

「っ、ローヴ……」

「我ラ、見タ。アイリス様ノ治療、ロゼッタ様ガヤッテクレタ」

 それは手荒な真似をした償いとして、せめて傷だけでもと思ったからだ。当然素人だが、治癒魔術も使えると言ったら再び小さな騒ぎになったので早めに終わらせて一度退散した。もちろんレイラさん達には驚きと怒りの言葉をぶつけられたが。

「ふふん、わらわの妹は慈悲深いのだ。わらわの方がもっと慈悲深いがな!」

 当初の目的は叶い、アイリス様御一行は竜人族の都市へ帰っていった。去り際にローヴさんが「我ノ名出セバ、厚遇スル」と言っていた。まぁ、それがいつになるかは分からないが…。

「質の良いアクセサリーで有名だぞ、鉱業都市デザリットは。オレの懐中時計もそこの業者に作ってもらったんだ」

 そうだったのか。シアラから行くには少し距離があるが、そこまで急ぎというわけでもない。今は早く、ここでの暮らしに慣れなければ。

「そういえば、ロゼッタは身分証明証がまだ無いな? 将来的には各地を点々とすることもあるはず。登録しておいた方が何かと良いぞ」

「登録って言っても、どこで?」

 少しタメを作って、レイラさんは言った。

「では行くぞ、冒険者組合……ギルドになっ!」

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