私はあくまで聖女です!
ゆにぺる
第1話 異世界転生人
冷たい。自分の体温が簡単に奪われるほど冷たい床。空気は悪く、居心地も悪い。
「ゔぇっ、げ、ほっ…」
「ふん、魔力刻印があればあのロゼッタ・イーラもこのザマか」
私は人類の捕虜となり、もう数ヶ月はここで生きている。当然、気分は最悪だ。
「いよいよ処刑が決まった。安心しろ、手下と仲間は先に送ってやったからな。地獄で会えるだろ」
私の脳裏に、関わりのあった面々の顔が浮かぶ。気弱だけど、誰よりも静かに寄り添ってくれたシータ。魔女のくせに、強化魔術と体術ばかり教えてきたヴァーバ。見た目は腕っぷしが強そうなのに、すぐボロボロになって帰ってくるシモン。
そしてこんな私を慕ってくれた手下達も、みんな大切だった。
「これからは、我ら人間が世界を統べる。そこにお前達魔族の席は無い」
後日、私は人間の兵士の言う通りになった。まともに洗うことも出来ず、治療も出来ずにいた体を鎖で縛られ、見世物のように殺された。
腹に剣が突き刺さる感覚。肉を抉り、穴を開け、切り出す動き。魔術によって痛みを軽減するどころか、増幅されたそれが私を襲うたびに民衆は声を上げた。
「裏切り者が」
頭のすぐ上で声がした。負けた。私達は負けたのだ。人類の執念と、憎しみと、怒りに。
◆◆◆
鳥のさえずりが聞こえ、それで昔河川敷に寝転んで空を見たことを思い出す。そうして私は体を起こし、周囲を見た。
「……森の中?」
そんなはずは無い。だって私は学校に行くために家を出て、ちょっとショートカットをするつもりで車道に飛び出し、飛び出して……まさか、車に轢かれた? それで死んでしまったのだろうか? 2年生初日に遅刻しそうなのが嫌だっただけなのに?
終わった。私の人生終わった。いや生きてはいるのだろうか。現にこうして体もある。もしかしたら幽霊になったのかもしれないが透けてはいない。本当に幽霊は体が透けているのか知らないが。
「というかここどこ!? 服もなんかどっちかと言うと布をそれっぽくしただけにしか見えないし! てか下着無いじゃん! 私変態趣味とか無いんだけど!?」
だが、私はこんな状況をよく知っていた。こういう場合は絶対、必ず────────
「えいっ」
予想に反して、びっくりするほど何も変化が無い。
「ステータス!」
口に出してみても駄目だ。何か条件があるのか、そもそもそんなものは存在しないのか。考えても分からないが。
「サバイバル生活スタートってこと? いやいやいや、そんな知識無い……って詰んでるじゃん! せっかく異世界っぽいのに飢え死にするとか嫌ぁぁぁぁ!!!」
ふと右手を見ると、甲に痣のようなものがある。今まで生きてきて、こんな怪我をした覚えは全く無い。
よし。飢え死にするのであれば、せめてここから動くことにしよう。場所を変えれば何か見つかるかもしれない。
「この音って……」
立ち止まって確かめると、気のせいではないことが分かる。
「湧き水!」
一気に気持ちが明るくなる。衛生面なんて気にしていられなかったこともあり、私は迷わずそれを口にする。
冷たい水なんてつい最近まで飲んでいたのに、不思議と今この瞬間が最も美味しく感じた。
「おい、そこのガキ」
「!?」
夢中になって飲んでいると、後ろから若い男性の声がした。
「え、あの、えっと」
「こら、リーナ。怖がっているじゃないか」
「は? オレは普通に話しかけてるだけだろうが」
1人は赤髪で鋭い目つきの女性。もう1人は、いわゆる糸目の緑髪の男性だ。やっぱり不審に思われたのか。
「ごめんね、大丈夫かい? お兄さん達は君と話がしたいだけなんだ」
「……驚かせたなら、すまん」
2人とも同じようなデザインの服を着ている。どこかの制服だろうか。女の人に至っては首から何か円形の物を下げている。悪い人達ではない───────と思いたい。
「なるほど。君はこの世界のことも、自分のことも分かっていないんだね」
「マジで言ってんのか? 記憶系の魔術で弄られてるとか……」
「はいはい、それは司祭様が調べることだよ」
私はなるべく、初対面でも伝わるように言葉を選んで説明した。そうしていくうちに、やはりこの世界は私が生まれ育った地球とは全く違うと理解した。
「ありがとう。自己紹介が遅れてしまったけど、僕はシュウ。こっちはリーナだよ」
リーナさんがあの大きなネックレスのようなものを慣れた手つきでパカッと開けた。
「それってもしかして、懐中時計ですか? 本物の……?」
文字盤に赤い宝石のようなものが煌めいている。具体的な価値は分からないが、綺麗だ。
「そうだが、見るのは初めてか? 確かにこの辺じゃ持ってる奴は珍しいと思うけどよ」
「驚いたよ。森から突然強い光が出ている、なんて通報があったから来てみたら、君のような子供が迷い込んでいたなんて」
ということは、別に私目当てでここに来ているわけではないのか。でもこれはチャンスだ。街は無理でも、村くらいの場所に連れて行って欲しいと頼もう。
「2人とも静かに」
シュウさんの一声で押し黙り、辺りを見回す。しかし、これといって変化は無いように思えた次の瞬間────────
「ぐっ!」
「あっぶねぇな、おい!」
木の影から飛び出してきた何者かが2人に襲いかかった。刃と刃、硬い金属がぶつかる音。その迫力は凄まじいなんてものではなかった。
正体不明の相手が、私達に明確に危害を加えようとしている。そのことは、私が恐怖を覚えるには充分だった。
「リーナ、彼女を連れて逃げろ! もうすぐ他の隊員達と会えるはずだ!」
「オマエを見捨てろって言うのか!?」
「違う! 悪いが、これは命令だ!」
状況が飲み込めない。もしや、相手は盗賊だろうか。身なりの良い2人を狙って、金品を奪おうと襲撃を?
「ああクソが! 行くぞ、しっかり捕まってろよ!」
出会って間もないが、私は2人がただの他人には思えなかった。どうにか無事に森を出て、どこか安全な場所で感謝を告げて別れる────────それだけが望みだった。
リーナさんが私を抱えて走り続け、空を切る感触が肌に伝わり、高校生になってすぐに行ったテーマパークのアトラクションを思い出す。
「おい、起きてるか!?」
「は、はい!」
「まずいことになってるぞ」
そう言うと、リーナさんは後ろへ振り向きながら剣を抜いて─────────
「相手の狙いはオマエだ!」
さっきの黒いケープを纏ったあいつが、すぐそこに居た。
◆◆◆
「シュウ! 駄目か、返事はねぇ……なっ!」
私が狙われている? どうして? 何の理由があって? だって私はここに来たばかりで、誰かに身柄を狙われるようなことなんて、何も無いはずなのに。だったら……。
「あ、あの! 私が欲しいなら、攻撃するのはやめて、ください!」
「オマエ、何言って」
「あなたに抵抗はしません! どんな命令でも、言うことを聞きますっ! だから、リーナさんは見逃して……!」
シュウさんには申し訳ないが、私が身を差し出せばリーナさんは助かる。助けられる。それで事が済むのなら良いかもしれない。
「本当か?」
初めて相手が口を開いた。どうやら向こうも女性らしい。
「ほ、ほんとです!」
怖い。すごく怖い。どんな扱いを受けるか分からないし、私の知らないところでリーナさんがまた狙われる可能性だってある。
それでも、どうしても。何もせずにいるのは嫌だ。
「そうか。ふふ、そうかそうか」
「……? ど、どうかしましたか?」
「やっと。やっとだ! 会いたかったぞ我が妹ロゼッタよ! 二度と離さぬ! たとえ死のうとわらわが引き戻してやるからの!」
◆◆◆
ひとまずお互い攻撃を止め、話し合うことになった。シュウさんはというと、大きな怪我は負っておらず、無事だった。一安心だ。
「魔術適性検査?」
「この世界に生きるわらわ達の体には、魔力が流れておる。これらの石はそれに反応し、対応する魔力があれば光るというわけだ」
さっき聞いた話だが、2人はこの辺りで前から活動している自警団の団長と副団長らしい。今、私達は団が管理する馬車に乗って、街へ移動しているというわけだ。
「光らなかった場合は、適性が無いと…?」
「話が早いな。うむ、そういうことになるぞ」
つまり、自分で任意に呼び出せるステータス表のようなものは、そもそも存在しないということか。まぁ確かにその方が現実的だ。
「まずは火だ」
手の平に乗せ、力を送るイメージで握る。すると本当に石が発光した。
「適性あり、だな!」
適性がある場合、属性は1人につき多くて2、3種類らしい。
その後も続けていくと、3人とも顔を見合わせてため息を吐いた。
「ロゼッタよ」
「はい…?」
レイラさんが真剣な声色で言う。
「わらわ達の見間違いでなければ、そなたは全ての属性を操ることが出来るわけだ」
自分でも信じられない。チート系主人公というのは本当にこういう気持ちになるのか、と驚く。
「そうなると、それが僕達以外の誰かに知られると大変なことになってしまうね」
「だな。オレとシュウはもちろん黙ってるつもりだ。団員の奴らは……口外しないように、強く言っておけば良いだろ?」
本来であれば、早急に立場が上の人に知らせなければならない状況だということは、流石の私でも理解出来る。と言っても、せめてちゃんとした衣服が欲しい。今のままではスラムに居るような子供にしか見えないだろう。
「ありがとうございます…」
それからも話は続き、私は無闇に魔力を使わないこと。レイラさんは魔王だとバレないようにすること。そして、私達姉妹は───────いや、突然知らない姉が出てきたことは受け入れ難いのだが───────とにかく、自警団に拾われた難民を演じることとなった。
「服? それならわらわのを使うが良い」
「でも、サイズが全く合いませんよ?」
「安心せい。全てとは言わないが、ロゼッタ、そなたはわらわと同じ魔術が使えるはず。全身に魔力を巡らせ、自分自身を伸ばしたり縮めたりするイメージをしてみるのだ」
疑問を持ちつつ、言われた通りにしてみる。魔術を使うには素質とイメージが大切らしい。
「今の容姿から考えると……身長は157cmくらい? 髪型も変えられるならポニーテールが良いかな」
チラッと目を向けると、レイラさんが何やら期待の眼差しを向けてきているが……何だろうか。
イメージは固まったので、巡らせた魔力を纏うつもりで解放する。そうすると、身体が光って私はみるみる───────────
「「「……………………」」」
「おお! やはりわらわの予想通り、美女になったな! そなたのような妹が居て、本当に嬉しく思……う……?」
レイラさんがゆっくり黙った次の瞬間、リーナさんがシュウさんを殴った。
「は、はははは早く服着ろバカ!!!! シュウも何見てんだよこのド変態!!」
何故リーナさんが慌てているかというと、姿を変えること自体は成功した。今の私はちょうど転生する前、17歳くらいに見えるだろう。しかし、問題はこれだ。
「なんで裸ぁぁぁぁ!?!?」
「なんでって、そんなサイズの布切れでは身体つきが変われば破れるだろうに」
先に言って欲しかった。確かに考えれば分かることだが、先に言って欲しかった。
「ふふん、似合っておるではないか。やはりわらわの妹に他ならぬな!」
結局、服はレイラさんのものを借りた。実に複雑だ。自分で見ても似合っていると思うが故に、余計に。
「ロゼッタちゃん」
「……シュウさん」
分かりやすく目が泳いでいる。一応私にも非はあるので、文句を言うつもりはない。思い切り真正面から見られたのは恥ずかしい限りだが!
「はい、分かっています。故意ではなかったとはいえ、僕は最低なことを……ですから、この期に団長をやめようかと」
待って欲しい。待って。待ってくれ。そこまで重く考える必要はあるのか? いや、ある気もする。でもそれではきっと様々な面倒が……
「そ、そんなことしちゃったらリーナさんが寂しがると思いますよ? ほら、シュウさんを信頼しているのがさっきの戦いでも見て取れましたし…」
決めた。これからあの魔術を使う時は、絶対に誰からも見られない状況でやることにしよう。それに私は全属性OKな体質だし、土系の魔術で即席の壁を作る、なんて対処も出来るはず。
「そう、なのかい?」
「…………うるせぇよ」
2人から感じた雰囲気はひとまずスルーした私だった。
◆◆◆
「着いたぞー!」
馬車から飛び降りながらレイラさんはそう叫ぶ。私もそれに便乗して、つい感嘆の声を漏らしてしまった。
「広いですね」
「うむ! ここシアラは見ての通り、海沿いの都市でな? 漁業が盛んで、さらにはこの地の中心になっておるのだ」
確かにとても賑やかだ。あちこちの店舗から客寄せの声も聞こえてくる。
「僕達は別行動だね」
「オレらが見てないからって、変なことするんじゃねぇぞ!」
「言われなくてもせぬわ。わらわもこう見えて面倒事は嫌なのだぞ? さ、ロゼッタ。今から案内してやろう!」
そう言うとレイラさんは私の手を掴み、静止も聞かずに走り出した。
「な、何かありました……?」
突然足を止められ、危うく転ぶところだったのを何とか耐えて聞いてみた。
「ふっふっふ……これを見よ!」
「ウジェロ…?」
「最近流行っていてな。一対一で白と黒に分かれ、交互に駒を置いていく。そして手持ちが無くなったら、盤上の駒を数えてどちらが多いかで勝敗が決まる、というものだ!」
ん? 何故か物凄く知っている気がする。気がするだけなら良いのだが。とにかくどんなものか見てみることにした。
「あの2人、中々接戦であるな…」
完全にアレだ。日本人なら知らない人は居ないアレ。ルールと見た目がそのまま過ぎて、初めて見た気が全くしない。
「む、やってみたいのか?」
「いえ、奥が深そうだなって……」
「分かるか!? わらわも前にやってみたのだが、そなたの言葉通りだったとも。簡単だと思っておったら、見事に足をすくわれたな」
何はともあれ、時間を潰せる娯楽を見つけられたのは良かった。あのゲームを話題として、見知らぬ人々から情報を集めるのに使うことも多分出来るだろう。
「そろそろ休憩にするか。飲み物を買ってくるから待っておるのだぞ」
「はい」
レイラさんが人混みに紛れて消えていったのを見送りつつ、空いていたベンチに座り込む。人の手が入っていない大自然と、人が積み上げてきた歴史に満ちた街。どちらも捨て難い。
「あれ…?」
地面を向いていると、日差しが何かの影によって遮られた。しかしそれはすぐに消え、また日が差したと思えば影が出来る。そう呑気に思っていた私の思考は、人々の悲鳴によって回り始めた。
「ワイバーンの噂は本当だったのか!?」
「早く屋内に逃げるんだ!」
街の上空を飛び回る影の群れ。ファンタジーではお馴染みの存在、ワイバーンだ。日本語では飛竜と呼ばれ、この距離でも竜に似た姿をしていることが分かる。
とにかく速い。ずっと見ていたら目が回りそうだ。
「……危ない!」
男の子を庇うようにして助けた私は、そのままワイバーンに捕まって空へと舞い上がった。
「えっ、あの……離してぇぇぇ!?」
ばさばさと目の前ではためく翼。あれに当たったら痛そうだ、なんて考えている場合では無い。思考が変な方向に落ち着いていた。危ない。
「ねぇ! 私の言葉分かる!? 降ろして欲しいんだけど~!」
駄目だこれ、皆さんごめんなさい。心の底から謝罪して、私はワイバーンに攫われたのだった。
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