王子である俺に突然犬の耳と尻尾が生えてきたんだが〜好きな女の前で興奮する尻尾を止めたい〜

菜々

第1話


「これで、王位継承権は僕のものですね。ルーカスお義兄様?」


「ダレン……ッ!」



 嬉しさを隠そうともせず、ダレンはニヤリと怪しく笑った。

 ベッドに座っている俺を上から見下ろしているせいか、やけに蔑まれているように見えて非常に気分が悪い。




 コイツ……こんなことを言うためにわざわざ俺の部屋まで来たのか!?


 


 俺はシーツをギュッと握りしめ、ダレンを睨みつけた。



「おお、怖い。ルーカスお義兄様は元々目つきが悪いのですから、そんな目で見ないでくださいよ」


「…………早く出ていけ」


「はいはい。言われずとも。……あっ。最後に1つだけ言わせてください。僕が王位を継ぐことが決定したら、フェリシアと結婚します」


「何っ!?」

   



 フェリシアと結婚!?




「当然でしょう? この国の王が聖女と結婚する。昔から決まっていたことですから。では、失礼します」



 最後までニヤニヤと腹の立つ笑顔を浮かべたまま、ダレンは部屋から出ていった。

 普段は俺を訪ねたりしないのに、こういうときは誰よりも先に駆けつけるのだなと呆れてしまう。




 くそ……っ! アイツ、俺がになったのを喜んでやがる!




「はぁ……どうすればいいんだ……!」



 ベッドから降りて鏡の前に立った俺は、そこに映った自分の姿を見てさらに大きなため息をついた。


 俺の髪と同じ黒色の犬の耳が、頭から生えている。

 尻には、毛先だけ白いモフモフの尻尾が生えている。



「なんで、こんなことに……」



 昨夜までは普通だった俺の体。

 朝目覚めると、いきなり犬の耳と尻尾が生えていたのだ──。





 ***


 



「突発性犬耳化ですね」


「突発性……なんだって?」


「犬耳化です」


「犬耳化!?」




 なんだ、それ!?

 



 耳を疑う診断名に、思わず医師をギロッと睨みつけてしまった。

 執事のマイルが壁際から「ルーカス様。お顔が怖いです」と呟いている。


 


 うるさいな。

 誰だってこんな診断名を言われたら「はあ!?」とでも言いたくなるだろ!




 昔から小言の多い執事を軽く睨んだあと、ビクビクと怯えている医師に再度問いかける。



「その犬耳化ってなんだ。そんな病名、今まで聞いたことないぞ」


「この国では非常にめずらしい病です。最近、どこか他国に行かれましたか?」


「……西方面にある国にはいくつか行ったが」


「そこで発症されたのでしょう」




 ……待て。本当に突発性犬耳化なんてふざけた病があるのか!?




 医師は残念そうにため息をついているだけで、何か薬を出そうともしなければ病についての説明をしようともしない。

 あまりの手際の悪さにイライラしながら、少し強い口調で医師に尋ねる。



「それで? どうすれば治るんだ?」


「わかりません」


「はあ?」


「この病は、原因も治療方法も何もわからないのです」



 申し訳なさそうにそう言うなり、医師は俺の様子をうかがいながら話を続けた。



「今わかっていることは、突然犬の耳と尻尾が生えてくるということ。しかし、無理やり取ろうとすると痛みを生じるためできないこと。それ以外に体に不調はなく、この病が原因で体調不良にはならないこと。気がつけば突然消えていること……それだけなのです」


「なんだよ。それ……」




 突然耳が生えてきて突然消える!?

 そんなバカなことがあるか!?




 そこまで考えたとき、頭にフェリシアが浮かんだ。

 この国の聖女であるフェリシアは、どんな病も聖なる光の治癒で治してしまう。

 片足を失った騎士の足を再生させたこともある。




 そうだ……。

 あんなにすごい聖女の力が存在するんだから、犬耳化という病があったって不思議じゃない。


 獣人でもない俺の頭から犬の耳が生えてくるのだって、ありえないことじゃ……ない……のか?




 すんなりと納得はできないが、実際に今俺の頭と尻に生えているのだから納得せざるを得ない。

 問題は、いつ治るのかがハッキリしないことだ。



「だいたいどれくらいで治っているんだ?」


「私が聞いた話ですと、早くて1ヶ月。長くて1年以上かかったと……」


「1年以上!?」



 

 そんなにかかるのか!?




 たとえ最短の1ヶ月だとしても長い。

 犬の耳を生やした状態で国民の前に顔を出すことは悩ましいし、それになんといっても問題はこの尻尾だ。


 このモフモフの尻尾のせいで、下に服を履くことができずにいるのだ。

 今は大きめのガウンを羽織っているが、こんな姿では部屋から出ることすらできない。




 くそっ! なんで俺がこんな目に……!




「聖女の治癒の光で治らないのか?」


「他国の聖女様が試されたようですが、治らなかったそうです」


「ダメか……」


「何もお力になれず、申し訳ないです」



 それ以上何も知らないというのなら、もうこの医師に用はない。

 医師を部屋から出し、俺は深く大きなため息をついた。


 ダレンが俺を訪ねてきたのは、このほんの数分後だった。




 ***


 


 俺とダレンは腹違いの兄弟だ。

 兄である俺の母は、側妃。義弟ダレンの母親は正妃。


 1つしか年が違わない俺たちは、この微妙な関係のせいで幼い頃から王位継承者争いをしている。


 『弟とはいえ、正妃の子であるダレン殿下が王となるべきだ』

 というダレン派。


 『側妃の子とはいえ、兄であるルーカス殿下が王となるべきだ』

 というルーカス派。


 家柄で正妃にはなれなかったが、父である陛下が寵愛しているのが俺の母だというところも大きいのだろう。

 現在ではややルーカス派が多い。


 だが、俺がこんな状態になったならその均衡も崩れるだろう。

 


「はああ――――……っ。これからどうすればいいんだ……。明日はパレードだったのに、この姿では参加できない」


「フェリシア様に治癒をお願いしてみてはいかがでしょうか」



 俺がこんな姿になっているというのに、やけに落ち着いた様子でマイルが提案してきた。



「フェリシアに? 聖女の力は効かなかったと言っていただろ」


「他国の聖女様よりも、フェリシア様のほうが治癒の力は高いと言われております。試してみる価値はあるかと」


「……たしかに」



 フェリシアの力は数百年に1人の逸材だと言われているくらい優秀だ。

 他国の聖女ではできなかった犬耳化の治癒も、フェリシアなら可能かもしれない。


 


 よし。フェリシアに犬耳化これが治せるか試してもらおう。

 ……久々に会えるのも嬉しいし。




 フェリシアの輝く黄金の髪と宝石のような碧い瞳は、見たものを一瞬で虜にしてしまうほど神秘的で美しい。

 その瞳と同じくらいに美しい顔と心を持ち合わせたフェリシアに、俺はもう何年も片想いしている。


 


 王位継承権もそうだが、ダレンとフェリシアが結婚するなんて耐えられない。

 なんとしても早く元の姿に戻らなくては!


 ……この姿でフェリシアに会うのは少し恥ずかしいが、まあ仕方ない。




 そんなことを考えていると、少しだけ口角を上げて怪しい笑みを浮かべたマイルがどこか楽しそうに尋ねてきた。



「ルーカス様。フェリシア様にお会いできるのがそんなに嬉しいのですか?」



 はあ!?



「なっ、何言ってるんだ!? 別に嬉しくなんかない!」


「ですが、尻尾がものすごく動いていますよ」


「え!?」



 バッと自分の背後を見ると、モフモフの尻尾が左右にブンブンと動いていた。

 まるで喜びを表現しているようなその軽やかな動きを見て、すぐに手で掴んで止める。




 なんだ、これ!?

 俺の感情に反応したのか!?




「ちなみに、お耳も先ほどから同じように反応されております。医師の話を聞いている間はピンと立っていましたし、フェリシア様を呼ぶと話したら少し垂れ下がっていました」


「何!? 本当か!?」


「はい」



 

 この耳や尻尾……ただの飾りじゃなく、本当に俺の体の一部になってるのか?

 いや。もうこの際それはどうでもいい。

 死や病気に繋がることもないようだし、いつかは消えるものだ。


 問題は……このせいでフェリシアに俺の気持ちがバレてしまうってことだ!




 うまく素直になれない俺は、出会ったときからフェリシアに対して口や態度も悪く偉そうにしてきた。

 それも原因の1つなのかもしれないが、俺の恋心に鈍感で天然なフェリシアはまったく気づいていない。




 いくら俺がいつもみたいに態度悪く接してても、この尻尾のせいで本当は喜んでるってバレるじゃねーか!!

 絶対にフェリシアの前で動くなよ!?




 ふわふわモフモフな尻尾をぎゅーーっと握りしめ、動かないようにと念を送る。

 しかし、もうすぐフェリシアに会えるかもしれないと考えただけで、尻尾は元気よく横振りを始めてしまった。



「…………ブフッ」


「……笑うな」


「し、失礼しました」



 俺から顔をそらし肩を震わせているマイルを見て、苛立ちよりも焦りが出てくる。




 フェリシアが来る前に、この尻尾をなんとかしなくては……!




 ***




「ルーカス様! 本当に犬の耳が……!」



 俺の姿を見た瞬間、フェリシアは目を丸くして驚きの声を上げた。

 本気でギョッとしていたマイルや医師とも違い、愉快そうな目をしたダレンとも違い、やけにキラキラと輝いた目をしている気がする。



「ああ。これを治してほしいんだ」


「せ、精一杯がんばります! ……ところで、何をされてるのですか?」


「う……」



 フェリシアがそう問いかけてくるのも当然だろう。

 なぜなら、俺は今毛布でぐるぐる巻きにした尻尾を枕のように抱きしめているのだから。




 くそっ! なんで好きな女の前でこんなことを……!!




 恥ずかしい気持ちはもちろんあるが、フェリシアの目の前で尻尾を振りまくるよりはまだマシだろう。

 今も余裕そうにベッドに座ってはいるが、実際はこれでもかというほど動こうとする尻尾を必死に押さえつけているのだ。



「その毛布に包まっているのは、もしかして尻尾ですか?」


「……そうだけど」


「わあっ! 見たいです! ……というか、触りたいですっ!」


「はあ!?」



 目をさらに輝かせたフェリシアは、ベッドのすぐ横に立ってそうおねだりをしてきた。

 素直に自分の気持ちを言えるのがフェリシアのいいところだが、こうハッキリと『触りたい』なんて言われたらさすがに動揺してしまう。




 触りたいって……!

 一応俺も触られた感触はあるんだけど!

 



 フェリシアの手が俺に触れるかもしれないという緊張と、すぐ近くに来てくれた嬉しさで尻尾がさらに激しく動こうとしてくる。




 この状態の尻尾をどうすれば…………って、そうだ!




「な、なぜかわからないが、この尻尾はずっと動いているんだ」


「動いているのですか?」


「ああ。横に激しく振り続けている」


「だからそうやって押さえているのですね! 大丈夫です。気をつけて触りますから」


「わかった……」




 よし!! これで、フェリシアに会ったから嬉しくて動いているとは思われないぞ!




 フェリシアの天然ぶりに感謝しながら、俺は尻尾を包んでいた毛布を取った。

 自由になった俺の尻尾は、シーツをポフポフ叩きながら左右に動いている。



「わあ。本当に元気よく動いていますねっ」


「ま、まあな」



 少し離れた壁際に立っているマイルが顔をそらしたので、きっと笑いをこらえているのだろう。

 俺はマイルをジロッと睨みつけたあと、ベッド横に立っているフェリシアに背を向けた。



「触っても……いいぞ」


「ありがとうございます」



 フェリシアは俺の尻尾を撫でるように優しく触れてきた。

 背中や腰あたりを触られたような感覚が、ざわざわっと全身に伝わってくる。




 こ……れは……!!




 想像以上にくすぐったくて、体も心も落ち着かない。

 顔が赤くなっている気がするので、絶対フェリシアに見られないよう手で口元を隠すように覆った。



「わあ〜〜! モフモフしていて気持ちいいです〜〜!」


「…………」


「ふわっふわですね〜〜!」


「…………」



 フェリシアはまるで子犬でも触っているかのようなテンションで、俺の尻尾をわしゃわしゃと撫で続けている。

 背を向けているため、俺が真っ赤な顔で耐えていることなど全然気づいていないようだ。



「フェリシア……そろそろ……」


「あっ。そうですよね。すみません!」



 パッとフェリシアの手が離れ、一気に息がしやすくなった。

 赤い顔を見られたら困るので背を向けたまま治癒をお願いする。



「じゃあ、頼んだぞ。なんとしても明日のパレードに参加したいんだ」


「はい。がんばります!」


「ああ」



 明日のパレードには、俺とダレンの王子2人が参加することになっている。

 ここを欠席してしまうと、王位継承に関する国民の意見もダレン寄りになってしまう可能性が高い。




 絶対に休むわけにはいかない。

 なんとしても、明日までにこの耳と尻尾を消さなければ……!

 



 少しして、背中に温かな空気を感じた。

 聖女の治癒の力が発動しているのだとわかり、俺は頭や尻に生えたものが消えるように強く願った。


 しかし、何も変わらないまま治癒の時間は終わってしまった。



「ごめんなさい。消せませんでした……」



 フェリシアのこんな落ち込んだ声は初めて聞いたかもしれない。

 俺は首を横に振った。



「いや。他国でも効かなかったらしいから仕方ない」


「時間を置いて何度かやってみてもいいですか? ご迷惑でなければ」


「!」



 それって、治るまでずっとフェリシアがいてくれるということか?



「あっ。止まってた尻尾がまた動いたっ」



 その言葉にハッとして、無意識に尻尾をぎゅむっと掴んだ。

 執事のマイルがまた肩を震わせている。



「ずっとこの部屋にいるつもりか……?」


「はい。ダメですか?」


「べ、別にダメじゃない」



 素直じゃない俺の返事を聞いて、フェリシアがニコッと笑った。

 この笑顔に、何度心臓を止められかけたかわからない。


 治らなかったことで落ち込みかけた暗い心が、自然と温かくなっていく──と思ったとき、フェリシアが小さな声で呟いた。



「もし、このままルーカス様の犬耳化が治らなければ、私はダレン様の妻になるのでしょうか?」


「え?」



 突然出たダレンの名前と妻という言葉に、頭が真っ白になる。



「さっき、このお部屋に来る前に会ったのです。今の状態のままだと、自分が王位に就いて私と婚約することになるって。そうなのですか?」


「……その可能性は高い」



 そんなこと、絶対に阻止してやるけどな!



「私とダレン様が婚約すること……ルーカス様はどう思われますか?」


「どう……って……」


「賛成ですか?」



 眉を少し下げて、どこか寂しそうな顔で聞いてくるフェリシア。

 こんな質問をされるのは初めてだ。




 賛成なわけないだろ!

 断固反対に決まってる!!




 心の中では即答しているが、それをそのまま口に出すことはできない。



「別に……そうと決まったなら反対はしない」


「……そうですか」


 


 うっ……。

 また俺はこんな心にもないことを!




 元々素直な性格ではないが、フェリシアの前ではより一層自分に素直になれない気がする。

 こんな言い方しかできない自分が情けないとすら思う。



「だ、だが、そんな簡単に王位を譲るつもりはない。完全に王位がダレンのものだと決まったわけじゃないんだ。パレードまでに治れば……」


「ルーカス殿下!!」



 バタン! と乱暴に扉が開き、真っ青な顔をした従者が部屋に飛び込んでくる。

 すぐにマイルが「来客中だぞ」と嗜めたが、従者の次の言葉に全員が衝撃を受けた。



「ルーカス殿下の病のことが、国民に知れ渡っております!!」


「なんだと!?」


「もう王都では、殿下に犬の耳と尻尾が生えたことが噂されているそうです!」


「箝口令が敷かれているはずだぞ! なぜそんな……」



 そこまで言って、ハッとする。

 頭の中には1人の男が浮かんでいる。──義弟のダレンの姿が。




 まさかアイツが俺の噂を流したのか!?




 もし聖女フェリシアの力で俺が元に戻ったら、また王位継承の争いが始まる。

 その前に俺を脱落させるために、この犬耳化の話を国民に広めたのかもしれない。




 この状況を利用して、とことん俺を追い詰める気だな……!




 ダレンへの怒りで拳をギュッと強く握りしめたとき、ノックもせずにまたダレンが部屋に入ってきた。

 楽しそうな様子を隠そうともせず、笑顔で挨拶をしてくる。



「どうも。ルーカスお義兄様。お義兄様の噂が街で流れていると聞いて、心配でやってきました」


「……随分と早い情報網だな? ダレン」


「ええ。街の様子や国民の話題を気にするのは、王子の役目ですから」


「そうか。……で、満足か?」


「なんのことでしょう?」



 ニヤニヤとした笑顔を貼りつけたダレンと、思いっきり目を細めて睨みつけている俺。

 部屋に流れるピリピリとした空気の中、フェリシアは黙って俺たちの会話を聞いている。



「それより、ルーカスお義兄様のことを知った民たちはみんな動揺しているそうです。このままでは、ほぼ同じだった国民の支持率が大幅に変更されるかもしれませんね」


「…………!」



 自分でその状況を作っておきながら、よくもそんなことを──そう文句を言おうとした瞬間、フェリシアが不思議そうな顔で会話に入ってきた。


 

「あの……ルーカス殿下の犬耳化の話を、国民に知られてはいけないのですか?」



 純粋なその質問に、ダレンがバカにしたように鼻で笑う。

 


「当たり前ではないですか。こんな耳や尻尾がついていたら、威厳なんてないですからね」


「威厳?」


「ええ。王になる人物には必要なんですよ。この姿の王では、国民から舐められてしまうでしょう?」


「そうでしょうか……?」



 ダレンの言葉に納得していないのか、フェリシアはうーーんと首を傾げている。

 正直、俺もダレンと同意見なので何も言えない。



「まあ、明日になればわかりますよ。僕を王にと推薦する投書で溢れることでしょう」



 そう言い残して、ダレンは部屋から出ていった。




 明日になったら、俺とダレンの均衡が崩れる……!

 本当にこのままダレンに王位を渡すことになるのか!?

 冗談じゃない!!

 

 国民の前に出て演説でもするか?

 だが、この姿では逆効果になるかも……。




 頭を抱えて黙った俺に、フェリシアが優しく声をかけてくる。



「大丈夫ですよ。ルーカス様」


「大丈夫……って、何が……」


「大丈夫なものは大丈夫です。明日になればわかりますよ」


「……?」



 ニコッと笑ったフェリシアは、やけに自信満々に見える。

 大丈夫と言われても不安は拭えないが、フェリシアが言うのなら本当に大丈夫なのかもしれない……という小さな希望が見えた気がした。





 ***





 次の日の朝。

 俺はマイルからの報告を受けて、目を丸くした。


 

「俺を王に……だと?」


「はい。そんな投書で溢れております! ぜひ次の王はルーカス殿下を! と。国民だけでなく、臣下からもです!」



 マイルは嬉しいのか安心したのかめずらしく興奮しているが、俺の頭の中は疑問でいっぱいで素直に喜ぶことができない。

 



 ……なぜだ?

 なんで俺が犬耳化になったと知ったあとで、俺の支持を?

 普通なら拒否するところだろう?




 朝から俺の部屋に来てくれていたフェリシアが、『ほらね』とでもいうようにニコニコと笑っている。

 まったく驚いた様子がないことから、本当にこうなることを予想していたのだろう。



「フェリシア。なんでみんなはこんな俺を支持したんだ? おもしろがっているだけか?」


「まさか。みんな、本気でルーカス様を支持していますよ」


「だが……なんで……」



 俺は自分の尻尾を掴んで不思議そうに見つめた。

 戸惑っているからか、フェリシアがすぐ近くにいるのに尻尾は激しい動きはしていない。

 ……それでも小さく横にフリフリと動いてはいるが。




 こんなモフモフの尻尾がついた男が王で、本当にいいのか?

 結局パレード当日の今日もまだ治ってないし、もしかしたらずっとこの姿のままかもしれないんだぞ?




 なぜ国民や臣下が今の俺を支持するのかが、どうしても理解できない。

 そんな俺の様子を見て、フェリシアが満面の笑みで提案してきた。



「パレードに参加しませんか? 実際にその目で民の様子を見たら、みんなが本気だってわかるはずです。ね? 行ってみましょう」


「え? こ、この姿で?」


「はいっ。もちろん」


「だが、この尻尾があるから服が……」


「そちらに関しては、すでに用意しておりますのでご安心ください」



 突然会話に入ってきたマイルが、どこに置いてあったのか俺の服をバッと広げた。

 尻の部分には尻尾用の穴が空いている。




 うわっ!!

 そんな服をフェリシアの前で広げるな! バカ!




「フェリシア! 着替えるから出てけっ」



 恥ずかしさからついキツイ口調になってしまったが、フェリシアは気にした様子もなく「はーい」と明るく返事をして出ていった。




 ああ……俺はまたあんな言い方を……!




「ルーカス殿下。落ち込んでいる場合ではありませんよ。早く着替えましょう」


「……マイル。本当に今の俺を受け入れてもらえると思うか?」


「それを確かめるために行くのでしょう?」



 やけに前向きなマイルとフェリシアがいなければ、きっとこの姿で国民の前に出ようなんて思わなかったはずだ。

 2人から勇気をもらい、俺は覚悟を決めた。



 準備を終えてパレード用の派手な馬車のところへ行くと、すでに到着していたダレンがジロッと俺を睨んできた。

 投書の内容を聞いたのか、昨日までの余裕そうな笑みはなくひどく不快そうな表情をしている。




 あのダレンがあんな顔を……。




 俺を無視して馬車に乗り込もうとしたところで、足を止めてこっちを見た。



「国民に支持されたから来たんですか? まさか、その姿でパレードに参加されるとは思いませんでした」


「…………」


「みんな、まだ実際にその姿を見ていないから好奇心で支持しているだけですよ。調子に乗らないでくださいね。お義兄様のその姿を見たら、きっと結果は変わるはずです」



 それだけ言うと、ダレンは自分用の馬車に乗ってしまった。

 昨日ならイライラして落ち込んだであろうその言葉を、今日は余裕を持って聞くことができた。


 その理由は、ここに来るまでに会った臣下たちの反応を見たからだろう。




 ……もっと軽蔑した目を向けられると思ったが。




 すれ違うたびに、目を輝かせて俺を見てきた臣下たち。

 それがバカにしたような目ではないことは、見てすぐにわかった。


 そして──それは国民も同じだった。



 わあああ……!!



 大歓声の中、パレードが開始した。

 髪色と同じ黒い犬の耳、毛先だけ白い黒の尻尾をつけた王子が、国民の前に姿を現したのだ。



「かっこいい!!」

「わあ〜! なんて素敵!」

「ルーカス殿下、万歳!!」



 笑顔で声援を送ってくれる民たち。

 その顔を見る限りふざけているようには見えないし、むしろ嬉しそうに見える。



「なんで……みんなこの姿の俺を受け入れてくれるんだ?」



 俺の馬車に一緒に乗っていたフェリシアに、小さな声で問いかける。

 フェリシアは両手で拳を作りグッと力を入れると、キラキラとした目で俺を見つめた。



「モフモフは正義ですからっ!」


「……は?」



 なんだそれ???



「尻尾、手を離してはどうですか? きっとみんな動いているのを見たいと思いますよ」


「うっ……だ、だが……」



 実は、街に出たときからずっと尻尾を握りしめている。

 隣にフェリシアがいること、そして国民のこの反応に、今にも取れそうなほど激しく動こうとしているのだ。




 ここで手を離したら、俺が喜んでいることがバレバレになるだろ!

 

 


 馬車の上で尻尾を振りまくっている王子──さすがにそれだけは避けたい。

 俺の残ったプライドがそれを断固反対している。



「それにしても、なんで犬の耳と尻尾が生えただけで俺を支持しようなんて思ったんだ? そんな理由で決めていいのか?」



 俺の疑問に、フェリシアがクスッと笑って答えてくれる。



「違いますよ。みんな、最初からルーカス様を王にしたかったのです」



 は?



「どういうことだ? 昨日までは同じくらいの支持率だったんだぞ」


「そう調整していたのですよ」


「調整……?」


「ルーカス様とダレン様は、どちらも勉学に優れていて公務も真面目にされていたでしょう? その点で選ぶことができなかったので、みんな人柄で選ぶしかなかったのです。いろいろな繋がりのある貴族の方々以外は……ですが」


「? それで?」


「それでルーカス様ばかり支持されては、ダレン様の人柄が悪いと言っていることになってしまうでしょう? 臣下も国民も、そんな堂々とダレン様と正妃様に喧嘩は売れません」



 ……たしかに。

 そんなことになったら、正妃もダレンも俺を支持してる者たちに何かしたかもしれない。

 

 今は均衡がとれている分、好感度を落とすような行動はできないからな……。



「でも、今回ルーカス様に犬耳が生えたことで、堂々とルーカス様を支持できる理由ができたのです。人柄でなく犬耳を支持する……となれば、ダレン様を否定することにはなりませんから」


「犬耳を支持……」


「もちろんそれは建前で、元々ルーカス様を支持したかった人たちがみんな正直に支持できるようになったってことです」



 なるほど……。

 だが、それは結局この犬耳を認めてくれたわけではないってことだよな。



「それって、ただいい理由ができたってだけで、本音は犬耳がないほうがいいと思われてるんだろ?」


「あら。みんなの顔を見ても、そう思うのですか? 言ったでしょう。モフモフは正義だって」


「…………」



 民から絶え間なく聞こえてくる声の中には、「かっこいい」とかあまり嬉しくはないが「可愛い」という声も聞こえてくる。

 昨日初めて会ったときのフェリシアの反応といい、本当にこの姿は需要があるのかもしれない。




 俺とダレンだけが、違う考えだった……ってことか?




 犬の耳や尻尾があるから王にはなれない。

 その考え自体が間違っていたようだ。



「これでやっと納得してくれましたか?」


「ああ。やっと心から安心できそうだ」


「よかった。私も、昨日はダレン様の妻になるのかと少しだけ不安でした。私は……妻になるなら、ルーカス様がよかったので」


「!!」



 驚きすぎて、尻尾から手を離してしまった。

 ここぞとばかりにパタパタと振り続けている尻尾を再度掴まえて、改めてフェリシアを見る。


 にっこりと微笑んでいるフェリシアの笑顔を見て、心臓が驚くほど大きく跳ねた。




 もしかして、フェリシアも俺を……!?




 ドッドッドッと速すぎる心臓の音を聞きながら、ギュッと力強く尻尾を握る。




 言うんだ! 俺も……って。

 こんなときくらいは素直になれ! 言え!!




「お、俺も……」


「え?」


「実は、俺も…………フェリシアを妻にしたいと……思ってた」




 言えた!!

 



 やっと素直になれた自分を誇らしく思っていると、フェリシアがニコニコしながらケロッと答えた。

 


「知っていました」


「…………は?」


「ルーカス様が私を想ってくださってること」


 

 !?



 予想していなかった返事に、頭の中が真っ白になる。

 今まで、自分の恋心がバレないように、わざとひどい言い方をしたりそっけない態度をとってきた。


 嫌われてると思われてたならまだ納得できるが、なぜ俺の気持ちを知っているのか。



「誰かに……聞いたのか?」



 俺の気持ちは、言わずとも執事のマイルやダレンにはバレていたらしい。

 そこからの情報なのかと思ったが──。



「違いますよ」


「じゃあ……なんで……俺はずっとフェリシアには冷たい態度を取ってたのに」


「たしかに言葉は少し冷たかったかもしれませんが、態度は全然冷たくなかったですよ」



 これまた予想外の回答が返ってきたので、さらに頭の中が疑問でいっぱいになる。

 戸惑っている俺を見て、フェリシアが1つ1つ説明を始めた。



「だって、ルーカス様……私に会うと顔を赤くされていたでしょう?」


「え」




 そうなのか!?




「他の方とは普通にお話しされるのに、私とはなかなか目も合わせてくれないですし、すごく緊張した話し方をされるし」


「え」



 なんでバレてるんだ!?

 俺は普通にしてたつもりなのに!




「少し触れただけでも過剰に反応されますし」


「え」



 それも気づいていたのか!?

 がんばって冷静を装ってたつもりなのに!




「それに、私に会っているときはその尻尾がとても喜んでくださいましたし」




 !!

 ちょっと待て。それは……。




「そ、それは、常に動いてるって言ったはず……」


「そうですが、ダレン様が来たらピタッと止まっていましたよ」


「!!」



 ダレンと話している間は苛立ちがすごく、自分の尻尾が止まっていることに気づいていなかった。

 この尻尾が自分の感情通りに動くものだと、フェリシアにはすぐバレていたらしい。




 俺って……本当にバカすぎる。




 自分のダメさ加減に落ち込んでいると、フェリシアがスッと腕を組んできた。

 驚きと緊張で、自分の耳がピン! と立ったのがわかる。



「私はそんなわかりやすいルーカス様のことが好きなのですよ」


「!! ……あまり褒められてるとは思えないんだが」


「ふふっ」



 笑顔のフェリシアと国民の顔を見て、この姿になって初めて俺も笑顔になる。

 しばらくはこの犬耳と尻尾と共に生活するのも悪くないかもしれない。



「俺の犬耳化のことを広めてくれたダレンには、ぜひともお礼をしないとな」


「もう十分ご自分を責めていると思いますよ」



 フェリシアに言われ、俺の馬車の少し後ろにいるダレンをチラッと振り返る。

 

 国民の視線がみんな俺に向いているからか、すでに手を振ることも笑顔を作ることもやめたらしい。

 ただ真っ直ぐに俺を睨んでいるダレンが見えた。



「……そのようだな」



 俺はダレンから視線を外し、フェリシアと共に国民に感謝の気持ちを込めて手を振った。


 

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