第12話 壺の中

男は壺を持って夜の街を歩いていた。

一抱えもある大きな壺で、漆黒の黒地に金の美しい紋様が、ぐるりと一周彫ってあった。


壺にはふたがついていて、中は見えないようになっている。

男は重い足取りで家に帰ると、壺をテーブルの上に置いて、誰もいない家にろうそくの灯りをつけた。


壺のふたをあけると、中から煙のようなものが出てきて、現れたのは一年前、行方不明になった妹の幽霊だった。


「兄さん、ひさしぶり」

男は驚きのあまり、

「ああ」

としか答えられなかった。


これは露店で買ったのだ。

壺なんて必要ないのに、妙に目に止まって悩んでいたら、年老いた老婆の店主が、

「その壺にはあんたの妹の幽霊が入っているよ」

と言ったのだ。

ただの騙りだと思ったが、それでもどうしても欲しくなって、買ってしまった。

まさか本当に妹に会えると思ってはいなかった。


「お前をずいぶん探したんだ。一体、何があったんだ?」

「わたしも兄さんに会いたかった。兄さん、あの人を捕まえてくれる?」


その晩、兄と妹は長く語り合った。

やがて朝日が昇ると、妹の幽霊は光の中で消えていった。



その日、壺を買った男は友人の警吏とその仲間を数人連れて、妹の元夫の家に入っていった。

元夫は新しい妻を迎えていたが、そんなことは構わずにベッドをどけて、床板をはがした。

床板の土をしばらく掘ると、一人分の骨が横たわるような形で眠っていた。


妹は、元夫に殺されたのだ。

元夫が新しい妻を迎えるために。

元夫は、そのまま警吏に捕まって、牢獄へ入れられた。



妹を弔った後で、男はあの壺を売ってくれた露天商を探したが、見つけることはできなかった。

どこか別の場所で売っているのか、それとも老婆も幻だったのか。

今となっては分からない。


あの壺はずっと家にあり、大切に飾ってある。

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ほしふるよるに 〜大人のための童話集〜 凪ちひろ @8kayu8

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